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“虹の瞳”と呼ばれるまで  作者: 夜夢
第二部:“剣撃ち”と呼ばれるまで
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第十二章:決闘決裁、開幕

 それから一巡りの時が経過した。


 そこは大陸西方域(ユロシア地域)の中央部に位置する都市国家の一つ――“傭兵都市”マルセリア……

 その“傭兵都市”の中にあって、都市の南区域に鎮座する“大闘技場”――“傭兵都市”の各所に設置された様々な闘技場の中でも最大規模のこの闘技場にて、一つの決闘決裁が行われようとしていた。



  *  †  *



 “決闘決裁”とは、“傭兵都市”マルセリア独自の裁判形態である。


 利害等が対立する二人――或いは二つの陣営――が裁定者の定めた公平な方法で決闘を行い、その勝敗をもって判決とすると言う物だ。基本的に、この判決に否を述べることは許されない。勿論、この“決闘決裁”は、両者の同意の下で行われるのが前提とされているのは言うまでもない。

 そして、この“決闘決裁”は広く公開されており、決闘が行われる場所や日時、それに決闘で賭けられている訴訟内容等は、マルセリア王国内で広く開示されており、場合によっては“ユロシアの盟約”に加盟している諸都市国家に対しても告知される。故に、開示された決闘の顛末を観ようと、大抵の“決闘決裁”には多くの観客が詰めかけるのが通例となっていた。

 ちなみに、この際の観戦料は“傭兵都市”マルセリアの重要な収入源の一つとなっている。


 ともあれ、この“決闘決裁”と言う行為は、“傭兵都市”の戦士にとって誇りと名誉を賭けた戦いであることに間違いはない。勝者には勝訴と言う実益と勝者としての名誉が、敗者には敗訴と言う損失と敗者としての屈辱が待っているのだ。そこに注がれる熱意は、尋常なものとは言えぬ代物となるのが通例であった。



  *  †  *



 さて、今回の“決闘”は早くから話題を集めており、その観客は“ユロシアの盟約”加盟の諸国家から続々と集まっていた。

 何と言っても、今回はマルセリア王国の外――マルセリアの法が届かぬセオミギア王国において受理された“決闘決裁”であり、その訴訟内容が何とも横紙破りな内容であったことも、衆目の集まる原因の一つとなっていたのだろう。


 ともあれ、“傭兵都市”に集まったこの決闘の見物人達の間では、その勝敗等について様々な言葉が交わされ、“娯楽都市”スコーティア主催による賭博も開かれかなりの額の金銭が飛び交っている有様であった。



 そんな多くの人々の話題を攫った“決闘”の対決者とは――


 一人は、マルセリア王国“鉄鎗騎士団”騎士隊長ジェイナス=ソードであり……

 もう一人こそ、“セオミギア大神殿”書院長付神官ラティル=コアトリアであった……


 彼等が賭けている訴訟の内容は、セオミギア王国貴族――コアトリア家令嬢レイン=コアトリアへの“求婚権”となっていた。



  *  *  *



 “傭兵都市”マルセリアが誇る“大闘技場”は、大雑把に表現するなら東西に長い楕円形の闘技場とそれを囲む擂鉢状の観客席とで構成されている。

 今、その観客席では、様々な人々の言葉が交わされ、この決闘の開始を今か今かと待ち望んでいた。



 観客席の一隅では、“娯楽都市”より発行された賭博用の賭札を手に喧々諤々とした言葉の応酬が行われている。


「よ~し! 俺は“銃使い”に5,000だ!」


「……おっ、大きく出たねぇ……」


「そりゃあそうさ!

 なんてったって、アイツの持つ“銃”って奴ぁ、古代王国の武器だって言うじゃねぇか! そんなモン使ったら例え“傭兵騎士団”と言えど目じゃねぇって……!」


 ラティルの賭札を手に、そう力説する男の声に周囲の数人が感嘆の声を漏らす。そんな人々の輪に、少々離れた所にいる老爺より呟きが届く。


「儂は、“騎士隊長”殿に2,000程賭けておるよ……」


「……そりゃまた、ど~して……?」


 その声に、先程まで騒いでいた者達から疑問の声が零れた。その問いかけに、老爺は含蓄のある口振りで返答の言葉を紡ぐ。


「あの者は先頃、“鉱山都市”を脅かしておったキマイラを見事屠ったそうじゃ……

 他にもこの西域(ユロシア)を脅かす魑魅魍魎の類を数多く倒したと言う実績がある。その技量こそ信頼出来ると言うものじゃ……」


「「……なるほど……」」


 老爺の言葉に問いかけた者だけではない幾人かから納得の示す唸りが漏れる。だが、そんな一同に最初に声を上げた男から反論の言葉が投げかけられる。


「でもよ~……“銃使い”のニィちゃんだって、冒険者としてかなりのモンだって話だぜ……!」


 そうして喧々諤々とした語り合いは、試合開始の直前まで続くこととなる。



 一方で、観客席の別の場所では年若い娘達の黄色い声が飛び交っていた。


「でも、凄いじゃない。好きな人をかけて決闘だなんて……あ~、私もそんなことをしてくれる彼氏が欲しい~!」


「あんたじゃ無理無理……ほら、貴賓席のアソコ、見てごらんよ……あんなに綺麗じゃなきゃそんなこと言ってくれる人なんて寄って来ないわよ」


「あっ、ひっど~い!…………でも、ここから見ても綺麗よねぇ……

 あの人を賭けて決闘するんでしょう?……あれなら納得って感じよね……」


「それに、あの人……騎士服姿は凄く格好良いのよ……」


 貴賓席に座る件の人物――レイン=コアトリアの姿を眺めながら、年若い娘達は更に姦しい言葉を交し合うのだった。



 更に別の場所――身形の良い装いに身を包んだ人々が集まっている所では、呆れ混じりの嘆息と共に一人の紳士より言葉が漏れる。


「それにしても、婚約した者を無理矢理決闘決裁で無効化させようとは、ジェイナス卿も無茶を言ったモノだ……」


 そんな嘆息混じりの呟きへと答える様に、官僚が纏う長衣を身に着けた壮年の人物より言葉が紡がれる。


「まったく……きちんとした誓約書がないとは言え、既に決定された者を覆すとは……記録を司る知識神神殿で言う台詞ではありませんぞ……」


 更に別の紳士より声が上がる。


「……聞いた所によると彼のティアス殿がこの話し進められたとか……」


「……らしいですな。あの方の事だ、何がしかの思惑がおありの様だが……」


 その声に、官僚らしき壮年の人物の声が返される。そんな言葉を交し合う人物達に向けて、一つの言葉が投げかけられる。


「……何れにしろ、この一戦には目が離せそうにありませんな……」

「「「……確かに……」」」


 投げかけられた言葉に、その場にいた一同から期せずして同じ言葉が返されたのだった。



 さて、そんな喧騒の中、観客席のほぼ中央に位置する貴賓席の前列側となる一角にコアトリア家の人々が座していた。当主たるティアスは大神殿院長(高位聖職者)としての正装たる法衣を身に纏い、その妻たるセイシアと娘であるレインは貴族女性に相応しい雅やかなドレスに身を包み、メルテスは貴族子息としての正装となる衣服を身に着けている。

 ある意味で決闘の当事者とも言えるレインを中央に、その父母――ティアスとセイシアが両脇に座り、その両親の片端にメルテスが座る並びとなっていた。


 そんな中、不安を抱え憂いを帯びた表情でレインの呟きが漏れる。


「……父様……本当に、大丈夫かな……」


「フフフッ……ほら、そんなに心配しないで、落ち着きなさい」


 憂いを帯びた娘に向けて、母たる黒髪の貴婦人より声がかけられる。


「っ!……でも、母様……!」


 母の言葉を耳にして、激昂の余り声を荒げようと口を開く。だが、その声が響く前の絶妙な間に、気の抜けた少年の声が割り込む。


「そうそう……姉様、父様の言う通り落ち着いたら? 大事な許嫁が気になるのは分かるけどさ……」


「メルテス……!」


 弟の暢気な声に、レインはその表情を険しくさせ、再度声を荒げようとする。


 そんな中、彼女の家族の視線が彼女自身から外れる。その視線の先にいたのは、彼等家族の共通の古い友人――トート族のセスタスの姿があった。

 婚約者の身を心配する余り狼狽した様子を窺わせる彼女に向け、セスタスは幾分揶揄する様な笑みを浮かべて歩み寄る。


「賭率は今の所、3:2でジェイナス有利と言った所だ」


「……セスタスぅ~……!」


 ニヤリと笑みを浮かべて紡ぎ出された言葉に、レインは憮然とした声と恨めしげな視線を投げかける。


「もちろん、ラティルに持金全部を賭けてきたところだ……」


「…………」


 だが、そんな親友の娘の恨み言など毛程も気にすることなく、彼は飄々と言葉を投げ返して見せる。そんな彼の姿に毒気を抜かれたのか、それ以上言葉を紡ぐことなく、レインは不機嫌そうな視線を投げかけたのだった。


 セスタスのそれらの言動は、自分への励ましのつもりなのであろうと、レインには推測出来た。とは言え、その人を喰った様な物言いや飄々とした物腰は……彼女をして最終的に溜息しか返せなくなっていた。



 そんな彼女の傍らで、弟の声が上がる。


「あっ、ゲートが開いたよ!」


 その声に一同の視線は競技場へと下る。そんな彼等の視界に捉えられたのは、競技場の東西両端にある(ゲート)より、決闘を行う両名が入場してくる姿であった。



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