エピローグ
『乾杯!』
役員のみんな、仲川に林田先輩、協力してくれた各部の担当者の尽力もあって、無事に部活動発表会を開催することができた。
一部の機材トラブル、参加する生徒の入退場に手間取ったこと、予定より一◯分遅れで閉会したこと、反省すべき点はいくつかあったと思う。
これらに関しては、また後日にフィードバック会を設けるべき必要がある。
だけど、手前味噌は承知の上で言わせてもらいたい。
初めて試みたイベントにしては上々な結果だった――そう自信を持って言える。
「はぁ……」
だというのに、俺は溜息を吐いていた。
いや、無事にイベントが終わったことは嬉しいんですよ?
明日からは五時間以上も睡眠ができると考えたら幸せでしかない。明日は土曜日なので、睡眠負債を一気に返済したい所存だ。
そうなのだ、明日は休みなのである――これが罠だった。
順々に説明をしよう。
部活動発表会が終わった後、仲川からこのような提案があった。
「せっかくだし、打ち上げをしようぜ!」
鳳会長、真咲、黒花、如月さん、林田先輩はそれに同調する。
珍しく俺だってそうだ。
イベント終わりの高揚感、そして明日が休みであること、それらを総合的に勘案して、苦楽を共にしたメンバー達と食事をしたいと思った。
このメンバーであれば気心が知れている。
さすがの俺でもストレスなく参加ができるだろう。
――――だけど、ヤツが現れたのだ。そう、コミュ力の悪魔が!
「え、生徒会も打ち上げすんの? せっかくなら合同でやらね? 今日練習がなくなった部活の連中にも声を掛けてるからさ!」
ちょ、おい、高柳!(先輩です)
軽音楽部の部長である高柳先輩が音頭を取って、各部の垣根を超えた大規模な打ち上げを実施する流れになってしまった。
さすがは陽キャである。合同打ち上げに参加するメンバーがみるみる増えていく。
部活動発表会の開催目的には『部外交流の促進』がある。
つまり、企画者の鳳朱音にとっては願ったり叶ったりの展開で、大規模打ち上げの実施に手放しで賛成したのだ。
……百歩譲ってここまではよかった。
この人数規模であれば、結局コミュニティごとに別れることになるだろう。
そう高を括っていたためである。
「おっけ、パーティールームを貸し切れたわ!」
おい、くそ、高柳!(先輩です)
高柳先輩はカラオケボックスでアルバイトをしているらしく、そのコネクションを駆使して、大型パーティールーム数部屋を貸し切ったのだ。
ちくしょう! 余計な事を!
心の中で叫んだ。しかし、ここに来て帰るわけにもいかない。
流されるようにカラオケルームに移動し、その場のノリでそれぞれが部屋に分けられる。俺は見事に生徒会メンバーと別れて、運動部が多い部屋にぶち込まれた。
知り合いは、仲川と――あとは高柳先輩だけか。
高柳先輩の乾杯を合図に、各々が歌いたい曲をリクエストしていく。
俺はすみっこでマラカスを振っていた(死にたい)。
仲川が何度か話し掛けてくれたが、アイツも顔が広いのでこの場に留まることはない。
結果的に全自動マラカスマシーンと化していた。
「(……飲み物を取りに行こう)」
せめて、ドリンクバーを堪能して料金分は楽しもうじゃないか。
そんなセコイ考えのもとカラオケルームを後にした。
「神原じゃないか」
「あ、会長」
別の部屋に振り分けられた鳳会長とエンカウントする。
「神原は楽しんでいるか?」
「いえ、俺には人前で歌う機能が搭載されていなくてですね……」
「そうか。では、私と同じだな。カラオケ自体が初めてなのもあるが、流行りの楽曲には知見がないものでね」
どうやら会長も暇も持て余しているらしい。
そういえば企画の実現に向けて奔走するあまり、会長と二人で喋る機会が全くなかったことを思い出す。
「ちょっと外の空気でも吸いませんか?」
いい機会だ。会長とは話しておきたいことがある。
「グッドアイデアだな」
よかった。会長も同意してくれる。
会長を連れ立って、建物の外に出ることにした。
「神原、ありがとう」
「……え、なにがですか?」
当てもなくフラフラ歩いていると会長が感謝の言葉を口にした。
まったく覚えがなくて聞き返してしまう。
「ここ一ヶ月、迷惑を掛けっぱなしだったからな。部活動発表会の開催もそうだし、無理に仮初の恋人を演じてもらった」
「そのことならお互い様ですよ。俺も何だかんだ楽しかったですから」
こうして全部が終わってから振り返ってみると、部活動発表会の準備に費やした日々は悪いものではなかった。
――――そして、鳳会長と仮初の恋人として過ごした日々も同様だ。
「そうか、そう言ってもらえると嬉しいよ」
「いえいえ、こちらこそ充実した時間をありがとうございました」
会長は「やはり君は変わっている」とクスクス笑った。会長を自宅まで強制連行した時もこんな話をした気がする。
「一つ聞いてもいいだろうか」
「はい、いくらでも」
「君は私と……その……恋人として過ごした時間も、充実したものだと捉えてくれている。そう理解しても良いのだろうか……?」
鳳会長はいじらしく上目遣いをしながら問い掛けてくる。
その可愛らしい仕草にクラクラとしてしまうのは不可避だった。
「そ、そうですね……」
本当に会長が彼女だったら――そんな風に考えたことは一度や二度ではない。
あの日々が恒久的なものになるのなら、それ以上の幸福はないのではないだろうか。
「なぁ、神原……っ! この関係を本物にしてみないか……?」
「本物に――」
大丈夫だ。会長の言いたいことは伝わっている。
「君と仮交際を始めてからの一ヶ月間、私はますます君を好きになった」
会長の言葉を遮らない音量で「ありがとうございます」と返す。
間違いなく顔は赤くなっているだろう。頬が、耳が、熱を持って仕方ない。
「一時の気の迷いなんかじゃない。君が距離の近い異性だったのは間違いないが、やはり私は『君がいい』と『君じゃなければ駄目だ』とそう思った」
あの鳳朱音からここまで言われている。
まず、その事実を受け止めろ。
受け止めた上で、俺からも伝えたいことがあった。
「……鳳会長、俺からも一ついいですか」
「な、なにかな?」
彼女をカラオケルームから連れ出してでも話したいことがあった。
この一ヶ月で変化したのは会長の想いだけではない。
「俺、ずっと言い訳をしていました」
「言い訳?」
「はい、鳳会長と付き合えないのは『生徒会の秩序を守るため』って」
「最初から君はそう言っていたよな……?」
「もちろん、当時は本当にそう思っていました――でも、それって最低な考え方ですよね。つまり、生徒会の仲間を信じていないってことじゃないですか」
俺と鳳会長が付き合ったら生徒会が崩壊する。真咲、黒花、如月さんは鳳朱音に対して特別な感情を抱いているから。
「俺はずっと間違っていました。真咲も、黒花も、如月さんも、俺と鳳会長が恋愛関係になったとして、それを理由に生徒会を辞めたりするような人間じゃないです」
彼女たちはそんな無責任な人間じゃない。
ちゃんと生徒会のこと、仲間のことを考えてくれている。この数週間で嫌というほどに理解させられた。
「……あぁ、そうだな。彼女たちは皆、素晴らしい人間だよ」
「そんな三人に対して……俺は最低です」
「いいや、強く否定しなかった私も同罪だ。いつか、あの三人にはきちんと贖罪をしなくてはいけないな」
悪いのはすべて俺だ。会長に一切罪はない。
だけど、それをわざわざ口にするのは違うと思った。鳳会長が彼女たちを大事に想っているから生じた言葉を否定したくない。
「もう二度と、仲間の品位を貶めるようなことは言いません」
自分に言い聞かせるように力強く宣言にする。
生徒会で共に過ごす時間が楽しい。
そう言ってくれた仲間たちを裏切ることは絶対にしない。してはいけない。
「……えっと、その、回りくどくてすみませんでした。つまるところ、俺が会長との交際を断った理由は完全に消滅したということです……っ!」
俺が会長と付き合うか、付き合わないか。
そこに外部的な要因などは関係なく、俺自身の問題なのである。そんな当たり前の事をいまさら口にしているのが恥ずかしかった。
「つ、つまり……私は、期待をしてもいいということだろうか……?」
会長が潤んだ瞳で見上げてくる。
ごくり、分かりやすく喉が鳴った。会長の一挙手一投足が心をかき乱す。
ここで『はい』と言えば、この可愛らしい鳳朱音を独り占めできる。
なんとも魅力的な提案だった。
「は、はい……ただ、もう少しだけ時間をいただけないでしょうか。自分の中でどうしても折り合いを付けたいことがありまして……」
今の段階になっても、俺は『人を好きになる』という感覚が分かっていない。
いや、より正確に言えば怖いんだ。
好きになって、心を仮託して、その上で拒絶されることが恐ろしい。
それは両親の離婚に起因した呪いのようなものだった。
愛を誓い合った夫婦でもバラバラになってしまうのであれば、誰かを好きになるとは、誰かを愛するとは、何とも虚しい行為なのだろうか。
でも、鳳会長が相手なら、もしかしたら――そう思っている自分は確かにいる。
「はは、神原は焦らすのが好きだな! やれやれ、仕方ない。まぁ、神原の様子を見るに脈はアリそうだしな。気長に待たせてもらうよ」
「ほんと、すみません……」
会長は「謝るくらいなら交際してくれ」と冗談を言うが、それに対しても「すみません」としか返せなかった。
「言っておくが、仮初の恋人関係は継続するからな!? あとは神原の心さえ陥落させてしまえば問題がないのだろう!?」
「……はは」
やはり、鳳朱音という女性はパワフルだ。
活力と生命力に溢れていて――――どうしようもなく魅力的だ。
「たぶん、そこまでお待たせしないと思います」
「神原、言ったな!? 今の言葉しっかりと録音させてもらったからな!」
「うわ!? 本当にボイスレコーダーが出てきた!?」
パワフル過ぎるのも考えものである。下手な事を口にしたら、とんでもない条件で契約を結ばされそうだ。
だけど、そんな鳳朱音を好ましく思う自分はいて。
この人と過ごす時間はやはり特別で。
「会長」
「な、なんだ! この録音は消さないからな!」
それはいいんですけど……いや、よくはないんですけど……まぁ、いいや。
「――楽しい一年にしましょうね」
「もちろんだとも!」
俺と会長の関係がどのように変化していくのか。
それはまだ分からない。だが、これだけは確信を持って言える。
鳳朱音がいない日々にはもう戻れない。
***
「はぁー、まじで疲れた……」
あのカラオケボックスは一次会に過ぎなかったのである。
ハイテンションな高柳先輩に「功労者の神原クンは全力で楽しまないと!」と半ば強引に連行され、二次会のファミレスにも顔を出すことになった。
生徒会メンバーと合流できたので多少はマシだったが、やはり大人数の場は慣れない。
ぎこちない笑顔をずっと張り付けていた。
おかげで顔面の筋肉が強張っている。久しぶりに顔の筋肉痛になりそうだ。
あやうく三次会にも駆り出されそうだったが、門限(嘘)を理由にお暇させてもらった。あれ以上は俺が俺でなくなってしまう。
コミュ力ゲージは完全に空です。明日は部屋に引き籠ろうと思います。
「悠馬、ため息うるさい」
ただでさえグロッキーなのに、真横から刺々しい言葉を浴びせられる。
「……今日くらいは優しくしてくれよ、黒花」
ジト目で睨んでいる義妹に対して、早々に白旗を上げさせてもらう。
言い争っている体力はすでに残っていなかった。
「な、なんで! 悠馬に優しくしなきゃいけないのよっっ!」
「兄妹同士、たまには仲良くしようぜ」
「きも」
相変わらず、義兄には厳しい黒花である。
門限を理由に三次会を断ったため、一緒に暮らす黒花も自然と帰宅する流れになった。
それに関しては申し訳ないと思っているが、もうちょっと手加減してほしい。
「悠馬はあたしと仲良くしたいの?」
「そりゃまぁ……義理とは言っても、兄弟だからな」
両親を心配させないように表向きは取り繕っているが、両親の目がないところでは常に険悪な空気が漂っている。
一緒に暮らすようになって早二年。いい加減、打ち解けたいものだ。
「それって悠馬の本心? 兄って『役割』をただ演じたいだけじゃないの?」
役割を背負い込むことで、人と向き合うことから逃げている。
それは黒花から指摘されたことだった。
生徒会室で皆に打ち明けたが、俺はそんな宿痾を抱えている。
「どう、だろうな……」
兄という仮面に縋りたい。そう考えている自分も確かに存在していた。
俺は、黒花とどういう関係を築きたいんだろう。義理の兄妹とか関係なく、個人として黒花をどう思っているのか。
「あたし、悠馬に『兄』って役割は求めてない」
「……そっか」
当然だな。所詮、俺たちは仮初の兄妹に過ぎない。
無理に関係を定義するのではなく、俺自身が黒花とどう向き合っていきたいのかを明確にしていく必要がありそうだ。
「――――悠馬、この間の約束覚えてる?」
「え、約束?」
やばい、全然思い出せない。
ここ最近は多忙過ぎたこともあり、細々としたエピソードが曖昧あった。
「何でもお願いを聞くって言ってたじゃん」
「あ、あぁ! それか!」
会長とのデート前、相談に乗ってもらった時のことだ。
俺が見返りとして提供できるものがなかったので、『何でもお願いを聞く』ということで手を打ったのだった。
「俺に何かお願いがあるのか、黒花?」
「え、えっと……その……っっ!」
黒花は何故かバツが悪そうにしている。
……というか、心なしか顔も赤いような気がするぞ。
「最近、黒花には世話になりっぱなしだからな。遠慮せず、何でも言ってくれよ」
何やら遠慮をしているようなので後押しとなる言葉を掛ける。
俺に出来ることには限りがあるけど、多少の我儘くらいなら応じてやりたい。
「―――――――あって」
「ん?」
よく聞き取れなかった。
「―――――――――――付き合って」
「……なんて?」
おそらく聞き間違いだろう。
その可能性が高いので、あえて聞き返させてもらう。
「あ、あたしと……付き合って……っ!」
「へ?」
ちょっと待って、これは夢かもしれないぞ。
超ベタだけど頬を引っ張る――どうしようか、ちゃんと痛いぞ~?
も、も、もしかしたらあれだ!
買い物に付き合って、とかそういうことなのかもしれない!
「あたしと、悠馬が、男女交際をするの……っ!」
「…………」
主語、目的語、述語が明確だった。
捉え間違いようがない。要するに黒花からの告白だった。
「ええええええええええええええええええええええええええええ!?」
いやいやいやいや、待って!? そんな兆しなかったよ!?
というか、義理とは言え兄妹だぞ、俺たち!?
それに俺は……鳳会長との仮交際の関係も継続中で――――あれ?
もしかして、これ詰んでね?
鳳朱音、神原黒花。
どちらを選んでも、あるいは選ばなくても、生徒会の人間関係が、もっと言えば神原家の人間関係も今まで通りとはいかない。
一難去ってまた一難。
神原悠馬に新たなる試練が訪れていた。
その試練を前にして、俺が言いたいことはただ一つである。
「(ウチの生徒会はややこしい!)」
黒花からの告白を受けて、そう思わずにはいられなかった。
第一一一代生徒会の人間模様は混沌を極めていく。
俺、神原悠馬はこの現実を直視できず、そっと目を閉じたのであった。




