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朝の登校。
皆一様にスタンスが異なる。部活がある者、家が遠い者、逆に近い者。
HR何分前に登校するかは各々の裁量に任されていた。
かくいう俺はギリギリ派だ。
生徒会の活動を通じて改善傾向にはあるが、人との会話は避けたいのが本音だ。
ということで、本日もHR開始二分前を目指して教室に入る。
電車通学のため直前を目指すのは一苦労だ。
遅刻にならないギリギリの電車でも、十五分前には最寄り駅に辿り着いてしまう。
学校までは徒歩五分圏内。時間が余る。
だから、意味もなく学校の周辺を徘徊するのが日課だった。
おかげさまでこの辺の表札は網羅している。佐藤、鈴木、高橋はお手の物。私的に一番レアな苗字は「早乙女」さん。
たぶん可愛い。いつかお目にかかりたいです。
さてと、目立たないように教室後方のドアから2‐Fの教室に入る。HRの直前は席に座っている生徒が多いので注目を集めやすい。
――――しかし、本日の2‐Fはやけに騒がしかった。
立ち歩いている生徒がチラホラいる。
そして、その中の一人が俺の方へとゆっくり近付いてきた。
「お、悠馬。相変わらずギリだなぁ」
「うっす、仲川。この状況はどういうことなんだ?」
「職員会議が長引いているって話らしいぞ。北センもしばらくは来ないってさ」
北センこと北尾先生がまだ教室に来ていないようだ。
なるほどな。それでこの無秩序な空間が生まれたわけか。
「つーかさ。職員会議が長引いてるのって生徒会のせいなんじゃないのか?」
「へ?」
「昨日、朱音さんが方々に飛び回っていたらしいじゃん?」
「ど、どうだろうか……」
昨日は本当に色々あったが、部活動発表会の稟議書は無事に完成した。
生徒会の顧問を務める渋谷先生が校舎に残っていたので、そのまま稟議書を提出させてもらったけど――まさかな。
渋谷先生の「今期も始まったかぁ」の顔が忘れられない。いつもすみません。
「新体制でも朱音さんは絶好調だな。応援してるぜ、悠馬」
「応援より手を貸してくれ、仲川……」
「落伍者は大人しく見守らせてもらうぜ~」
仲川晴喜。茶髪にピアス。いかにもチャラ男って風貌をした男子生徒。
しかし、これでも前期一一◯期生徒会では庶務を務めていた。
今年からクラスメイトになり、昨年のよしみで声を掛けてくれる人物の一人だ。
「仲川とか林田先輩がいなくなって、生徒会の男女比がバグってんだよ」
「いいじゃん、ハーレムで」
「ははは、別に代わってもいいんだぞ?」
仲川は「まじで勘弁」と舌を出した。内情を理解しているだけある。
「誠人さんは外部受験するって話だから仕方ないよな。つーか、朱音さんがおかしいだけで内進組でも三年は引退するけどな、ふつー」
天和大学付属高校の生徒会任期は四月から翌年三月までの一年間だ。
三月に生徒会長のみ選挙で選出されて、四月から新生徒会が発足される。
他の役員は自薦他薦を問わず、望むならば誰でも生徒会に所属できる仕組みだ。
そして、この四月~三月の任期は受験を控える三年生にとっては荷が重い。
天和大学に内部進学ができると言っても、成績下位者は対象外であり、人気が集中する学部に進学するためには成績上位者であることが必須だ。
外部の大学を受験する生徒だって少なくない。
正直な話、生徒会の活動をやっている余裕がないのである。
「知っての通り、会長は規格外だからな」
「ほんまそれなー」
ただし、鳳朱音を除いて。
あの人は常に学年一位をキープし、全国模試にも名前が載る。
内部進学、外部進学のどちらでも苦労はしないだろう。
彼女にとって、生徒会の活動は成績を落とす理由にはなり得ない。
――――愛しているよ、神原。私は君のことが好きだ。
そんな完璧超人から告白された。
一夜明けても現実感がない。あるわけがない。
あの後、会長は大騒ぎしながら生徒会室を飛び出してしまった。
それから今朝に至るまで特にアクションはない。
却ってそれが不気味だった。
と言っても、俺にはどうすることもできない。天災を前に人は無力だ。何事も起きないように祈るしかない。
だがしかし、あの鳳朱音がこのまま引き下がるとは到底思えなかった。
今後の事を考えると憂鬱でしかない。
「そーいや、誠人さんはなんで外部受験するのかね? 天和大っていえば、都内ではそれなりに有名な私大じゃん?」
仲川は「俺はその肩書きを得るために高校受験を頑張ったクチだし」とおどける。
「林田先輩は――うん、まぁ」
「んにゃ? 悠馬は何か知ってんのか?」
「ど、どうだろうな……」
故あって林田先輩が外部受験する経緯を知っていた。
だけど、それを誰かに話すことは憚られる。
昨日あんなことがあった以上、俺からは口が裂けても言えない。
「隠し事が下手だなぁ、悠馬」
「い、いや……隠し事というか何というか……」
他者との会話が苦手な理由の一つに自分自身が口下手というのがある。
相手を不快にさせないように取り繕うが、逆効果になることがしばしばあった。
「悠馬って、シゴデキなのに意外と不器用だよな」
「不器用なのは事実として、仕事ができるなんて自認はないぞ」
鳳会長の業務量の半分も処理できているか分からない。
あんな切れ者が傍にいて「俺、仕事できます!」と嘯く勇気はなかった。
「過度な謙遜は嫌味だぞ。俺、悠馬の有能っぷりには結構打ちのめされたんだぜ?」
「え、はぁ? なんだよそれ?」
「――あの鳳朱音と一緒に働くのがどれだけ大変か」
虚空に視線を移して、仲川がしみじみと呟く。
「少なくとも俺は力不足だった。けど、悠馬は必死に食らいついていただろ? だから、勝手に期待しているっていうかさ。後は任せた、みたいな」
「なぁ、仲川が生徒会に入らなかったのは――――それが理由なのか?」
今年からクラスメイトになったというのに、彼が生徒会に所属しなかった事情を聞けずにいた。
他者の深部に踏み込む。俺が苦手とすることだ。
それでも、仲川の形容し難い表情の裏にあるものが気になってしまった。
恐る恐るながら仲川の真意を尋ねる。
「いーや、違うぞ? 俺、彼女が出来たんだよ」
「そうなのか――って、え、彼女?」
「山女の生徒会と合同の企画あったじゃんか? 向こうの書記の子!」
これもまた会長の思い付きで、近隣の女子高とイベントを開催したことがあった。
当時のことは思い出したくもない。ちゃんと死にそうでした。
残業、残業、残業の嵐。
相手方の生徒会とモチベーションに差があり、それが原因となって口論に発展したこともあったな。
だというのに、仲川は陰でコソコソ逢引していたのか。
「やることやってんなぁ、おい!」
「実は今日もデートなんだよな(笑)!」
惚気顔をしている。とても幸せそうだった。
俺が残業をしたことで、仲川の幸福に寄与したのなら良しとしよう(血の涙)。
「てな感じでさ、生徒会をやってる余裕がなくてな」
シリアスな背景があるかと思いきや、いかにも高校生らしい理由だった。
思い返せば、仲川はこういうチャランポランな奴だったな。
「てかさ、悠馬。今度カラオケいかね?」
「え、なに、カラオケ?」
話が全然繋がらない。しかも、カラオケと来た。
歌っていないと「歌えよー」と囃し立てられ、いざ歌い出すと皆がスマホを触り出し、以降は歌えと言われなくなる――あのカラオケか(過去のトラウマ)。
「俺と悠馬ってプライベートで遊んだことないじゃん? クラスメイトになったんだし、今度は友人として仲良くやってこうぜ?」
「…………」
そんな風に思ってくれていたのか。
人付き合いを苦手とする俺に、仲川は仲川なりに歩み寄ってくれている。その気持ちは本当に嬉しかった。
なら、俺も正直に答える必要があるな。
「聞いてくれ、仲川。俺は――――米津にはなれない」
「うん、知ってるけど!?」
サビの高音が出なくて、情けない裏声を響かせるのは忍びない。誰かとカラオケに行くにはレベルが足らなすぎる。
なのでちょっと修行してきます。待っていろよ、米津(烏滸がましい)。
「だからまぁ……なんだ、カラオケ以外で頼む」
「全然意味が分からんけど、とりあえず了解! 普通に飯でも行こうぜ」
「お、おう! タイミングが合えば!」
仲川が「いつになることやら」と苦笑していた。
すまん、仲川。プライベートで人と会うとか、コミュ力が皆無の人間には相応の覚悟と体力が必要なんだよ。
予定前日の夜とか震えが止まらなくなるからな。
ちゃんと前向きには検討しますので、二ヶ月~三ヶ月の猶予をください(長い)。
「あー、神原が裏切り者と話してるー」
北尾先生が教室に来ないため、依然として教室内は騒がしい。
クラスメイトが三々五々と島を作っている。
そんな中、俺と仲川の小さな島に来訪者が現れた。
生徒会の同僚でもあり、昨年同様クラスメイトになった真咲向日葵である。
「ちょいちょい裏切り者ってひどいなー、向日葵」
「向日葵って呼ばないでよ!」
「やっぱり、悠馬以外の男だと駄目か」
「か、神原にも呼ばせないしっ!」
仲川と真咲の掛け合い。昨年から何度も目にしてきた。
今年から生徒会室で見られなくなった代わりに、2‐Fの教室にて繰り広げられるようになったのである。
「んじゃあ、俺は席に戻るから」
仲川との会話でコミュ力ゲージ(人と会話をすると徐々に目減りする)が限界だ。
席で静かに本を読みたい。今の気分はドストエフスキーかな。
「待てよ、悠馬。あの向日葵が勇気を出して、輪に混じってきたんだからさ」
「ち、違う! そういうのじゃないからっ! 仲川、覚えておきなさいよ……っ!」
「ははは、ほんと二人は仲が良いよなー」
喧嘩するほど仲が良いとはよく言ったものである。
二人の夫婦漫才のような掛け合いは、傍から見るとイチャイチャにしか見えない。
『(ジーーーーーーー)』
「な、なんだよ、二人揃って……」
仲川と真咲、両サイドからジト目で睨まれる。
「悠馬は悠馬だなぁ、って」
「この朴念仁!」
「え、なんで俺が責められる流れ?」
あの流れからどうしてこうなった。思い当たる節がない。
「悠馬、彼女がいると楽しいぞ」
「藪から棒にどうした。生憎と相手がいないんだよ」
ふと、鳳会長の顔が浮かび上がる。
俺の返答次第で彼女と付き合える事実を思い出す。
凛々しく華麗な容姿、均整の取れたスタイル、気品のある佇まい。会長と交際したら、不満なんて何一つ出てこないんだろう。
だけど、その横に自分がいるイメージが浮かばなかった。
会長が俺に価値を提供できても、俺の方から会長に差し出せるものがない。
「案外、近くにいるかもよ? ほら、向日葵とか?」
「ちょっと、仲川……っ!」
真咲、真咲か――鳳会長と違って、真咲が横にいる姿は想像できた。
彼女とて可憐な顔立ちをした美少女ではある。
でも、なんか『隙』があるんだよな。
補える部分があるというか。相互扶助の関係が成立するというか。
俺のコミュ力不足を真咲が補って、逆に視野が狭くなりがちな真咲をフォローする。
仕事上の相性も良く、何よりも真咲とは一緒にいて気が楽だった。
――しかし、真咲と俺が結ばれる未来など訪れない。
「真咲は会長LOVEじゃんか」
生徒会に入った直後は「神原は朱音さんに近付かないで!」と邪険にされていた。
最近こそ風当たりが弱くなったけど、当時の印象が強烈に残っている。
「そ、それは……違くて……えと、その……いや、違くはないんだけどね……」
「これでも応援してるんだよ、真咲と鳳会長のことを」
会長と真咲のカップリングなら、他役員の心象も悪くないはずだ。
組織の事を考えたら、『鳳会長×真咲』ルートこそ最適解なんじゃないだろうか。
「か、か、神原だけには応援されたくないっっ!」
「なんでだよっっ!?」
そろそろ敵視するのも止めてほしいものだ。
一年間、鳳会長の率いる生徒会を支えてきた仲なんだからさ。
「ククク、やっぱ何度見ても面白いなぁ。お前らと同じクラスでよかったよ」
仲川が笑っている。
他人事だと思って薄情なやつだな。
すぐさま仲川の不義理さを糾弾しようとするが、北尾先生が「お前ら、席に着けー」と教室に入ってくる。
そこで会話は打ち止めとなり、いつも通りの高校生活が始まるのだった。




