4-3
放課後になった。
俺は生徒会室の扉の前に立っている。
あんなことがあった後だ。部屋の中にいるであろう真咲、黒花、如月さんと顔を合わすのが億劫だった。
しかし、逃げるわけにもいかない。
林田先輩と交わした約束を果たす必要がある。
企画の成功のため、鳳会長のため――何よりも俺自身のためにも。
「う、うっす」
『……』
簡単に挨拶をして自分の席へと移動する。
誰からも返事は返ってこない。
真咲は気まずそうに顔を伏せ、黒花はプイと顔を背け、如月さんは完全な無反応。
自分で招いた事態だけど、この沈黙と空気はキツイです。
「皆、その、ちょっといいかな……?」
ここまでお膳立てをされたんだ。
さすがに腹は括ろう。すべてを吐き出して裁決を受けようじゃないか。
「――どうしたの、神原」
役員三人を代表して真咲が返事をしてくれる。
真に迫るものを感じ取ってくれたのか、緊張感のある声音をしていた。
「皆に聞いてほしい話があるんだ」
真咲、黒花、如月さん。それぞれと目を合わせて重々しく言葉を紡ぐ。
本題に入る前にまずは俺自身の話をする必要がある。
もう順序を間違えるわけにはいかない。
回りくどくても、上手く言えなくても、伝えないことには始まらないんだ。
「――俺、演じてないと怖いんだよ」
前置きが長くなることを告げて、ポツリポツリと話出す。
「生徒会の副会長。神原家の家事担当。役割があれば、神原悠馬という個人じゃなくて、人と関わることが出来る」
…………他にも鳳朱音の恋人(仮)とか。
「等身大の自分、そんなものは表に出したくないんだ」
会長は等身大の自分が受け入れられないことを嘆いていたが――俺は逆である。
醜くて、弱くて、ダサい。
そんな自らの欠点を他者に晒すのが怖いのだ。
「素の自分を否定されたら……この世界に俺の場所はなくなってしまうから」
だから、弱さを見せるわけにはいかない。
そう思って生きてきた。
「生徒会副会長の役割さえ演じていれば、こういうナイーブな本音を隠して、皆と関わることが出来たんだよ……」
黙々と仕事をこなすのは楽だった。
忙しない日々に身を置くことで、神原悠馬という『個』から逸脱できる。
仕事であれば、同僚であれば、家族であれば、平素なら関わることがないであろう相手とも一緒にいることが叶った。
「俺――皆がいる、この生徒会が好きでさ。まだ始動して間もないけど、皆と一つの目的を追いかける毎日は心から楽しいんだ」
言ってしまった。恥ずかしくて顔から火が出そうになる。
そして同時にゾッとした感覚を覚えた。
こんな赤裸々な本音を吐き出して、拒絶されたら立ち直れない。
絶対的な孤独に圧し潰されて、二度と日の当たる場所を歩けなくなるだろう。
「…………っ!」
歯を食いしばって耐える。続けろ。ここで俺が本音で話さないと、ここにいる仲間たちと二度と関われなくなってしまうかもしれない。
「だから、この場所に俺が居続けるために、皆の役に立つ存在でいたかった。要するに、その、良い恰好しいだった……」
言葉にすると、自分の矮小さを自覚させられる。
すげぇ、ダサい。
自分の弱さを隠すため、ここにいる全員をいたずらに傷つけた。
「皆を信じている――とは自信を持って言えない。悪癖ってそう簡単には治らないから。でも、確かに、信じたいと思ったんだ……っ!」
だから、今もこうしてダサい自分を曝け出している。
拒絶されたらどうしよう。考えたら怖くて堪らなかった。
それでも今は、生徒会副会長という役割を演じるのではなくて、神原悠馬としての本音を言葉にするべきだ。
「部活動発表会の成功のため、皆の力を貸してほしい……っ!」
ただひたすら頭を下げた。
そして、皆の反応が怖くて顔を上げられない。
「神原」
真咲が言葉を発する。声音からは、何を言い出すのか想像もつかない。
判決を待つ被告のような気分だった。
恐る恐る顔を上げて、固唾を呑んで次の言葉を待つ。
「拗らせすぎっ!」
真咲は明るく笑った。つられて黒花と如月さんも笑顔になる。
バカにしている雰囲気はないけど「やれやれ仕方ないなぁ」のニュアンスを感じた。
「え? なんか思っていた反応と違うんですが……」
いや、その、もっとこうシリアスな感じと言いますか……。
感動の嵐とまではいかないけど、多少は胸に訴えかけるようなものがあったんじゃないんですかね……。
あの、まぁ、はい、「自分で言うなよ」って話ではあるんですけど……。
「難しく考えすぎ! シンプルに『助けて』でいいでしょ!」
「えっと、それが言えなかった理由を全員に伝えたかったと言いますか……」
俺が順序を間違えたせいで今回のトラブルが生じた。
だから、丁寧に段取りを踏んだのである。
「はぁ、そっちだって一言で済むじゃん。要するに『生徒会のみんな』が大好きだから、必死になって格好つけようとしていたんでしょ……っ!」
「うへ!?」
素っ頓狂な声が出てしまう。
「あぁ、もう! こっちまで恥ずかしくなってきたんだけど……っ!?」
真咲は頬を朱色に染めて、その顔をパタパタと手で扇いでいた。
それは真咲だけに限った話ではなく、黒花と如月さんも顔を真っ赤にしながら同じ仕草を繰り返している。
共感性羞恥が部屋全体に伝播していた。
「いやいや!? いくら何でも端的にまとめ過ぎじゃないか!?」
「違うの?」
「ち、違くはないけど!」
いやだって……そんな浮ついた言葉で総括をされてしまうと、自分の情けなさが余計に際立つじゃないですか……っ!
「悠馬ってほんとに面倒くさいよね」
「う、うるさいな!」
頬や耳を赤くしながらも、黒花がジト目で蔑んでくる。
「……せ、先輩って可愛い人ですよね」
「待って!? その評価は不服なんだけど!?」
無感情の如月さんにしては珍しく上擦った声をしていた。
「どんまい、神原!」
クスクスと笑う真咲に肩を叩かれる。
「あぁ、なんかもう、どうでもよくなってきた……」
自分的には大事だったのだが、こうもサラリと扱われると些末なことに思えてきた。
いや、これが皆なりの気遣いなのかもしれないけどな。
「でもさ、神原」
弛緩した場を引き締めるように、真咲は真面目な顔をした。
「打ち明けてくれてありがとね? そんな風に考えていたなんて知らなかった。だから、あのね。神原の本音を聞けて――嬉しかったよ?」
「……っ!?」
心の真ん中が熱を持った。じんわりと温かい血液が身体中を巡っていく。
「私も生徒会での日々は楽しいよ。ちゃんと同じ気持ちだから。まず、それだけは信じてほしいかな」
真咲に続いて、黒花が「あたしも」と如月さんが「私もです」と同調した。
――――自分の好きな人たちが、自分と同じ想いを抱えている。
決して大袈裟な表現なんかじゃなく、それって奇跡みたいなことなんだと思った。
「皆、ありがとう」
それ以外の言葉が思い付かなかった。
今はまだ手放しで他者を信じることは難しいけど、この場にいる仲間たちの想いを否定するような事はしたくない。
「さてと! むず痒いのはこれで終わり! 神原のヘルプコールに応えないとね? 黒花ちゃんも藍ちゃんも、しばらくは残業を覚悟してもらっていいかな?」
「もちろんです。兄の尻拭いをさせてもらいます」
「……はい、先輩たちの力になりたいです」
状況が状況だ。新人の二人にも洗礼を受けてもらおう。
大変申し訳ないのだが、イベント開催日まで満足に眠れないと思ってくれ。
「この企画が無事に終わったら皆で打ち上げをしような」
終わった後のご褒美があれば少しはモチベーションになるだろう。
なんか死亡フラグっぽいのは否めないけど。
「じゃあ、神原の奢りね?」
「向日葵先輩。悠馬にそんな甲斐性はないですよ」
「……ダメ男」
「ちょっと君たちねぇ!?」
好き勝手を言ってくれるじゃないか。
ボッチが故、貯まるに貯まったお年玉貯金の力を見せてやろうか(涙)。
「未来の話はこれくらいにしましょ! まずは今やるべきタスクを整理しましょう。あと そうだ、神原! 仲川には頼ってもいいんだよね?」
「え、あぁ……でも、いいのか?」
前期生徒会メンバーを頼ることに消極的だったのは真咲だ。
「あ、あれは……神原が私じゃなくて、仲川を頼ったのがムカついて……じゃなくて、今は猫の手も借りたい状況でしょ!?」
「その物言いは仲川が可哀想な気がするが……」
仲川はちゃんと人間だぞ(これもこれで失礼だと思う)。
「まぁ、腐っても元生徒会役員だからね。多少は期待しているわよ。今度ちゃんとお礼をしましょうね」
「そうだな――あ、あとそうだ。たぶん林田先輩も手伝ってくれると思う」
「え、林田先輩!? それは本当に助かる!」
めちゃくちゃ嬉しそうだった。えっと……なんかごめん……仲川。
「とりあえず二人に連絡するよ。全員集まってから役割分担を決めよう」
真咲、黒花、如月さんは力強く頷いた。ここまで紆余曲折はあったが、やるべきことはもう一つしかない。
仲間たちと一丸になってガムシャラに走り回るだけだ。




