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“虹の瞳”と呼ばれるまで  作者: 夜夢
第二部:“剣撃ち”と呼ばれるまで
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第十一章:“機鳳の主”の来訪 其ノ二

 その日の夕方、ラティルはコアトリア家の厨房に立っていた。そして、今日の夕食の準備を進めていた。



  *  †  *



 これは、彼女がこの屋敷に頻繁に通うようになってから程なくして彼女が言い出したことだ。

 それはこの家の花嫁となるに相応しくある為……等と言った殊勝な理由があった訳ではない。それよりも、ある意味で切実な必要に駆られてだった。



 この屋敷の夫人――セイシアの持つ重大な欠点が壊滅的な料理下手であったことが、そもそもの原因だった。

 それは彼の夫人が良家の子女として生まれた所為か、男とも女ともつかない姿で生まれた所為か、幼い頃に料理の手解きを何も受けずに育った。更には、若くして冒険者に身をやつしていた為か、どうも豪快な――或いは、いい加減な料理法しか知らなかった。

 これに追い討ちをかけているのが、彼女の体質にあった。その体質とは、‘味痴’であると言うことだ。それは、無茶苦茶な調理で惨憺たる不味さの料理を作ったとしても本人には全く自覚出来ないことを意味していた。

 更に加えて述べるなら、この体質は彼女の娘へときっちりと受け継がれていたのだった。


 一方で、ティアスの方はと言えば、幼い頃から“聖蛇”エルコアトルとその眷属たるトート族の許で育てられ、各種魔法や世界の歴史、或いは薬の調合法等と言った様々な知識や技術を伝授されており、その中に料理に関する知識や技術も含まれていた。更に、そうした教育の中で鍛え上げられた優れた五感も保持している。この為、彼は決して料理下手と言う訳でなく、むしろ料理は巧みな方であると言って過言ではない。

 しかしながら、彼が作る料理は、生まれ育ったトート族が好む虫料理や、東方大陸(チュルク大陸)の一地域で好んで食される生魚を用いた料理、南方大陸(フェルン大陸)等で食される香辛料過多とも思える激辛料理、古代王国時代の携帯用完全食とされる代物等々と言った、極々普通な北方大陸(ユロシア大陸)の住人の感性を持ったラティルにとって、「こんなもの食えるか!」と叫びたくなる様な珍妙な献立を作ろうとする傾向にあるのだ。

 ただ、幸か不幸か……こうした珍妙な料理は実際に食してみれば、決して不味くはなく、美味い部類だと言うことだ。とは言え、これらの料理に馴染めるかと言えば、彼女には恐らく無理だろう。


 そして、この屋敷の侍女であるメイ達は、切ったり、煮炊きしたりと言った基本的な作業は一応こなせるし、料理の盛付け等の見栄えは相応に巧く仕上げられるものの、根本的に味の判別が一切出来ない為、出来上がる料理の味に関しては美味い不味いのばらつきが酷いものとなっていた。

 結果として、このコアトリア家において、まともな料理を作れるものは一人もいなかったのだ。



 そう言う訳で自衛の為にも、彼女は侍女達(メイ達)に指示を出しながら、ここで夕食を作ることになったのだった。



  *  †  *



「……ルアークさん、かぁ……」


 先程まで一緒にいた金髪銀眼の少年のことに思いを巡らす。



 彼の少年――ルアーク=ヴァンゼールは、人間ではなく金属人メタル・ヒューマノイドであると言う。しかも、金属人メタル・ヒューマノイドの中にあって初めて‘母より産まれた’者でもあると言う。

 父母であるミゼル=ヴァンゼールとアニス=ヴァンゼールと共に西方大陸(アティス大陸)にあるイレヴス王国に住んでおり、魔法機械生命体(メタル・ビーイング)の盟主でもある父ミゼルの傍でその手伝いとして魔法機械の修復や整備と言った仕事を行っているのだと言う。



 そんなことを思っていたラティルは、ふと傍で自分を手伝う侍女達の姿を改めて目をやった。


 メイは発声機関を調整したお蔭で、無機質に響いていた独特な訛りがほぼ完全に取れて、今は流暢にその水晶を響かせた様な美声で言葉を紡いでいる。

 レンは物を持つ際に腕が震える癖が見られたが、腕部駆動系が調整され、今は水の張った鍋を零しもせずに運んでいる。

 セアは時々脚を引きずる様に歩くことがあったが、足回りの駆動系を調整したお蔭でか、先程足取りも軽く外の薪を取りに行った。


 そうしたあれやこれが、あの少年――ルアークが行った一見すればほんの些細な作業の賜物なのだ。



  *  *  *



 夕食は他大陸よりの客人のお蔭で賑やかなものとなった。


「ルアーク兄ちゃん、ホント久し振りだね」

「まぁね……もう5年振りかな……?

 でも、レインちゃんも大きくなって、こ~んな美人の許嫁までいるしね」


「…………」


 久し振りの来訪らしいルアークを前にして、時に喜色を浮かべ、時に照れて赤面したりしている。

 そんな両者の語らいを目にして、ラティルは何とも言い表し難い思いに捕われていた。



 今のルアークは、訪問した際の人間の姿をしていない。金属人メタル・ヒューマノイドは人間と似た外見に変ずることが出来ると、彼女は聞いていた。そして、今の彼――ルアークは、本来の姿である金色と銀色の二色の装甲に覆われた金属の身体となっていた。

 そんな本来の姿の彼は、コアトリア家の人々と歓談を交わしながらティアスが調合した金属人メタル・ヒューマノイド用の特製のスープを飲んでいた。


「……ん~ん!……やっぱり美味しいですね……」


「喜んで貰えて、嬉しいですよ」


 爽やかに微笑んでいる二人を見たラティルは、そのスープの内容を思い少々微妙な顔になる。



 機械の身体を持つ金属人メタル・ヒューマノイドではあるが、一応は生命体の一種であり、食事を摂取する必要がある。とは言え、普通の生物に比較すれば、その摂取量は極僅かではある。

 ただし、彼等が食するのは、当然ながら一般的な生物のそれとは異なる。彼等が食するのは、自身の身体の材料たる鉱石・魔力石・魔法触媒となる薬液等である。


 今ルアークの食しているスープには、精錬された“飛行金”と“神銀”の粉末と“虹の輝石”の粉末が微妙な割合の配合の基で魔法触媒の薬液に溶いた代物となっている。


 “飛行金”と“神銀”と言えば、何れも貴重な魔法金属であり、鉱石自体の産出量も決して多くないことに加えて、精錬には古代紀より伝わる高度で複雑な技術を要求される代物と言われている。そして、“虹色の輝石”と言えば、ティアス=コアトリアが生成する“魔力石”の異名ではあるが、その輝度と彩度の高い“虹色”を発色し、透明度の高い澄んだ結晶体は、同じ大きさの大抵の宝玉よりも遥かに高額な価値で取引されているとも噂されている代物である。

 何れにしろ、小振りの延棒一本や小さな欠片の類であっても、充分に一財産となり得る高価な物品を惜しげもなく使用された料理と言って間違いはないのだ。


 それこそ、たった一匙でも小さな集落程度を買い上げてしまえる程の値段が付いても不思議ではない代物と言えた。



 なまじ一般庶民の感覚を持つ人間であるだけに、ラティルは彼の食事を目にして頬が引き攣ることを抑えられずにいた。

 そんな許嫁の様子に気付いたレインは、隣に座るラティルへ軽く肘打ちをして注意の言葉を囁く。


「……こら、渋い顔してるなよ。あれくらいしないと、わざわざここまで来てくれたルアーク兄に悪いだろ……」


「……それは……そうかも知れませんけど……」


「……解ってたら、そんな顔するな……」


「……すみません……」


 そんなやり取りの後、レインとラティルは改めて微笑み直して団欒の内に加わった。



 そうして、コアトリア家のささやかな夕食は、団欒の内に幕を閉じることとなったのだった。



  *  *  *



 来客との団欒を楽しんだ夕食も終わり、ラティルはそのままコアトリア家の一室に部屋を借りて泊まることとなっていた。

 用意された部屋に下がってから、彼女は調整を受けたばかりの自身の得物を静かに磨いていた。


(……とうとう決闘まであと一巡り(8日間)ばかり……本当に大丈夫だろうか…………もし……)


 黙々と自身の愛器を磨く内に、ラティルは無意識に避けていたこの問題に一人向き合おうとしていた。正直な所、ラティル自身は周囲の者からの評価は過大なものと感じていた。結局、自身の勝機とは再調整が施された“銃”の性能を活かせるか否かと言う所になるだろう。


(……確かに、凄い武器だけど……)


 馴染みのない武器を扱う危険性を考えると、やはり不安が拭えない所はある。間もなく、男性体に戻れるとのことであり、“銃”の訓練も本格的に再開出来る筈だが、やはり馴染みのない武器を扱うことになる懸念は拭い切れない。


 まして、この決闘において自分の方が劣勢な要素が多いのだ。



 ……コンコン……!


 暗い考えに沈み込み始めたラティルは、不意に響いたノックの音を耳にした。

 彼女は腰掛けていた椅子から立ち上がり、扉へ向かう。


 そうして部屋の扉を開いた彼女へ声がかけられた。


「……こんばんは……」


 扉の向こうに立っていたのは、金色の装甲を纏う少年であった。


「……ルアーク、さん……?」


 驚くラティルへ、ルアークは言葉を続けた。


「渡し忘れてた物があったから……入っていいかな……?」


 そう口にした彼へ、彼女は首肯を返した。それに応じて、金属人メタル・ヒューマノイドの少年は薄暗い部屋の中へと入って来た。

 入室した彼は、すぐさま手に持っていた包みを掲げて、その中身を取り出した。取り出された中身とは、一つのベルトポーチと数十個の胡桃より一回り程度小さい鋼の真球であった。


「……これは……?」


 怪訝な色を浮かべて問いかける彼女に対し、朗らかな様子で返答の言葉を紡いだ。


「見ての通り、“魔力銃”用の弾丸とそのカートリッジとなるポーチです。

 この銃は単発式ですから、あまり連射に向かないでしょう? だからこのポーチにちょっとした仕掛けがあって……」


 そう言うと、彼はポーチを手に取り、それを自らの腰に巻いた。

 そうして、腰にポーチを巻いた彼はそれに左手を添えた。そして、ポーチの下部を撫でる様に触れる。次の瞬間、彼の左手には鋼の真球(銃の弾丸)が握られていた。


「こうやって、一個ずつ素早く弾丸を取り出せる訳です」


 握った鋼の真球を掲げながら、彼は言葉を紡いだ。


「…………!」


 そんな彼の姿に、ラティルは感心の余り目を丸くする。ラティルの様子に照れながら、ルアークは言葉を続けた。


「この“魔力銃”で決闘するんですよね……?」


「え?……えぇ……」


 半ば呆然とした様子で返事を紡ぐラティルに向けて、ルアークは改めて言葉を紡ぐ。


「父が言っていました。どんなに強い力や武器を持っていても、扱う物の心がしっかりしてないと、全て無駄になるって……」


「…………!」


 彼の言葉に打たれた様に、ラティルは目を見張った。そんな彼女の姿を目にした彼は破顔する。


「じゃあ、決闘、頑張って下さいね」


 そう言った金属人メタル・ヒューマノイドの少年は、部屋を後にしたのだった。



 部屋を去ったルアークを見送った後、ラティルは受け取ったベルトポーチと弾丸たる鋼の真球を“魔力銃”とともに机の上に置いた。


(……心がしっかりしてないと……か……そう言えば、以前にもゲオルグ様にも言われたっけ……)


 そんなことを思案しつつ、彼女は微笑みを浮かべた。



 そう、ラティルは微笑む余裕を取り戻していた。



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