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【13作目】ウチの生徒会はややこしい!  作者: あぱ山あぱ太朗
ウチの生徒会長は後先を考えない
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1/16

プロローグ

「部活動発表会をやろう!」

 ショートヘアの中性的な美少女が、樫の両袖机を叩いて宣言する。

 凛と澄み切った声が生徒会室内に響き渡った。

 多くの人間はこの見目麗しい容姿と、透明感のある美声に魅入られて、唯々諾々と従う傀儡に成り果てる。

 しかしながら、散々振り回されてきた神原悠馬はその限りではない。

 ――――また鳳会長のアレが始まった。

 頭が痛くなってきたので、指でこめかみを押さえる。

 言いたいことは山のようにあった。

 予算は? スケジュールは? 人的リソースは?

 今期の生徒会が始動してから一ヶ月も経過していない。まずは新体制の地盤固めを優先するべきだ。

 されど鳳朱音にとって、それらの要素は『やらない理由』にはなり得ない。

「ぜひやりましょう! 私は朱音さんに付いていく所存です!」

 同じ副会長の片割れ。おさげ髪がトレンドマークの真咲向日葵が同調する。

 真咲は鳳会長のシンパだ。

 会長が右を向けと言えば右を向き、左を向けと言えば左を向く。

 地獄を見ることが分かり切っているのに狂信者というのはタチが悪い。

 口ではこう言っているが、彼女の瞳から光が消えている。覚悟を決めた社畜の目だ。

「部活動発表会?」

「……聞いたことない」

 今年から加入した二人は何が何やらといった様子だ。無理もない。

 俺ですら『部活動発表会』がどのような企画なのか知らないのだから。少なくとも毎年開かれている催事ではなかった。

 つまり、会長の完全なる思い付きである。

「鳳会長」

 はぁ、俺がまたご意見番をやるしかないのか。

 ただでさえ人と会話をするのが不得手なのに、相手の主張や考えに苦言を呈するなんて嫌な役回りはしたくないんだけどな。

 この場には指摘できる人間が俺しかいないのだから仕方ない。

「どうした、神原副会長」

 鳳会長と目が合う。他の役員からの視線も集まる。

「その部活動発表会はいつ開催する予定なんですか? 半年後? もしくは来年?」

 まずはスケジュール確認からだ。

 新規の企画は時間を掛けて検討し、しっかり練って計画書に落とし込み、慎重に進めていくべきである。

 教師陣への稟議なども考えたら、最低でも三カ月の猶予は欲しい。

「ん? もちろん来月の予定だ」

「おぉ、なるほど! 狂っていますね!」

 鳳朱音は本日も通常運転だった。

「ちょっと、神原! 朱音さんに対して何たる言い草よ!」

 信者の真咲が噛みついてくる。

 待て待て、俺は見逃さなかったぞ。『来月』というイカれた単語を聞いて、真咲が絶望的な表情を浮かべていたのを。

「真咲、逆に聞くけどさ……出来ると思うか?」

「……………………………………私と神原が死ぬ気で働けばあるいは」

 すんごい小さい声だった。

 中等部時代からの付き合いらしく、真咲は鳳会長に入れ込み過ぎている。

 実現が難しいと理解していても、決してその意見を否定しない。

 敬愛する先輩が地獄への道を歩もうとしているんだぞ。身体を張ってでも止めるのが、後輩の役目ではなかろうか。

「一年の黒花と如月さんは知らないと思うけど、前期の生徒会から引き継ぐ仕事もあるし、直近だと『合宿勉強会』の準備もあって割と忙しいんだよ」

 真咲を説得するのは諦めた。

 新任役員二人に現実を理解してもらう方が建設的だ。

 意外に思われるかもしれないが、生徒会の活動はそれなりに多忙である。

 生徒の自治権が広く認められている天和大学付属高校では尚更だ。定例業務を処理するだけでも新人にとっては重労働だろう。

「気易く名前で呼ばないで」

「他に呼びようがないだろ……どっちも神原なんだから」

 新人役員のツインテールの方、神原黒花が平素のように悪態をついた。

 苗字からも分かると思うが、黒花は俺の妹だ――ただし義理の。再婚した両親の連れ子同士で、見ての通り関係が良好だとは言い難い。

「悠馬はネガティブ過ぎ。ほんと根暗。肩書きだけの悠馬と違って、実績のある朱音さん達が大丈夫って言うなら問題ないでしょ」

 反論したい点は数多くあるが脇に置いておく。

 話の流れを優先して、ある違和感について指摘させてもらいたい。

「そっちも名前で呼んでるよな、俺の事」

「え、なに? お義兄ちゃんとか呼んでほしいの? きも」

「んなこと言ってねぇ……」

 いやはや、義理の兄妹関係ってのは難しいですね。

 俺を毛嫌いしているのに、同じ生徒会に所属しているのが最大の謎だった。

 本人が言うには、中等部時代を含めて六期連続で生徒会長として君臨する傑物・鳳朱音とお近づきになりたいんだとか。

 プラス、義理の兄が恥を晒していないかの監視も兼ねている。

「如月さんは分かってくれるよな……?」

 最後の希望に託す。

 新人役員のロングストレートの方、冷静沈着でクールな印象のある如月藍さん。

 彼女ならきっと理解を示してくれるはずだ。

「……(ぷい)」

 無表情のまま顔を逸らされた。何も答えてはくれない。

 彼女と関わるようになってから早数日。

 未だにまともなコミュニケーションが取れずにいた。

 どうもこうも、如月さんは鳳会長にガチ恋をしているようなのだ。俺が会長と話をしているだけで、不機嫌そうに睨んでくる始末である。

「はぁ、世知辛ぇ……」

 鳳会長のカリスマ性に魅了されている女子生徒は少なくない。真咲がいい例だ。

 この手の人種は会長と接する異性を忌み嫌う傾向がある。

 つまり、第一一一期生徒会唯一の野郎・神原悠馬が槍玉に上がるのは必然だった。

 紅一点ならぬ黒一点。

 女子役員が全員美少女なことも相まって、男女関係なく俺に対するヘイトは募る一方だ。

 沢山の美少女に囲まれて、一見すれば羨ましい境遇に思えるかもしれない。

 だが、実態は違う。

 この生徒会では鳳朱音がすべての中心なのである。

 全女子役員の矢印が会長に向かっていた。言うなれば鳳朱音のハーレムだ。俺は添え物に過ぎない。

 ハンバーガーのピクルス、カレーの福神漬け、定食のたくあんである。

 極論なくてもいい。ちなみに俺は全部好きです(聞いてない)。

「神原副会長の懸念はもっともだ」

 鳳会長がきりりとした声で喋り出す。皆一同が魔法にかかったように惹きつけられる。

 声、表情、姿勢。そのすべてが魔性だった。

 たとえ耐性があっても、彼女の人間的な魅力の前に抗うことは困難だった。

「役員五人のうち二人が新任な上に、我々には日常的な業務も多くある。新企画をタイトなスケジュールで進めるには、時間も人員も足りていないように思えるな」

「お――」

 思える、じゃなくて事実そうなんです。

 と、言いたかった。


「だがしかし! 私がやりたいんだ! やると決めたらやる! 言っておくが、やらないとなったら私は拗ねるからなっ! そっちの方が絶対に面倒だぞっ!?」


 理屈もクソも何もない。クールさの欠片もない。ただの暴君だ。

 多くの生徒が知らない真実。

 ――――カリスマ・鳳朱音は『子供』なのだ。

 我儘で、独善的で、欲望に正直すぎる。やると決めたら譲らない。

 そういう子供っぽい部分は、有言実行をしてしまう高い能力、類まれなる容姿、楚々とした雰囲気、非凡なステータスによって覆い隠されていた。

「あ、朱音さん?」

「……っ!?」

 新役員の黒花と如月さんは面食らっている。

 経験がある俺と真咲は視線を交えてアイコンタクトをした。

 いつも通り、お互い覚悟を決めるしかないな。

 鳳朱音が『やる』と宣言した以上、検討や保留といった選択肢は存在しないのだ。

 俺たちが考えるのはどうやって実現するのか。それだけである。


「はぁ、分かりました……分かりましたよ。これから忙しくなりますからね?」


 まずは会長に概要を確認し、稟議書を作成して、施設使用の申請も――頭の中で早急に段取りを組む。

 しばらく残業確定だな。新学期早々これだと先が思いやられる。

「やったぁ!」

 俺の心労などは何のそので、鳳会長は顔をくしゃくしゃにして無邪気に笑う。

 まんま子供だ。こんな幼い表情でも絵になってしまうのが憎らしい。

「ありがとう、神原! 大好きだ! 愛している!」

「あの、他役員の視線が怖いんで、そういう発言は控えてください……まじで」

 皆が憧れる美少女からの愛情表現。軽口とは言っても、男子高生なら赤面ものだ。

 しかし、恥じらっている余裕はなかった。

 真咲、黒花、如月さんの三名から一斉に睨まれたからです。超怖い。

「ん、視線?」

「気付いてないなら大丈夫っす……」

 鈍感主人公じゃないんだから、自身への好感度くらい分かってほしいものだ。

 会長の軽はずみな発言で生徒会の人間関係が破綻する可能性がある。

 他役員の会長に対する想いは並々ならぬものだ。

 言うなれば『推し』である。

 推しの熱愛報道や結婚報告は簡単に割り切れない――そういう意見をSNS上でよく目にする。

 自分のものにしたい訳ではないが、誰かのものになってしまうのは面白くない。

 もちろん俺と会長が『そういう関係』になることはあり得ない。とは言っても、争いの火種には注意を払っておく必要がある。

 痴情のもつれによるトラブルで組織の人間関係が崩壊することはままある。

 ただでさえ人員不足だ。サークルクラッシュとか洒落にならない。


「さーて、今期も忙しくなるぞ! 神原、向日葵、黒花会計、如月書記!」


 ……まぁ、良くも悪くも子供みたいな会長なら大丈夫だろう。

 目の前のことに全力で、恋だなんだに脇目を振っている暇はなさそうだ。


 ***


「神原、私はそろそろ帰るよ?」

「んーあー、俺はもうちょい粘るわ」

 鳳会長の新企画の立案・実施宣言から数時間後。

 夕日が差し込む生徒会室にて、真咲と二人で事務作業を進めている。

 新任の二人に残業してもらうのも忍びがないので、キリがいいタイミングで黒花と如月さんには帰宅してもらった。

 旗振り役の鳳会長は「各部の部長に頭出しをしてくる!」と生徒会室を飛び出してから戻ってこない。嵐みたいな人である。

「――――ねぇ、神原ってさ。なんでそんなに頑張るの?」

「頑張らざるを得ない状況、だからだな」

 鳳会長は行動力おばけではあるが、細かい調整があまり得意ではなかった。

 それをカバーするのが俺たちの役割なので、会長ほどでなくてもハードワークになってしまうのは避けられない。

 そんなのは真咲なら重々承知していることだと思うけど。

「じゃなくて……っ! その、さ……神原が頑張るのは、朱音さんが好き、だから……?」

 真咲が今まで見せたことがない表情をしていた。

 おっかなびっくり、と言うか。玩具が欲しいと強請れない子供のようだ。

「なんでそうなるんだよ……真咲には話しただろ? 俺、人と関わるのが苦手だってさ。友達もいないのに恋愛とか考えられんわ」

 他者との接触によってストレスを感じやすいのだ。

 会話をするだけでドッと疲れるし、相手と目を合わせることには苦痛すら覚える。

 かといって、それを前面に出して人を不快にさせるのも申し訳ない。だから、なるべく人と関わらないように生きているのだ。

 休み時間は一人になれるスポットに逃げ込む。

 学校のない休日は、新しい家族と顔を合わせるのが気まずいので、あてもなく町を放浪していたりする。

 趣味は自動販売機巡り。自販機は最高だ。コミュニケーションの必要がないからな。

 自宅から半径三キロ圏内の自販機は完全掌握している。

 ドクペ、マウデュー、アクエリ(缶)。何でもお任せください。自分やれます。

「ま、朱音さんと神原じゃ全然釣り合わないよねっ!」

「言われなくても分かっとるわ」

 真咲はニコニコと何故か嬉しそうにしていた。

 今の流れのどこに喜ぶポイントがあったのかは不明だ。ただまぁ、これから生き地獄を共にする同志がご機嫌なのは重畳である。

「でもさ、神原の人間恐怖症(?)も最近はマシになってきたんじゃない?」

「かもしれないな。生徒会役員をやっていると、折衝だとか交渉だとか色々あるからさ。あくまで仕事だと割り切れば辛うじて」

 生徒会での業務や他役員との交流を経て、改善している部分は大いにあると思う。

 立場が人を育てる、ってやつだ。

「んじゃ、各部との調整はヨロシクね♪」

「いやいや、真咲がやってくれよ! 体育会の部長とか怖くて無理!」

 鳳会長の言う『部活動発表会』の概要はすでに確認済みだ。

 天大付属の各部活が日頃の活動成果を発表するイベント、とのことである。

 この企画を実現するにあたって解決すべき課題は山積みだった。

 軽音楽部、演劇部、ダンス部など、発表の内容が想像できる部はそれでいい。

 では、その他の部活は? 

 どのような発表にするかの確認と調整が必要だ。

 大会やコンクールを控えている部が協力してくれるかも不明瞭で、これから各部代表者と協議する場を設けなくてはならない。

 想像しただけでも胃が痛くなる。絶対に担当したくない。

「えーどうしよっかなぁー」

「真咲は中等部上がりだから知り合いも多いだろ!? 適材適所でいこうぜ、なぁ!?」

 我ながら必死すぎた。いやだって、相手は血気盛んな運動部だぞ?

 野球部なんかを激怒させたら金属バッドで殴打される(被害妄想)。まぁ、卓球部くらいならワンちゃん勝てるかもだけど(なめんな)。

「わたしぃー、一度でいいから、学食のS定食が食べてみたいなぁー」

 ほくそ笑みながら、チラチラこちらを見てくる。

 ……あぁ、そういうことかよ。

 S定食。平均五◯◯円の学食メニューで唯一900円もするブルジョアな定食だ。

 SはステーキのS。セットのコーンポタージュが悪魔的に美味いらしい。

「奢ります! ぜひとも奢らせてください!」

 手痛い出費ではあるが、金属バットを回避できるなら必要経費だ。

「やったぁ♪ 明日の昼休み空けといてね?」

「ぎょ、御意……」

 さっそく明日かよ。時間を置くことで有耶無耶にしようと思っていたのに。

 さすがは五期連続で鳳朱音の生徒会に所属する女だ。抜け目がない。

 仕事においても、口約束は後々トラブルになりやすいからな。

 しっかりと言質を取りましょうね。

「じゃあ悪いけど、お先に」

「うい、また明日」

「――――今年も頑張ろうね、神原」

「あぁ、頑張ろうな」

 二人揃って苦笑する。

 前期一一◯期生徒会を経験した者同士だ。面構えが違う。この『頑張る』がどのような温度感なのかは共有できていた。

 その上での苦笑いである。頑張ろうな、まじで。

 とても申し訳なさそうにしながら真咲は生徒会室を出て行った。

 広々とした室内に一人ポツンと取り残される。

「さて、稟議書は今日中に仕上げるかー」

 静寂をかき消すように独り言ちる。一時間くらいで帰りたいなぁ。


「ん、皆はもう帰ってしまったか」

「あれ、会長」


 鳳会長が生徒会室に戻ってきた。

 どうも真咲とは入れ違いになってしまったみたいだ。

 なぜか体操着に着替えており、しかも白い上着が土まみれになって汚れている。

 一体全体、この人は何をしていたんでしょうか。

「サッカー部の部長が頑なだったのでな。1on1でボコボコにしてきたぞ!」

「お疲れ様です」

 本当にお疲れ様です、サッカー部の部長さん。

 ウチの会長がマジですみません。

「四月の中旬ともなると存外暑いな。早く衣替えをしたいところだ」

「ちょ、うわっ!? な、な、何してるんですか!?」

 鳳会長がやおらに体操着を脱ぎ始める。

 慌てて目を逸らすが、柔肌の白と下着の紺青が目の奥に焼き付いてしまった。

「どうした大声を出して……制服に着替えているだけだぞ?」

「ここで着替えないでくださいよっっ!」

「いくら私でも廊下で着替えるのは面映ゆいぞ」

「違いますって! 女子更衣室とか然るべき場所があるでしょ!」

 話が嚙み合わない。ゴーイングマイウェイが過ぎる。

 男の前で着替えることに抵抗はないのか。いや、頼むからあってほしいという話だ。

「私と神原の仲じゃないか」

「いや、どういう仲ですか……」

「好き同士?」

「そんな相手の前で、恥じらいもなく着替えるのはどうかと」

 いつもの軽口だと思って適当に流しておく。

 言わずもがな『好き同士』ではない。会長の事を異性だと意識したことがないし、この会長が恋愛云々に関心あるとは思えなかった。

 ましてや、神原悠馬という平々凡々な男に好意を寄せる筈がない。

「む、そうなのか――い、いやーん」

「取って付けたような! いいから早く着替えてくださいよ!」

 視線の置き場に困るので、手元の書類に目を落とす。よし、作業、作業だ。

「して、神原は残業か?」

「このまま会話を続けるんですね!?」

 大人しく、淡々と、早々に、着替えを済ませて頂きたい。

「えーと、その、なんだ。苦労をかけるな」

「きゅ、急になんですか……傍若無人な会長らしくもない」

 前期も散々振り回されてきたが、こんな殊勝なセリフを聞いた覚えがない。

 いつもは「私に付いて来い! それが貴様らの幸せだろ! がはははは!」って感じの典型的なガキ大将なのに。

「わ、私だって人を労ったりするさ!」

 珍しく右往左往していた。ジャ◯アンにも気遣いの心はあったらしい。

「まぁ、お言葉は有難く頂戴しますよ。引き続き頑張ります」

「…………」

 会長がようやく大人しくなったので書類作業を再開する。

 せっかく労ってもらえたんだ。目の前の仕事をきっちり片付けないとだ。

 というか、作業に集中してないと衣擦れの音でおかしな気分になりそうだった。


「――――なぁ、神原」

「……っ!?」


 右耳に吐息がかかる。

 肩に手が置かれ、真横から人の気配と体温が伝わってくる。振り返りながら横目で見ると、すぐそばに会長のご尊顔があった。

「ちょ、近いですって会長!」

 身体を仰け反らせながら、椅子を引いて距離を取った。

 腕を伸ばせば触れられる間合いに鳳朱音がいて、無意識にその姿形を観察してしまう。

 不幸中の幸いと言っていいのか、会長は制服に着替えていた。

 危ない。さっきの下着姿のままだったら、自分がどうなっていたか分からないぞ。

「すまんすまん。私としたことが早まってしまったな」

「は、早まってしまった……?」

 今でなければ問題がないかのようなニュアンスだ。

 いやいや、いつ何時であっても異性間の適切な距離は保ってほしい。

「神原、君が生徒会に入ってもうすぐ一年になるな」

「そうですね……?」

 藪から棒で脈絡がなく、発言の意図が分からない。

 もしかしなくても揶揄われているのか。

 ……いや、それにしては神妙な面持ちをしている。茶化そうにも茶化せない。

「懐かしいな。君が昼休みの踊り場で、一人読書に耽っていたのが」

「読書は一人でするものでしょ」

「こら、揚げ足を取るな」

 コツンと軽く頭を小突かれる。

 しかし、会長に怒った様子はなく――――むしろ、楽しそうだった。

 いたずらっ子の表情で蠱惑的に微笑んでいる。

 男子高校生には刺激が強すぎて、その顔を直視することができなかった。

「あの時、君を生徒会に勧誘してよかった」

「……正直、感謝しています。高校生活に張り合いができたので」

 浮かない程度に周囲と関わって、のらりくらりと高校生活を終えるつもりだった。

 計画が狂ったのは、鳳会長から生徒会に勧誘されたからである。

 人と関わるのは苦手だ。

 だけど、他者と触れ合うことで得られる楽しさや喜びもある。思い出させてくれたのはこの人だった。

「そう言ってくれると私も嬉しいよ。我ながら、強引な勧誘だったからね」

「本当ですよ! あの時はノイローゼになりそうでした!」

 登校中、休み時間、放課後。

 ありとあらゆる時間と場面で勧誘をされ続けた。

 校内放送で「君が欲しい」と宣言された時は、居た堪れなくなって早退したくらいだ。

 うん、思い出したら腹が立ってきたな。

「この私が生徒会長を務める学校で、退屈そうにしていた君にも落ち度があるけどな?」

「あの時は――はい、自分でも中途半端だったとは思います」

 人との関わりを避けているくせに、孤独に対する苛立ちや焦りはあった。

 今になって思えば、矛盾した振る舞いをしていたと思う。会長は即座にそれを看破して全力で踏み込んできたのだ。

「そんな君が今では生徒会の副会長、私の右腕だ」

「右腕なんて大袈裟ですよ。会長の仕事っぷりには遠く及びません。ただまぁ、多少なりとも役に立っているなら良かったです」

 中等部から六期連続で生徒会長を務める鉄人。大雑把な部分はあるが、ほとんどの事は一人でこなせてしまう。

 そんな会長が自分を評価してくれている。

 素直に嬉しかった。とても光栄なことだとも思う。

「勿論だよ。君の加入は大きかった。中等部時代と比べて、実現できる企画の数が圧倒的に増えたからね」

「そうなんですか?」

 俺は高等部から天和大付属に入学した人間だ。

 そのため中等部時代の生徒会の話は噂レベルでしか知らなかった。

「あぁ、当時は向日葵一人に負担を強いていたな。私の不徳の致すところだよ」

「それは想像しただけで吐きそう……真咲さまさまっすね」

 真咲向日葵に対する尊敬の念が募るばかりである。

 会長の無理難題を一人で捌くとか一◯◯%無理だもん。間違いなく過労死する。

「向日葵だって君に感謝しているよ」

「どうすっかね。憎まれ口しか聞いたことないですけど」

 会長は「向日葵も案外素直じゃないからね」とクスクス笑っていた。

 つられて俺の口角も上がってしまう。真咲の「神原笑うな!」とプリプリ怒った様子が想像できて、余計ニヤニヤが止まらなかった。

 こうして会長と笑い合えるのも、この一年の時間があったからだと思うと感慨深い。


「――あぁ、やっぱり抑えきれないな」

「え?」


 鳳会長が優しく微笑んだ。

 目じりを下げて、穏やかに口元を緩める。柔らかい眼差しに包まれて、呼吸がおぼつか無くなってしまう。

「君は、私がどんな無茶を言っても懸命に応えてくれる」

「さ、さっきから何なんですか……もしかして俺、明日死ぬんですか?」

 おどけて、もがいていないと、琥珀の世界で溺れそうだった。

 重厚な蜜液がどろりと纏わりついて、背徳的な甘さに包み込まれる。

「君が死ぬのは困るな」

「いや、俺も死にたかないですけど」

「君には生きる義務がある」

「義務って……なんか仰々しいですね」

「私を楽しませ続ける。それが君の義務だ」

「と、とんでもない義務を背負わされましたね……」

 一生振り回されるのかよ、俺。

 だけど、そんな未来を想像した時に不思議と嫌な気はしなかった。

「まぁ、俺なんかでよければいくらでも」

 こんな凡夫を捕まえて、何が面白いのかは理解に苦しむけどな。

 会長みたいな変人であれば、路傍の石にも面白さを見出せるのかもしれない。

「違う。『なんか』じゃないんだよ。君じゃないと駄目なんだ」

「す、酔狂な人っすね……」

 息が苦しい。言葉を上手く紡ぐことが難しい。

 会長とようやく自然に話せるようになってきたのに、これじゃあ一年前に戻ったみたいじゃないか。

「神原、今度は返事がほしい。先程は他の役員たちもいて、そういった空気ではなかったからな。あらためて真剣に考えてくれ」

「あの、返事ってなにを――」

 二の句を継ぐことは、叶わなかった。


「愛しているよ、神原。私は君のことが好きだ」


 数刻前。真咲、黒花、如月さんがいる時にも聞いた言葉だった。

 だが、あの時の軽口とは違う。

 状況も、意味も、そして何よりも――――――彼女の表情が。

「その……か、か、揶揄っているんですよね?」

 あまりにも愚かな問いである。答えは自分でも分かっていた。

 あの鳳朱音が、頬をほんのり赤くして、潤んだ瞳で俺を見つめていた――そう、この俺をである。

 にわかには信じ難いが、眼前の光景が全てを物語っていた。

「この鳳朱音が嘘や冗談など言うと思うか?」

「――言わないから困っているんですよ」

 鳳朱音は真っすぐで誠実な人間だ。

 嘘は吐かない。誰も幸せにならない冗談は口にしない。自身の言葉に責任を持つ。

 この一年で嫌というほどに理解させられた。

「君も私が好きだろ? ここは諸手を挙げて喜ぶ場面じゃないのか?」

「なんで俺が好意を持っている前提なんですか……」

 自信満々だった。

 この世に鳳朱音を好きにならない人間などいない。

 傲慢不遜に聞こえないのは、彼女の人生において裏付ける根拠が無数にあるからだ。

「君は私に尽くしてくれるじゃないか。今だって身を粉にして働いてくれている」

「そ、それは会長が仕事を増やすから……」

 俺は基本的に怠惰な人間である。休めるなら休みたい。お布団大好き!

 尽くしているんじゃなくて、尽くさざるを得ないというか。

 しっかりコミットしないと後で泣き見る。あくまで自己防衛の一環だ。


「ええい、はっきりしてくれ! 結局、君の返事はどうなんだ!? 私にとっては人生初の告白なのだからな!?」


 鳳会長は地団駄を踏んでいた。まるで駄々っ子である。

 普段の涼しげな表情とのギャップもあり、不覚にも可愛いと感じてしまう。

「俺の返事、ですか」

 ここで「俺も会長が好きです」と言えば、会長と交際が出来るのだろう。

 才色兼備。文武両道。皆の憧れ。

 そんな美少女とお付き合いできる選択肢を得た。

 どうしてお前なんだ。誰よりも俺自身が一番そう思っている。しかし、グダグダと逡巡している暇もない。

 降って湧いた幸運を得た人間としての責務を果たす必要がある。

 鳳朱音と付き合うか。

 それとも、付き合わないのか。


「会長……いえ、鳳朱音さん」


 わずかに思案したが、思いの外すぐに答えは決まった。

 この立場を得た人間にとって、時間をかけて悩むような事柄ではない。


「な、なにかな!?」


 あの会長が緊張した面持ちをしていた。

 自己肯定感の塊みたいな人が、目を固く閉じて、唇を震わせている。

「…………っ!」

 そんなあり得ない光景を目にして、逆説的にこれが現実だと思い知らされる。

 仮に夢の中でだって、会長は自信に満ち溢れている姿しか想像できない。

 こんな乙女っぽい一面など俺は知りもしなかった。

 ――――あぁ、これでより確信をもって伝えることができる。


「ごめんなさい。付き合えません」

「そうか嬉しいよ――って、うへぇ!? ちょ!? もう一度言ってくれないか!?」

「はい、会長と付き合うことはできません」


 あの鳳朱音と付き合うか、付き合わないか。

 こんなの即決だった。

 選んだ答えが多くの人間とあべこべだとは思うけどな。

「だって、その、今の状況を考えてほしいというか。俺と会長が付き合ったら大変なことになりますよ。だって――」

「こ、こ、この私がっ! フラれた、だとぉ!?」

 理由を説明しようと思ったが、喚き声に中断を余儀なくされる。

 鳳会長は舞台役者のごときオーバーリアクションで床に膝をついた。

 死体蹴りなのは重々承知である。

 それでも高嶺の花を振ったのだから説明の義務があった。

 会長には申し訳ないが、交際できないワケを滔々と述べさせてもらう。


「自覚がないんでしょうけど、真咲も、黒花も、如月さんも、会長の魅力に惹かれてこの生徒会に集まっているんですよ? そんな憧れの存在が冴えない男と付き合って、恋愛に現を抜かすとなれば反乱・暴動は確実です。生徒会が崩壊します」


 会長は何事にも本気だ。きっと恋愛も例外じゃない。

 あの鳳朱音が男と付き合って、恋する乙女に成り果てたら周囲がどう思うか。


「最悪、辞める人間が出ますよ。ただでさえ人員不足なんです。こんな状況で人間関係のトラブルまで抱えたら仕事が回らなくなります。それに部活動発表会の企画だって始まりますし、会長も俺も、交際している余裕なんてないじゃないですか」


 以上、会長と交際が出来ない理由である。

 副会長の役割を演じるからには、組織を第一優先に行動しなくてはならない。

「お互いにさっきのは忘れましょう。じゃあ、俺は仕事に戻るので」

「……いやだ」

 ぬるりと会長が起き上がる。さながらゾンビのようだった。

「か、会長?」

 前髪の影によって表情が隠れており、何を考えているか推し量ることが出来ない。

 ごくりと生唾を飲み込む。


「嫌だ、嫌だ、嫌だぁ! 神原と付き合いたい! デートがしたい! 手を繋ぎたい! 

 キスしたい! あ、あと、そのっっ! も、もっとすごいことも……っっ!!」

「ちょっと、会長!?」


 これはあれだ。また会長のアレが始まった。

 やっぱり、鳳朱音は『子供』なのだ。我儘で、独善的で、欲望に正直すぎる。

 やると決めたら譲らない。


「逃げられると思うなよ、神原! 去年の勧誘と同じだ! 私は徹底的にやるぞ! 付き合うと言うまで、ぜーったい諦めないからなっ! 覚悟しておけ!!」


 あぁ、これも忘れていた。

 ――――ウチの生徒会長は後先を考えない。

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