第2話公爵様は、私だけ過保護すぎるようです
ギルバート公爵様の、最高級のサスペンションが効いた馬車に揺られること一時間。
私は、ふかふかの革製シートに腰掛け、借りてきた猫のように小さくなっていた。
おまけに、私の肩には公爵様の漆黒の上着がかけられている。
上質なウールの温もりと、ほんのりと香る、煙草と高級なスパイスが混ざったような大人の香りに、さっきから心臓がうるさい。
「……寒くはないか? 喉は渇いていないか?」
対面に座るギルバート公爵様が、氷色の瞳を優しく細めて私に問いかける。
戦場では一太刀で百の魔物を屠ると噂される、冷酷無慈悲な『戦神』。
そんな彼が、今はまるで壊れ物を扱うような手つきで、私に温かい紅茶を淹れてくれている。
「は、はい。上着を貸していただいたおかげで、とても温かいです。ありがとうございます、公爵様」
「ギルバートでいい。私の救世主に、そんな他人行儀な口回しは不要だ」
(ギルバート様……! 響きが良すぎて耳が幸せなんだけど!?)
いやいや、落ち着け私。
表向きはお上品な伯爵令嬢エリアナ、中身は現実主義の元・社畜聖女だ。
ここでイケメンの美貌に騙されてはいけない。
「あの、ギルバート様。先ほど私を『救世主』と仰いましたが……」
「言葉の通りだ。私は生まれつき、強すぎる魔力が周囲に悪影響を及ぼす『暴走の呪い』を宿している。普通の人間なら、私に近づくだけで精神が恐怖に汚染され、正気を失う」
ギルバート様は自嘲気味に微笑む。
その周囲には、今も一般人なら気絶するレベルの禍々しい黒いオーラ(魔力)が渦巻いていた。
(うん、確かに見た目は大迫力だよね。映画のラスボスかな?)
しかし、私の神級の聖女魔力は、彼のオーラに触れた瞬間にそれをシュワシュワと炭酸水のように中和し、ただの「ちょっと冷たい心地よい風」に変えてしまう。
「だが、君は私の隣にいても平気な顔をしている。それどころか……君が近くにいるだけで、私の内に渦巻く狂気が嘘のように静まるんだ。こんな感覚は、生まれて初めてだ」
ギルバート様は私の手をそっと両手で包み込んだ。
大きな、でもとても温かい手だ。
「エリアナ。君を捨てた元婚約者とエヴァーハルト伯爵家のことは、我が情報部がすでに調べ上げた。あんな愚か者たちのために、君が涙を流す必要はどこにもない」
彼の瞳の奥に、一瞬だけ本物の『冷酷』な光が宿る。
どうやら、私の元実家とバカ王子は、完全にこの最強公爵を敵に回したらしい。心底ざまぁみろである。
「我がギルバート公爵家は、君を全力で歓迎し、保護する。君の望むものはすべて与えよう。……だから、どうか私の側にいてくれないだろうか」
「は、はい……。私のようなものでお役に立てるなら……」
あまりの至れり尽くせりな提案に、私が頬を赤らめて頷くと、ギルバート様はパッと表情を輝かせた。
冷酷な氷の公爵様が、まるで大型犬のように嬉しそうな顔をしている。ギャップが激しすぎて尊死しそうだ。
◇
やがて馬車が到着したのは、山岳地帯にそびえ立つ、黒鉄の巨大な城だった。
城の門をくぐると、そこには信じられない光景が広がっていた。
夜中だというのに、執事やメイド、さらには私兵団まで、数百人の人間がずらりと並んで頭を下げていたのだ。
「お帰りなさいませ、閣下! そして、ようこそおいでくださいました、エリアナ様!」
地響きのような大歓声。
歓迎ムードが最高潮すぎて、私は思わず一歩引いてしまう。
「ギ、ギルバート様。これは一体……?」
「君を迎えるための準備を、馬車の中から魔術通信で命じておいた。まずは長旅の疲れを癒やすといい。エリアナ、君のために我が城の最高級の客室を用意させた」
ギルバート様に案内された部屋の扉が開く。
「……えっ?」
そこは、私の元実家の部屋の十倍は広い、お姫様のような大空間だった。
さらに部屋の奥のクローゼットには、なぜか私のサイズにぴったり仕立てられた、最高級のシルクのドレスや普段着が、色とりどりに何百着も並んでいる。
「ギルバート様、これは……!?」
「君のサイズは、馬車の中で私が抱き上げた時の感覚(手のひら)で完璧に把握した。仕立て屋を叩き起こして、今ある最高級の衣類をすべて買い占めさせたんだ。足りなければ明日、さらに十倍の量を買い付けよう」
(行動力と財力が限界突破してるーーー!!!)
初手から、あまりにも過保護で底なしの溺愛が始まろうとしていた。
読んでいただきありがとうございます!
次回もお楽しみに!




