第十章 :“機鳳の主”の来訪 其ノ一
ラティルが決闘を申し込まれて一月近くの時が経過していた。
その間に、彼女――ラティルの周囲もゆっくりと変化していた。彼女に難色を示していた者の幾人かは寛容な目で見る様になり、彼女の容姿に見惚れていた者も彼女や彼女の許嫁に遠慮して不躾な視線を寄越すことも控える様になった。
また、彼女自身の身にも幾つかの変化が訪れていた。女性体となって間もなくの頃には目立っていた些細な失敗がなりを潜め、その有能さが目に見える形で明らかになりつつある。
そんな中で、“戦院”では“女性体”でも持てる軽量の弩弓を利用した訓練によって、射撃の勘を取り戻して来ていた。最初の頃こそ、“魔力銃”を乱射した際にも似た的外れな方向へと箭を飛ばしていたものの、最近では“女性体”の状態で的に掠らせる程度には射撃の技量も取り戻して来ている。
そんな日々を過ごしていた彼女は、この日はコアトリア家の屋敷で家事の手伝いを行っていた。
これは黒髪の貴婦人曰く、花嫁修業の一環とのことであった。屋敷の家事を取り仕切るメイ達――魔法機械人形等を時に指示し、時に協力して家事をこなして行く行為は、彼女――ラティルがコアトリア家へと婿入りする際に必然的に習得すべき能力と言えた。
ともあれ、“女性体”と獲得し、レインとの婚約を成立させてより、彼女は度々この様な機会を設けられており、特に滞る所もなく家事を進んでいた。
そうして、庭の掃除に手を付けようかと彼女が中庭に踏み込んだ時、彼女の頭上の日の光が翳った。
「…………?」
不意に射した翳りを不審に思ったラティルは空を振り仰いだ。そんな彼女の視界には、3尋程はあろうかと言う金色の翼を広げた鋼の巨鳥が、ここに降り立たんとしていた。不測の事態に、彼女は巨鳥を睨み据えて身構える。
しかし、そんな彼女に対して、些か素っ頓狂な響きを含んだ少年の声が降って来た。
「すいませ~ん……ここって、ティアス=コアトリアさんのお屋敷ですよね……?」
「…………そうですけれど……何か……?」
その声を聞き、彼女は改めて声の主へと目を向ける。その声の主とは、上空で着陸態勢に入った巨鳥に跨った人物であった。
その人物とは、少年と分かる小柄な体躯を持つ金髪銀眼の人間と言った姿をしていた。ただ、彼女の瞳は、この少年はただの人間ではないと感じさせていた。
ともあれ、少年はラティルの返答を聞き、目に見えて安堵の表情を浮かべて言葉を紡ぎ返した。
「よかった……久し振りのユロシア行きだから、ちょっと迷っちゃって……
えーっと、僕はルアーク=ヴァンゼールって言います。父の使いで来ました。ティアスさんはいらっしゃいますか……?」
「ええ、少々お待ちを……」
鋼の巨鳥を中庭に着陸させる少年――ルアークの言葉に、ラティルは慌てて言葉を返し、事の次第を知らせる為にも屋敷の中に向けて踵を返したのだった。
踵を返す彼女の背後より、巨大な機鳥が着陸する際の鋼の軋みと翼で煽られた風が通り過ぎて行った。
* * *
ルアークと名乗った少年は、ラティルに呼ばれてやって来たティアスと幾らか言葉を交わした。そうして言葉が交わされた後、ルアークはティアスからとある品を受け取った。その品とは、ラティルが所有する“魔力銃”であった。
“魔力銃”を受け取ったルアークは、暫しの間それをつぶさに観察した上で、背後に控える巨鳥に向けて声をかけた。
「フォアン!……持って来た工具、出してくれない……?」
――フィキィィィィィン――
少年の呼びかけに対し、巨鳥は彼女には聞き取れない鳴き声とも言える音を返した後、翼の基部存在する方形の部分を開いた。その中には、機械類を扱う為に必要なありとあらゆる工具が詰め込まれていた。
少年は、その中から一本の螺子回しを無造作に掴み取り、“魔力銃”の要所にそれを当てて手際良く“魔力銃”を分解して行く。
程なくして、“魔力銃”の内部が露わになった。柄の上方にはやや歪な八面体の銀色の結晶体が填め込まれており、そこより伸びる配線は小型の筒や箱に繋がり、それらの合間には歯車を利用した駆動装置等も窺える複雑な構造を見せていた。
少年――ルアークは、そんな複雑な構造を秘めた“魔力銃”の内部機構を手慣れた手付きで配線や各種装置をなぞりつつ、適宜その配線位置等を組み替えて行った。
「……書院長……これは、一体……?」
そんな少年の手際の良い作業風景を、半ば唖然呆然と言った態でラティルは眺めていた。程なくして気を取り直した彼女は、隣に立つティアスに向かって問いの言葉を投げかけた。
そんな彼女の問いに対して、ティアスは何気ない口調で答えを返した。
「友人のミゼルに頼んで、“魔力銃”の調整をお願いしていたんです」
「……調整……?」
ティアスの言葉に、理解が及ばず困惑した様子でラティルは呟きを漏らす。しかし、そんな彼女の呟きに答えるかの様なタイミングで、ルアークが顔を上げて言葉を紡ぐ。
「はい、おしまい……
これで、一発にかかる負担が減少して、発射・装填時の時間ロスが緩和されてる筈ですよ……ただし、威力と射程距離はかなり落ちてますから注意して下さいね。
後で、詳しい注意とか調整の仕方とか説明しておきますね」
そう言って、ルアークは再度組み上げた“魔力銃”の銃身を掴んでラティルの方へと差し出した。
おずおずとした様子で“それ”を彼女が受け取ると、少年はこの屋敷の当主に向けて次なる言葉を投げかけた。
「ティアスさん、他に何か御用のことってありますか……?」
ルアークのこの問いかけに、ティアスは数拍ばかり顎に手をかけ、思案気な素振りを見せた後、言葉を返した。
「…………そうですね……では、折角ですし、メイ達の具合を見て貰えませんか……?
私が造った者達なのですが、どうも巧い具合に行かない所があって……」
「解りました……僕の手に負える所は何とかしてみます」
ティアスの依頼に対して、ルアークは爽やかな微笑を浮かべて返答を紡いだ。
こうしてその日は、コアトリア家の屋敷の一室を借り受けて、ルアークによる屋敷に仕える侍女達の健康診断が行われることになったのだった。




