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【13作目】ウチの生徒会はややこしい!  作者: あぱ山あぱ太朗
ウチの生徒会長はデートがしたい
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8/16

2-4

 食後のコーヒーで一服して、確固たる充足感を持って店を後にした。

 如月さんは「仕事の話をするんですよね。邪魔したら悪いのでお先に」と一足先に退店してしまった。

 もちろん仕事の話はしていないので、嘘を吐いてしまったことには罪悪感がある。

 しかし、浮ついた会話を聞かれる訳にもいかないので許してほしい。

「実に美味だったな!」

「ですね。黒花と如月さんには感謝です」

 ふわとろなオムレツ。香ばしいチキンライス。皿を囲う濃厚なデミグラスソース。

 これらが三位一体となって至高の味を生み出していた。

 自分で料理をするからこそ分かる。あの味を家で再現するのは困難だ。

 オムレツの焼き加減は言うまでもなく、ふんだんに使われたバターによってコクと香りが強まっていた。

 チキンライスも高温で一気に炒めることで米一粒一粒が際立って、食材やケチャップと滑らかに混ざり合う。

 それだけでも手に負えないのに、じっくり煮詰められたデミグラスに包み込まれることで味に重厚感が生まれていた(ここまで超早口)。

 たまの外食はいいな。自分の料理スキルが未熟なことを思い知らされる。

 お店の料理ってすげぇです。大変おいしゅうございました。

 この店を教えてくれた黒花もそうだし、オムライスを食べるきっかけをくれた如月さんにも礼を言いたい。

「ふわぁ~、血糖値の上昇で眠気を覚えてきたな」

「今日、寝てないんですもんね? これくらいで解散にしておきますか?」

 昼とも夕方とも言えない中途半端な時間だった。

 黒花から教えてもらったカフェにも行き、自分で調べた映画館のカードもすでに切ってしまった。手札はすでに空である。

 ここで解散となれば及第点でデートを終えられるのではなかろうか。

「よし、そこのコンビニでブラックコーヒーを買うぞ」

「喫茶店でも飲んでましたよね!? 飲みすぎは良くないですよ!?」

 意地でも睡魔をかき消すつもりみたいだ。

 ある程度は予想していたけど、このまま帰るという選択肢はなさそうである。


「なら、あまり意地悪を言わないでくれ。私はまだ君と一緒にいたいぞ」

「~~~~~っっっっ!」


 ド直球すぎて悶え死にそうである。おまけにこの可愛いふくれっ面だ。なんかもう頭がおかしくなりそうです。

 とりあえず踊っていいですかね(錯乱)。

「わ、分かりましたよ……っ! 会長にとことん付き合いますよ……っ!」

「ありがとう、神原! 愛しているよ!」

「もう勘弁してください……っ!」

 心臓が持ちません。会長の愛情表現は過剰すぎる。

「さて、これからどうしようか?」

「えっと、その、恥ずかしながら万策尽きました……完全にノープランなんです」

 鳳朱音をエスコートするには準備不足だった。

 圧倒的に経験と知見が足りていない。せっかくの初デートだというのに、このままではグダグダになってしまう。

「なら歩こう!」

「あ、歩くだけでいいんですか……?」

「もちろん! 神原と一緒なら何をしたって楽しいさ!」

「…………っ!」

 会長はただ一緒にいるだけでいいと言ってくれる。その愛を受け止めることは――――俺には荷が重い。

 対価を用意できる自信がなかった。

 だけど、一方的にもらうだけの関係は居心地が悪い。


「会長!」

「うへぇ!? か、神原っ!?」


 人を好きになることの意味も意義も未だに分からない。

 それでも会長が喜んでくれるなら、神原悠馬に出来る事をさせてもらう。

「か、か、神原!? こ、こ、これはどういうことかな!?」

「会長の手を……握っています……っ!」

 周りの目はあるかもしれないが、ここで手をこまねいていたら示しがつかない。

 もしも天和大付属の生徒に目撃されてしまったならその時だ。とにかく、今この瞬間は会長が喜んでくれることをしたい。


「な、な、なぜ突然に!?」


 さすがの鳳朱音も面を食らって、尋常じゃないほど顔を赤くしている。

「俺には……その、こんなことくらいしか出来ないので……」

「な、何を言う!? じゅ、じゅ、十分すぎるというか……っ! 言っておくが、私は今パニック状態だからな!?」

「お、俺も正気じゃないです!」

「だろうね!?」

 手を繋いでいる男女が声を張り上げていたら、否応なく注目を集める。

 覚悟を決めていたが、やはり可能な限り目立ちたくはない。

「と、と、とりあえず歩きましょうか……っ!?」

「そ、そ、そうだね……っ!?」

 俺と会長は軍隊の行進のように右、左、右、左と足を挙げて歩き出す。

 ぎこちがない。側から見ればだいぶ滑稽だろうな。

「なぁ、神原……これは凄いな……胸の高鳴りが止まらないぞ……っ!」

「映画館で俺はずっとそうでしたよっ!」

 一度は経験しているはずなのに、鳳会長は初体験のような反応だった。

 映画館で繋いだ時は本当に意識をしていなかったらしい。

「神原の手、結構大きいんだな」

「か、会長よりは……そ、そうですけど……」

「それに冷たい」

「会長の手が熱いんですよ……っ!」

「昔から体温が高くてな。それでその、汗っかきなんだよ……だから、私の手汗で不快にさせてしまったら申し訳ない……」

「いや、俺だって他人事じゃないですし……気にしませんっていうか、今はそんな余裕が全然ないんで……っ!」

 男とは悲しき生き物だ。異性と接触するだけで身体の一部が反応しそうになる。

 それを阻止しようと脳内で般若心経を唱えていたら、外界に気を払っている暇などなくなっていた。

 中身のない会話を繰り返しながら、やみくもに新宿の街を歩き続ける。


「――――って、ここどこですか!?」


 数時間後(スマホの時刻を見て驚愕する)。

 世界が暮色に染まり、ようやく宙に浮いた意識が戻ってきた。明らかに新宿のビル群に囲まれたエリアからは離れてしまっている。

 生活の匂いが色濃くなっており、周囲に飲食店や商業施設は見当たらない。

 会長と繋いでいた手を放して、地図アプリで現在地を確認する。

「あ、手を放してしまうのだな……」

 しょんぼり。会長は名残惜しそうな顔をする。

 いちいち可愛らしい反応をしないでくれ。こんな愛らしい人と数時間も手を繋いでいた事実に赤面してしまう。

「い、今はそんなこと言ってる暇ないですよ! 我々、ちょっとした遭難状態と言いますか! 鉄道駅やバス停が近くにあればいいんですけど……」

 地図アプリによると中野区と練馬区の境目付近にいるようだった。

 近くの駅は西武池袋線の江古田駅と都営大江戸線の新江古田駅。幸いなことにそこまでの距離もない。

 新江古田駅まで行けば、最寄りの中井駅まで一本で帰れる。

「俺は新江古田駅から帰れそうです。会長の家ってどのへんでしたっけ?」

「ほう、これは偶然だな」

「偶然?」

「私の暮らすアパートは新江古田駅から歩いて五分のところにあってな。今いる場所には見覚えがないのだが駅まで行けばそのまま帰れそうだ」

「あ、そうなんですね? じゃあ暗くもなってきましたし、さすがに解散しましょうか。このまま会長を家まで送ります」

 会長の発言にやや引っかかる部分があったのだが、あんまりプライベートなことを聞くのも憚られるので触れないでおいた。

「名残惜しいが……そうするか。手間をかけてすまないな」

「いえ、家に帰るまでがデートだと思うので」

「ありがとう。では、神原」

 会長が右手を差し出してくる。

 本日二回目なので意味するところは分かる。

「い、いきましょう……っ!」

 差し出された手を握る。長時間も手を繋いでいたのに、あらためて手を握ろうとすると緊張してしまう。

 あの鳳朱音とのスキンシップである。簡単に慣れるものではなかった。


「~~~♪」


 会長は大変ご満悦そうだった。まったく役得も役得だな。

 右手のスマホ画面で道順を確認しながら、まずは新江古田駅を目指す。駅に着いてからは会長の案内に従って移動した。

「このアパートの二階に私の暮らす部屋がある」

 新江古田駅から五分も経っていないと思う。会長がある建物の前で足を止める。築年数が経っていなさそうな綺麗な建物だった。

 二階建てでマンションというにはこぢんまりとした印象がある。

 会長も『アパート』と言っているので、アパートと表現するのが正しそうだ。

「あの、会長。ちょっと踏み込んだことを聞くんですけど」

「私と君の仲だ。なんでも聞いてくれ」

「その、会長って……一人で暮らしているんですか?」

 またしても『私の暮らすアパート』という発言に違和感を覚えた。

 主体を自分自身にして『暮らす』と口にするのは、親の庇護下にあるであろう高校生の言い回しとしては不自然に感じる。

 普通は「私の家」とか、「自分の家」とか言わないか。

 それに会長が住んでいるらしきアパートは明らかに単身者向けの物件だ。家族複数人で生活するような設計には見えない。

「あぁ、実はそうなんだ。ちょうと今月からな」

「え、今月から?」

 のっぴきならない事情があることも覚悟した。俺も親の離婚を経験しているので、全ての家族が仲良し円満でないことは理解をしている。

 しかし、会長の口ぶり的にシリアスな背景があるように思えない。


「父と母に我儘を言ったんだ。昨年の暮れだったかな。不意に『一人暮らし』を経験してみたくなったんだ」


 交通の利便性などを考えての発想ではないようだ。

 高校生の娘に必要がない一人暮らしを許可できること、前々から思っていたが鳳会長の実家はだいぶ太そうである。

「親御さんもよく納得しましたよね。娘の一人暮らしなんて心配でしょうに」

「はは、昔から両親は末娘の私に甘くてね。どんな要望も聞き入れてくれるんだ――――自分が恵まれていることは十分すぎるくらい理解しているよ」

 会長は少しだけ憂いを含蓄した表情を見せた。

 凡人の俺には想像できないが、持っている者にも持っている者にしか分からない苦悩があるのかもしれない。

「高校生で一人暮らし……家事とか大変じゃないですか?」

 俺神原家の家事担当をしているが、全てを一人で担っているわけではない。ゴミ出しや買い物、洗濯周りなどは父や義母、黒花にお願いしている。

「これまで両親に頼り切りだった事を自覚する毎日さ。特に料理かな……最近はコンビニのお弁当ばかりだ」

「それだけだと身体に悪いですね。簡単な料理だったら教えられますよ」

「本当か! それは助かるよ」

 あの鳳朱音に何かを「教える」日が来るなんて思いもしなかった。

「そうだ、神原。部屋に上がっていくか? 早速、料理を教えてほしい」

「いやいや、それは遠慮させてもらいます!」

 女性の一人暮らし宅にズカズカお邪魔する訳にはいかない。

 俺と鳳会長は正式に交際している訳じゃないし、仮に付き合っていても気軽にすることじゃないと思う。

「そんなこと言わず――――いや、そうだな! う、うむ、その方がいいな!」

「え? 俺的にはめちゃくちゃ助かりますが……」

「料理はまた今度教えてくれ!」

 どうして気が変わったのか分からないが、すんなり受け入れてもらえるのは有難い。


「……じゃあ、今日はお開きですかね。一日ありがとうございました」


 映画を見て、カフェで談笑して――後半こそずっと手を繋いで徘徊していたが、こんな美少女と長い時間を共に過ごせた。

 誰がどう見たって、素晴らしい一日だったと言えるだろう。

「名残惜しいものだな」

「そうですね」

 仮初の関係であるのは重々承知だ。

 それでも今日一日を心から楽しむことができた。だから、その時間が終わってしまう事に侘しさを覚える。

「――また、行きましょうか」

「本当か? 神原は無理してないか?」

「無理なんかしてないです。充実した休日でしたよ」

 俺には対人関係への苦手意識がある。

 そんな人間が特定の人物と長時間一緒に過ごせたのは奇跡に近い。会長と一緒にいるともちろんドキドキはする。

 だけど、苦痛は一切感じなかった。

「あぁ、君がそう言ってくれると嬉しいよ。振り回している自覚はあったからな」

「自覚あるなら手加減してください……」

「それは無理な相談だな。君への想いが溢れて止まらないんだ」

「ま、また……っ! そうやって……っ!」

 苦痛こそないが、ドキドキし過ぎて疲労困憊ではある。

 何度目か分からない抗議に「すまんすまん」と鳳会長は冗談っぽく笑っていた。


「神原、今日は本当にありがとう。この上なく最高な初デートだったよ」

「こちらこそです」


 俺にとってもこれが初デートだった。

 そして、その評価は会長と同じく「最高」と言って差し支えない。


「やっぱり、私は君が好きだ」

「……会長の気持ちは嬉しいです」


 会長の好意はもう十分すぎるくらい伝わっている。

「まったく、君は手強いな」

「すみません……」

「いいんだ、気にしないでくれ。難題の方が挑む甲斐があるというものだ」

 確かに今日のデートは楽しかった。断言できる。

 それでも俺と会長が付き合う未来はやはり想像できなかった。

「今日はありがとうございました。また学校で」

 近隣住民の目だってある。これ以上、家の前に居座るべきではないだろう。

 会長は自宅に帰るだけなので、俺がこの場から立ち去る他ない。

「なぁ、神原」

「どうしましたか?」

「さ、最後に一つだけ我儘をいいかな……っ!」

「えーと、俺が叶えられることなら」

 俺の言葉を受けて会長はモジモジとし始める。頬もほんのり赤い。


「せ、せ、接吻をしてくれないか!?」

「は、はぁ!?」


 何を言い出すかと思いきや、とんでもない要求だった。

 接吻。すなわちキスをご所望らしいが、そんなこと出来るわけがないだろう。

「し、してくれないと……この場から動かないからなっっ!」

「ちょっと待ってくださいよ!」

 こんな時も相変わらず過ぎると言うか。

 どうする。こうなった会長を説得するのが困難であることは言うまでもない。しかし、仮交際の段階で唇を奪うのはいくらなんでも――いや、そうか。

「分かりました。会長、目を瞑ってください」

「ほ、ほ、本当にするのか!?」

 自分で言い出した癖に、会長は分かりやすく狼狽えていた。

「恥ずかしいので目を瞑ってもらえますか?」

「わ、わかった……っ!」

 会長に再度、目を瞑るように促す。

 ようやく会長も観念したようで「ぎゅー」と力強く目を閉じる。

 緊張のあまり唇がわなわなと震えているのが見て取れた。

 小さく艶やかな桜色。この花唇を奪うため、鳳朱音の紅顔に自らの顔面を近付ける事はあまりに罪深いことだと思う。

 俺にはそのような大罪を犯す覚悟はなかった。


「か、神原っっ――――ん、これは……え?」

「確かに接吻しましたよ」


 会長は混乱している。それもそのはずだ。

 俺は会長にキスをした。ただし唇ではなく手の甲にである。

「会長、場所の指定はしてなかったじゃないですか」

「この場合はどう考えても唇だろう!?」

「そうですか? 海外では一般的ですけどね?」

「君は日本人だろ!?」

 曖昧な言葉は様々な解釈を生み、後々トラブルになる可能性がある。だからこそ発言はできるだけ具体的にするべし、会長が常々言っていることだ。

「しっかり会長の我儘も聞いたので帰ります」

「きぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」

 会長は悔しそうにハンカチを噛んでいた。リアルでこれやる人いるんだ。

「神原のバカ! バカ! バカ!」

「まぁ、会長と比べたらそうだと思いますよ」

「そういうことじゃなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!」

 髪を振り乱して、会長は地団駄を踏んでいる。

 あの鳳朱音相手に一本取ったことに充足感を覚えながら帰路につく。


「神原、覚えてろよぉぉぉぉぉ!」


 負け犬の遠吠えは聞こえないフリをした。

 …………というか、手の甲にキスするのも普通に恥ずかしくないか?

 いや、考えたら負けだろう。

 頭を左右に振って、駅までの道を歩き出した。

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