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翌日。鳳会長とのデート当日。
何だかんだ黒花は真剣にアドバイスをしてくれた。
服装は所持品の中でも限りなく無難なもので統一する(中学時代に買った英字プリントTシャツはすべて資源ゴミになりました)。
集合場所は黒花イチオシのカフェがあるらしい新宿に決めた。
異性と一緒に歩いて恥ずかしくない格好。プランを組む上で軸となるエリア決め。
骨子の部分は黒花の力で何とかなった。マジ感謝です。
しかし、細部に関しては俺自身がリサーチして決めなくてはならない。黒花にはデートであることを隠しているので、助言を貰える範囲に限りがある。
自分なりに頭を悩ませてみたが、果たして鳳会長は楽しんでくれるだろうか。
「ふぅ、早く来すぎたな……」
家に居てもソワソワしっぱなしだった。
意味もなくリビングでぐるぐる回っていたら、「鬱陶しいっ!」と黒花から追い出されて今に至る。
集合時間の一時間前に西武新宿駅に到着していた。
現在の時刻は午前一◯時。
待ち合わせ場所である新宿駅東口の駅前広場までは徒歩五分くらい。
どう考えても時間が余ってしまう。
「歩いて時間でも潰すか」
徘徊は得意だ。自動販売機巡り ~in・新宿~ を開催しよう。
駅舎から外に出ると、雑多なビル群に出迎えられる。
土曜日の新宿は活気に溢れており、あらゆる属性の人々が闊歩していた。
「やぁ、神原」
……はて、幻聴だろうか。
今この瞬間において、聞こえるはずがない声がした。
「無視は悲しいな。私だって人並みに傷つくぞ」
「えー、あのー、やっぱり会長ですよね?」
「もちろんだとも。天和大学付属高校・一一一代生徒会長の鳳朱音だ」
会長が駅前の広場にいた。しかも見慣れない私服姿で。
制服のブレザー姿のイメージしかないので、普段着はまた違った印象を覚える。
つい、まじまじと見てしまう。
腰と足のラインに沿った細いデニムはくびれ部分を強調し、鳳会長のスタイルの良さを際立たせている。上半身は半袖白Tシャツ一枚。裾をズボンの中に入れることで布が張り、胸部と腹部の凹凸が浮き彫りになっていた。
足元はスニーカー、肩にトートバッグ、装飾品の類は一切身に着けていない。
とてもシンプルな恰好だ。だというのに、この色気はなんなのか。
飾らないことで、逆説的に素材の強さが前面に出ている。
「えーと、確認したいことはいくつかあるんですが……何故ここに?」
このまま私服姿に目を奪われているわけにもいかない。
集合時間の前にどうして会長がこの場所にいるのか。その理由を知りたい。
「神原の最寄りは中井駅だろう? 西武新宿線で移動してくると思ったんだよ。待ち伏せして正解だな」
過去に一度、我が家に会長を招いたことがある(黒花が大騒ぎだった)。
最寄りの駅を知られている事自体には問題がないのだが、この話には大きなツッコミ処があると思うんだ。
一時間も早く到着したのに、会長はすでにこの場所にいた。
つまり、それよりも前に会長はこの場に居たことになる――嫌な予感がするぞ。
「あの……待ち伏せって一体いつから……?」
「朝五時には待機していたな」
「バカですか!?」
事実ならすでに五時間経過していた。
一時間前でも早すぎるのに、あまりにもインフレがすぎる。
「初めてのデートが楽しみで眠れなくてな」
「まさか寝てないんですか!?」
俺だって緊張で寝付けなかった。
だけど、さすがに三時間くらいは寝たはずだぞ。
「ははは、おかげで部活動発表会の資料作成が進んだよ」
会長は否定も肯定もしない。要するにそういうことなのだろう。
「仕事を持ち帰るのはやめましょうよ……」
「神原に言われたくないな。黒花会計からタレコミがあったぞ?」
「黒花のやつ……っ!」
学校に居残りできる時間には限りがある。
自宅作業をする日が生じてしまうのは仕様がないことだ。
今回は週五日程度で済んでいるので楽な方である。
炎上しているプロジェクトだと、週七日の残業がデフォルトだからな。あの当時と比較したら、余裕すらも感じる(壊れた脳みそ)。
「兄をあまり働かせすぎないでくれ――――そう言われた」
「え、それって本当に黒花ですか?」
あの黒花がまさか。よく似た別人かじゃないのか。
「あんまり酷いことを言ってやるな。彼女は君の身を案じていたよ」
「……そう、ですか。普通に心配してもらえるのは嬉しいですね」
平素からその一端でも垣間見えれば可愛げがあるのにな。
素直じゃない奴だぜ。ふぅ、やれやれ……色々と相談に乗ってもらったし、お土産でも買って帰りますか。
「私が原因なので言いづらいが……神原は働き過ぎだぞ?」
「それこそ会長に言われたくないですって」
俺とは比べ物にならないワーカホリックである。会長は睡眠時間を除いて、年中無休で稼働していた。
生徒会の業務に飽き足らず、何かしらのタスクを常に抱えているイメージだ。
これで体調を崩さないんだから鉄人としか言いようがない。
「う、うむっ! せっかくのデートだ! 仕事の話は無しにしようじゃないか!?」
「逃げましたね」
人の振り見て我が振り直せ、とはならないようである。
口八丁手八丁で躱されるだけなので、これ以上もう言及しないけどさ。
「というか、話を戻しますけど……五時間も待ち惚けだったのはマジなんですか? 大変居た堪れない気持ちになっているのですが……」
「ん、存外退屈はしなかったぞ? 声を掛けてくれる男性達がいたものでな」
「たぶんそれナンパです!」
「この国の未来について深い議論を交わしただけだぞ?」
「すごい撃退術ですね!?」
声を掛けた男性陣も困惑したに違いない。相手が鳳朱音であったのが運の尽きだ。
「して、神原。集合の一時間前に相見えたわけだが、如何様にしようか?」
「ここで合流しないのもおかしな話なので前倒しで始めましょうか……その、俺と会長のデ、デートを……っ!」
あらためて言葉にすると超恥ずかしい。急速に顔が熱を持つ。
「あぁ、どんと来い」
会長は力いっぱい胸を叩く――よかった、会長はいつも通りみたいだな。
俺も変に意識し過ぎないようにしないとだな。
「じゃあ、いきましょうか……っ!」
「承知した。では、神原」
「はい?」
鳳会長が右手を差し出してくる。
なんだこれ。金銭を要求されているのだろうか。
あの鳳朱音とのデートだし、ロハなんて虫のいい話があるわけないか。
「ちょっと相場が分からなくて……今、三万円しかないんですけど……」
あらゆる場面に備えて十分な金額を用意している。
友達がいないことが功を奏した。お金を使う機会がないので、お年玉貯金がそれなりの金額になっている。
さぁ、取るがいい! 孤独から得た対価を(むせび泣き)!
「君は何を言っているんだ?」
「あれ? 今日のデート料を徴収するんじゃないんですか?」
「……神原のネガティブさには時折驚かされるよ」
「ありがとうございます?」
「褒めてないぞ」
ジト目で睨まれた。おまけに二の腕を軽く抓られる。
うぐぐ、普段見ない表情と仕草に不覚にもドキッとしてしまった。
「ならこの手はなんですか……?」
「わ、分からないのかっ! これは、その、あれだよ! 手を繋ごうという意思表示だ!
わざわざ言わせないでくれっ!」
「っっっっ!!」
そ、そういうことかよ!
俺と会長が手を繋ぐ。発想すらなかったので思い至らなかった。
くそ、まずいぞ。会長の真っ赤な顔を直視できない。あの鳳朱音も緊張するとこんな風になるとは知る由もなかった。
あぁ、もうちくしょう! あまりにも愛おしすぎるだろ!
「神原っ! 返事はどうなんだっ!?」
「えと、その、謹んで辞退させて――ぐへぇ!?」
「殴るぞ」
「もう殴ってるじゃないですか!」
会長はいつも泰然としているので直情的な行動に出るのは珍しい。
だけど、許してほしかった。
あの会長と手を繋ぐとか無理すぎる。まず間違いなく心臓が破裂するぞ。
死因が『恥ずか死』とか勘弁してもらいたい。
「乙女の覚悟を袖にするのか!?」
「だって、それはほら! 俺と会長は正式には付き合ってないわけで!」
『仮初の恋人として会長がしたい事に付き合いますし――――』
突然、ざらざらとノイズを含んだ機械音声が再生される。
音の発生源に視線を向けると、会長の手元に小型の機器が握られていた。
「聞こえたかな? この間の録音データだ」
「いつの間に!?」
完全に言質を取られていた。言った言わない論争にはさせないつもりだ。
ボイスレコーダーまで持ち出すのはやりすぎだろ、絶対に!
この人は敵に回すと厄介で面倒である。
「さて、私の『したい事』に付き合ってもらうぞ?」
「待ってください! 発言は否定しませんが、全てに応えるとは言ってませんよ!?」
これが罷り通ってしまえば、月イチの命令権が意味をなさなくなる。
最終的に「やるか・やらないか」の判断は俺の方に委ねられているはずだ。
「君も強情だな」
「誰が見ているか分かりませんし!」
天和大学付属高校は東京都中野区に所在する。当然、近辺に住んでいる生徒が多い。
中野区と新宿区は隣接しており、しかも新宿は有数の繁華街だ。この場所で天大付属の生徒と遭遇しても何ら不思議ではない。
「ぷー」
「拗ねないでくださいよ……」
頬を膨らませ、ふくれっ面をしている。完全に子供だ。そんな表情すら可愛いらしいのは反則でしかない。
「あーあー、人生初デートなのになー、神原は意地が悪いなー」
「わ、分かりましたよ! ただ、人目がある場所は勘弁してください! まずは人の目が気にならない場所に移動しましょう!」
今日一日、ずっとヘソを曲げられても困ってしまう。
こちらが大人になって譲歩せざるを得ない。まったく我儘なお姫様である。
「ま、ま、まさか! かの有名なラブホテルに行くのか……っ!?」
「い、い、行くわけがないでしょ!」
初デートの序盤に行く場所ではない。いや、終盤でも行かないけど!
「そ、そうか……私だって興味がないと言えば噓になる……だが、どうも心の方の準備が整っていないようでな…………」
「――――それが普通だと思いますよ」
どこか後ろめたそうな会長に伝えたいことがあった。
「軽はずみにすることじゃないです。相手を想って、理解して、そうじゃなければ虚しいだけだと思います」
俺は『人を好きになる』という事がよく分かっていない。
そんな状態で『行為』だけが先行してしまったら、この曖昧な感情を昇華することなく、仮初の満足感を得てしまうのではないか。
そうなったら最後、俺はたぶん『本物の感情』を手にすることが出来なくなる。
最悪、後悔するのが俺一人だけならいいのだ。
しかし、その境遇に会長を巻き込むことだけは絶対、絶対に許されない。
「ふふ、神原は優しいな。本当に、君を好きになれてよかったよ」
「ぐはっ! ちょ、勘弁してください!」
クサい事を言った自覚がある。
そして、追い打ちをかけるような鳳会長の純粋無垢な愛情表現。羞恥心に臨界点があるのだとしたら今がその地点だと思う。
これ以上は心臓が壊れる。
「これくらいにしておくか。今日もまだまだ長いからな」
「はい、是非そうしてください……」
そんなにアクセル全開だと身体が持ちませんよ(俺の)。
「それで神原、人の目が気にならない場所とは結局どこなのだ?」
「着いてからのお楽しみです。とりあえず歩きましょう」
せっかくの初デートなのだから、行く先が分からない方が面白いだろう。
ワクワク感も合わせて楽しんでいただければ幸いです。




