第十四章:決闘決裁、決着
目前のラティルに向け、ジェイナスが剣を振りかぶる姿を目にしたレインは、思わず息を呑む。
「……!」
次の瞬間、彼女は我知らず腰を浮かせていた。その手は、魔法の結印を取ろうと動いていた。
だが、彼女の結印を取ろうとしていたその腕は、彼女の父――ティアスの銀腕によって掴まれ、その身はそのまま席へと引き戻される。
「……!……父様!」
ただ黙したまま無理やり席に着かせた父に向けて、レインは半ば殺気が籠った視線で睨み付けた。
それは彼女自身が身に染みて知っていたからだ。
競技場で剣を手にしているジェイナスと言う男の技の冴えを……
その連続する斬撃は素早く、鋭く、必殺の気合いを込めて、敵を追い詰めて行くことを……
そして、そこから逃れることが如何に困難かと言うことを……
何故なら、彼の斬撃を何度も受けたことがあったからだ。更に言えば、彼の斬撃が腕を磨き、技を鍛え、自らの知るそれよりもより素早く、より鋭く、より強力なものへと昇華しているであろうことも確信出来ていた。
故にこそ、彼女は自らの許嫁の危機を強烈に感じずにはおれなかった。だからこそ、本来敬愛する父を射殺さんばかりの殺気を込めて睨み付ける。
だがしかし、そんな娘の姿を涼しげな顔で見返しつつ書院長――ティアスは穏やかに言葉を紡ぐ。
「……落ち着いて、よくご覧なさい」
その声に促され、レインは再び競技場の対決へと視線を下ろした。
* * *
その競技場の戦闘は、珍妙な状態に推移していた。
「オリャア……!」
……カン!
……ドタバタ……
「……ドリャア!」
……カン!
……バタバタ……
「セヤァァア……!」
……カン!
……ゴロゴロ……
そこでは、ジェイナスの猛攻を無様な姿で這い回って逃げ続けながら、騎士に向けて盲滅法に“銃”を撃ち続けるラティルの姿があった。
ただ、その闇雲に撃っているらしきラティルの弾丸は、ジェイナスの剣による連撃が悉く打ち払っている。しかし、そのお蔭もあって彼の太刀筋が微妙に逸れ、幾分かその威力を鈍らせていた。
そのことが、這う這うの体で逃げ回るラティルの命脈を首の皮一枚の所で保たせている様であった。
「…………無様だな……」
「……もう少し、優雅さを期待してたんだけどな……」
競技場のラティルの姿を見下ろしていたセスタスとセイシアよりそんな言葉が漏れ出す。
「仕方ありませんよ。彼は貴女やレインの様に正規の武術の訓練を充分に受けていた訳ではありませんからね……」
二人の言葉をとりなす様に、ティアスより声がかけられる。しかし、その声に被せる様に別の方向からも声が漏れる。
「それにしても格好悪いったらないよ……これじゃあ、良い詩にするのも難しそ~……」
「……皆んな……!」
父母の旧友に母や弟より口々に出て来るあんまりな台詞に、レインは激昂しようと口を開いた時、左に座る母よりの冷ややかさを秘めた声が届く。
「……お前、本当に“あれ”が見えていないのか?……落ち着いて、良く視てみなさい」
* * *
観客席より飛び交う白熱した声援を心の片隅で耳にしながら、彼は焦燥の念に苛まれていた。
(……何故だ?……何故、当たらない……?)
彼は正確に狙いを定めている筈なのだ。だが、その一撃は一発として相手に当たらない。
焦燥に狩り立てられながらも、彼はその一撃をより苛烈に、より素早く攻撃を放ち続ける。
* * *
「…………ん……?」
「……まさか……?」
その事実を“虹の一族”の者達以外で最初に気付いたのは、弓射の巧みさで知られる“狩猟都市”ランギアの者達であった。
「…………あれは、剣が受けているのでは、ない……?」
「……剣が受けているんじゃなく、剣が受けさせられているんじゃないか……?」
それは即ち、無様に逃げ回っている青年は、実の所騎士が放つあの苛烈な猛攻を全て狙って防ぎ止めているのではないか……と言うものであった。
確かに注意深く“銃使い”の青年の動きを見て取れば、迫る斬撃の刃を正確に射抜いて、迫る斬撃の軌道を逸らし、加えて騎士の態勢を崩している。そして、次の斬撃が放たれる前に、素早く次弾の装填を済ませて、斬撃の間合いの外へと逃れ出ている。
そうした一連の動きが、騎士の放つ連撃の全てを迎撃する為に意図的に行われたものであるとも解釈できる。少なくとも、“刃嵐”の異名を持つ剣の使い手が放つここまで連撃全てを、まぐれや偶然だけで凌ぎ切ること自体に無理があることは容易に察することが出来るだろう。
両者とも、互いに未だ自らの身体に一撃も喰らっていないものの、全身で息をするその姿からは、深い疲労を隠せずにいた。
しかし、それでも騎士――ジェイナスは愛剣を高らかに掲げ、再度の猛攻に移らんとする。
……シュッ!
……カン!
……シュッ!
……カン!
だが、それら必殺の筈の斬撃の悉くが、青年の放つ弾丸によって迎撃されていた。
むしろ、巨漢たる騎士が見えざる巨人の大剣によって、その斬撃を払い除けているかの如き情景が繰り広げられていた。
それは見る者に、何処か現実離れした幻想的とでも形容すべき感覚を想起させるものであった。
だが、そんな幻想的な時間は程なくして終わりを告げる。
……カキィィィン!
一際甲高い金属音を響かせて、騎士――ジェイナスが手にした剣の刀身が、日の光を反射しつつ、ゆっくりと宙を舞った。
……トスッ!
虚空に大きな放物線を描いた刀身は、やがて地に向かって落ちて行き、競技場の大地に突き刺さった。
大地に刺さる鈍い音が響いた時、人々の時間は再び流れ出した。
そこに立つのは、刀身が虚空を舞う間に装填を終え、改めて“銃”を構え直す青年――ラティルと……
自らの得物たる愛剣が刀身の大半を失った無惨な姿と化した様を呆然と凝視することしか出来な騎士――ジェイナス……
そして、両者の対決の展開に頭が追い付ききれずに半ば呆然と、半ば固唾を呑んで、その先を見守る観客達……
各々が、各々の理由から言葉を発しないが故の静寂が、暫しの間続いた。
そんな沈黙を破り、“魔力銃”を構えたラティルが、はっきりと分かる様にジェイナスの眉間に狙いを定めた上で、落ち着いた声音で言葉を紡いだ。
「……降伏して下さい……」
そう紡ぐ彼の視線は、竜にも似た威圧を内包している様に、相対する騎士――ジェイナスには感じられた。その威に打たれた騎士には、返す言葉は一つしかなかった。
「…………わ、分かった……降伏、しよう……」
ジェイナスの返答が観客達の耳に届いた瞬間、場内は様々な歓声や喚声に埋め尽くされた。
その声は裁定者が朗々と読み上げる裁決分の内容を一切聞き取れなくさせる程の音量と化して響き渡った。
しかし、そんな裁決文など聴き取らずとも、皆は既に承知していた……
ラティル=ウィフェル――“銃使い”の異名を持つ彼が、勝利したと言う事実を……
ラストの歓声(&喚声)の半分以上は、おそらく万馬券の出た競馬場のそれに似た代物であろうと思われます……(笑)
ちなみに、ちょっとした裏設定をご紹介させて頂きますと……
この決闘を目にした“狩猟都市”ランギアの高官――主に“緑風騎士団”関係者が、“銃”と言う魔法機械兵器の威力に感激して、西方大陸より大量の“銃”を輸入することを試みます。(当然ですが、緑風騎士の多くがこの輸入に難色を示しています。)
しかし、当時の西方大陸では、漸く“火薬銃”の再現に成功したと言った状況で、他国に輸出出来る程に量産できる態勢でもなかったのでした……
それでも、(様々な反対意見や困難を掻き分け)無理を通して数十挺の“火薬銃”を入手することに成功したのですが……これが、余りにも使えないと言う判定を下されてしまうのでした。
(まぁ、ラティルの得物は、“魔法的なレールガン or コイルガン”ですから、それと比べたら性能面で格段に落ちますし、更にラティル自身の射撃術も尋常ではないので……)
とは言え、購入してしまった物を死蔵するのも忍びないと言うことになり……最終的に、“銃”の取り扱いの教官として、“狩猟都市”ランギア王国よりラティルに依頼が降りかかることになったりします。




