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「ふぅー、やばい……緊張するな」
現在、俺は第二音楽室に向かっている。足取りが重い。
軽音楽学部の部長・高柳先輩とアポイントを取っていたからだ。
合流した仲川と林田先輩を交えて役割の分担をした結果、軽音楽部との交渉は俺が担うことになった。
向いていないのは重々承知だが、この決定にはいくつか理由がある。
コロコロと担当者が代わるのは心象が良くないこと。
悠長に引継ぎしている時間も猶予もないこと。
そして最後は――――意地だ。
俺にも矜持がある。自分でやると引き受けたのだから逃げ出すのは嫌だった。
「失礼します!」
自らを鼓舞するように腹から声を出した。その勢いのままで第二音楽室の扉を開ける。
「あー、神原クン……昨日ぶりだね……」
教室に入ると、高柳先輩が机に顔を伏せてぐったりとしていた。
「昨日は失礼があってすみませんでした!」
「いや、それはこちらこそ……」
虚勢でも何でもいい。ハキハキと喋ることを意識した。
しかし、対する高柳先輩に覇気がなかった。
……これはまずいな。連日の打ち合わせを煙たがっているのだろうか。昨日よりも状況が悪くなっている。
可能なら後日にリスケをしたいが、このあとの工程も考慮すると、今日あたりが回答の期限になりそうだった。
ここで俺が説得するしかない。
「高柳先輩、まずは謝罪をさせてください! 生徒会の不手際でご迷惑をおかけしたことをお詫びします!」
「あ、その……だから、神原クンが謝ることじゃなくてさ――――」
「いえ、俺は第一一一期生徒会の副会長です! 生徒会長の鳳朱音が不在である以上、俺がその業務を代行します! 生徒会長代理として正式に謝罪をさせてください!」
誠心誠意、深々と頭を下げる。
高柳先輩は落とし所を探していた。求めているのは生徒会の代表者である鳳朱音の謝罪だろう。
しかし、タイミングが悪いことに会長は不在である。
それによって高柳先輩は振り上げた拳を下せなくなっていた。
であれば、別の代表者を立てればいい。これでも俺は生徒会の副会長だ。
前回はオロオロと自信がない態度で臨んでしまったが、今回は生徒会の副会長として、生徒会長代理として、堂々と役割を演じさせてもらっている。
鳳朱音の庇護下にいる役員の一人ではない。
組織の責任を担う副会長として、高柳先輩と向き合うんだ。
「だからさ、その――――」
「本当にすみませんでした! 謝罪ならいくらでもします! 何度でも頭を下げます! だから、企画を成功させるためにお力添えを頂けないでしょうか!」
プッシュ、プッシュ、プッシュだ。
きっと鳳朱音ならここで畳み掛けるはずだ。見様見真似ではあるが、あのバイタリティを自らへと憑依させる。
「あぁ、もう! 分かった、分かったって! 生徒会長だけじゃなくて、副会長も押しが強いとかマジで勘弁してくれよ!」
高柳先輩は悲痛の叫び声を上げて机に突っ伏してしまう。
「え、それって、どういう――」
「昨日、鳳のヤツから電話があったんだよ!」
「ちょ、はぁ!? 鳳会長が!?」
そんな話は聞いていない。あの人は今、療養中のはずだぞ。
「そうだよ! 三時間くらいずーっと電話越しに謝罪されてさ……んなの、ノイローゼになるわ! 頼むから、神原クンがあいつの手綱を握ってくれ!」
「そ、それは、ウチの会長がすみません!」
高柳先輩がぐったりしていたのはこれが原因だったのか。
あらためて謝罪をさせてもらう。それにしても、あの人はまったく――文句の一つでも言わないと気が済まない。
「まぁ、俺も意地を張って申し訳なかった。だ、だけどな!? 今後は神原クンがウチの担当してくれよな!? 鳳は神原クンみたいに話が通じないから!」
「ま、任せてくださいっ! 会長にはキツく言っておきますんでっ!」
この打ち合わせが終わったら絶対に電話します。
絶対にだ。
「――――神原クンって意外とガッツあるよな。なんか見直したよ」
「い、いえ! 虚勢を張っていただけなんで……っ!」
「アハハ、全部言うじゃん! 神原クン面白いわ。そこは嘘でもカッコつけておけって!」
俺の返しがツボだったみたいで、高柳先輩は大口を開けて笑っている。
「さてと、じゃあ打ち合わせしようか? ウチのステージ時間ってどれくらいかね?」
「は、はい! こちらの資料を見てほしいんですけど――――」
高柳先輩と当日の段取りを話し合った。
会長からも頭出しがあったようで、スムーズに打ち合わせが進んだ。
……悔しいけど、鳳朱音の存在はやはり大きかった。
しかし、それとこれとは話が別だ。
会長は確かに『任せる』と言っていた。その約束を破った会長には抗議をしたい。
真咲、黒花、如月さんの気持ちが分かってきた。
頼ってもらえないというのは――信用されていないようでモヤモヤする。
***
『会長、このあと少し電話できませんか。電話番号を教えてください』
『それには及ばない。屋上で集合しようじゃないか』
メールはすぐに返ってきた。
どうも会長は校舎内に潜伏しているらしい。どうして学校に来ているのか。それは直接問い詰めた方が早そうだ。
「会長」
「か、神原……あの、えー、そのー」
屋上への扉は開錠されており、その向こう側には鳳朱音の姿があった。声を掛けると、分かりやすく狼狽えた様子を見せる。
「――自覚アリ、ってことでいいですかね?」
「あぁ、その、申し訳ない……っ!」
こちらが小言を言うまでもなく、会長はただ平謝りだった。
「体調は治ったんですか?」
「今朝は若干熱があったので、大事を取って欠席をしたのだが……明日からは復帰できる見込みだよ……う、嘘じゃないぞ!?」
「安心してください。そこまでは怒ってないです」
俺が激怒していると思っているのか、鳳会長は恐る恐る言葉を紡いでいた。
それだと話がしづらいので今現在の心情を早々に明かす。
「そ、そうかっ! なんだ、意外とチョロいな」
「おい、気が変わるわ!」
思っても口に出すべきことではない。
「せめて今日までは家で療養してくださいよ……」
「昨夜、高柳と話をして仕事熱が高まってしまってな……? 朝からずっとウズウズしていて……気が付くと学校に来ていた……」
「でも、生徒会室に顔を出さなかった――罪悪感があったからですよね?」
加えて「高柳先輩が大変困っていたので、常識の範疇内で相手との交渉をしてください」とも申し伝えておく。
長時間の拘束、プライベート時間への介入、さすがにマナー違反だ。
「か、返す言葉もない……」
「あと、勝手に動かれると現場が混乱します。会長なら分かりますよね?」
高柳先輩はその辺を汲み取って対応してくれたが、窓口が一本化されていないと言った言わないのトラブルが起こりやすい。
「うぅ、面目ない……」
「そして最後に」
「ま、まだあるのか……」
シュンとしている会長にさらに畳み掛ける。
口ではああ言ったが、意外と俺も腹が立っているのかもしれないな。
「もっと仲間を頼ってほしい――って、生徒会の皆に言われちゃいました」
生徒会の仲間たちと共有した価値観を会長にも伝える。
これは俺自身の課題でもあり、会長の課題でもあるだろうから。
「い、いや、頼っていないわけではなくてだな……」
「会長、俺も皆に反論しようとして論破されたばかりですよ? そんな俺相手に議論して勝てると思います?」
「言い負かされた人間なのに偉そうだな!?」
「負けたからこそ言えるんですよ」
会長が言い返してくることなんて大体想像がつく。
前に如月さんからも言われた。俺と鳳会長は悪いところが似ていると。
二人とも周囲を頼ることが出来ない。
だからこそ、俺が指摘されたことは会長にも適応できる。
「神原は納得したのか?」
「――正直、分かりません。気質ってそんな簡単に変わりませんからね。だけど、真咲、黒花、如月さんを巻き込んでやろうって思いました」
「巻き込む?」
「林田先輩の言葉を借りると、一緒に地獄に堕ちようって」
「い、いや! それはどうなんだろうか!?」
「俺もまだそう思います――でも、それが信じるってことなのかもしれないです」
言語化できるほど、俺だって腑に落ちていない。
これから先も生徒会の皆と関わり合って、時にはぶつかって、そうして答えを得ていくしかないのだと思う。
「……難しいな」
「ですね」
俺と会長に似ている要素はあっても、異なる性質だって数多くある。
寸分違わずに同一・同質の人間などいない。
処方薬も対症療法も個人によって異なる。全人類が納得するような『答え』があれば、人は悩んだりなんかしない。
「ってことで、今から一緒に生徒会室に行きますよ」
「え、いや、でも……」
「ここまで来たら、会長にも馬車馬のように働いてもらいますから! 一緒に地獄に堕ちましょう!」
一人で暴走されるくらいならコントロール下に置いてしまおう。
会長には悪いが、病み上がりとか関係なしだ。
容赦はしない。膨大なタスクを捌いてもらおうじゃないか。
「私は、皆に迷惑を……」
「なら仕事で取り返してください! 言っておきますが、周りをフォローしている余裕はないですよ! 会長にやってもらいたいことは沢山ありますので!」
鳳会長一人の力でどうにか出来る段階はとっくに超えている。普段のように余裕綽々な鳳朱音を演じるのは困難だろう。
「そ、そうか……なら、私も死力を尽くさないといけないな?」
切羽詰まった状況を伝えているのに、会長は嬉しそうに笑っていた。
やれやれ、ワーカホリックっぷりは健在である。
「はい、お願いします――ただまぁ、安心してください。そもそも鳳会長は頭数に入れてなかったので、いつでも生徒会の『全員』でバックアップします」
俺は挑発するように唇を吊り上げる。
会長はそれを見て嘆息した。そして諦めたように笑う。
「……あぁ、相分かった。いざとなったら、向日葵、黒花会計、如月書記、そして、神原副会長にも頼らせてもらう」
「任せてください」
一緒に周囲の仲間たちを信じる努力をしていこう。
その意図は彼女にも伝わったようだ。
「――あ、そうだ。会長」
「どうした、神原?」
そういえば一つだけ言い忘れたことがあった。
「まだ言ってなかったと思うので――――おかえりなさい、会長」
「あぁ、ただいま!」
青空の下、鳳朱音は太陽の笑顔で応じた。




