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「ちょっと待ってくれよぉー? ステージの時間を削ってくれってぇー?」
「すみません……一度、こちらで了承したことではあるんですけど……他との兼ね合いがありまして……参加バンド数か、各バンドの曲数を絞っていただけると……」
要領を得ない。完全にしどろもどろだった。
これだと説得力にかける。
交渉には勢いやハッタリも重要だ。頭の中では理解しているのだが、それを実践できるコミュニケーション力が俺には皆無だった。
放課後。会長の業務を引き継いで、軽音楽学部の部長(高柳)さんと絶賛交渉中です。
襟足を伸ばしたバンドマンっぽい髪型。圧倒的な強者感に尻込みしてしまう。
「待て待て待て! 神原クンだっけ? 冷静に考えてみてよ? 絶対、ウチらが曲やった方が盛り上がるっしょ!?」
「それだと企画の趣旨に反すると言いますか……」
今回のイベントは文化祭とは違う。
入部したばかりの一年生を積極的に参加させて、部内での交流を活性化させる。各部がどのような活動をしているのか理解して、互いにリスペクトを深める。
それにより、部の垣根を超えた関係構築および健全な競争関係を生み出す。
オール・天和大付属。
学校全体の部活動を盛り上げる。そういう趣旨の企画だ。多少の傾斜はあっても、平等に活動内容を発表できる場にする必要がある。
――と説明すればいいのだけど、付け焼刃の交渉術では上手く行かない。
「つーかさー、このイベントって体育館でやるんっしょ? サッカー部とか野球部みたいな外の部活に時間を割り振っても意味なくね?」
「そこは、その……ちゃんと考えていまして、動画形式で上映するとか、とある部なんかはミュージカル形式にするとか……外の部活も色々と工夫をしているんです」
テニス部はミュージカル形式で大会のダイジェストをやるらしい。
どこから影響を受けたのかは聞かないでおいた。女テニの部長さんがノリノリだったのは印象に残っています。
「まぁ、それは分かったけどさー。鳳が大丈夫って言うから、準備を進めてきたんだぜ? 急にひっくり返すのはどうなんよ?」
「それは完全に我々生徒会の落ち度です……申し訳ありません」
圧倒的に立場が弱い。頭を下げることしかできない。
「神原クンに謝られてもねー? たぶん、君だって被害者なんしょ? ここは生徒会長の鳳が詫び入れるのが筋なんじゃないの?」
おそらく高柳先輩は納得感が欲しいのだろう。
ステージ時間を削ることは致し方ないと理解していそうだが、振り上げた拳を下すため、部員たちを説得するため、こちら側の『誠意』を見せてほしいのだと思う。
「すみません、会長は病欠でして……」
「ならさ、鳳が復帰してから話をしようよ」
「い、いや! それだとスケジュール的に厳しくてですね……っ!」
鳳会長から連絡があり、三日~四日は大事を取って休むとのことだった。
復帰できるのはイベント開催の直前となる見込みだ。
ただでさえ当日の行程表の作成が遅れている。これが完成しないことには放送部や演劇部など、裏方を担当してくれる部との調整が進まない。
いち早く確定しなくてはいけない事柄なのだ。
ここが詰まったらイベントの開催そのものが危ぶまれる。
「なぁ、神原クン。こんな事は言いたくないけどさー。それって生徒会側の都合だよなー? 任意参加のイベントに、こっちはボランティアで協力してる立場なワケよ?」
「す、すみません……っ!」
「神原クンが謝らなくていいんだよ。うんまぁ、俺も言い方が意地悪だったな。神原クンが尻拭いをさせられてるのは分かっているからさー」
高柳先輩は「ごめんごめん」と頭を下げた。
……この件において『悪い人』など誰もいないのだ。
体調を崩してしまった鳳会長も。誠意ある謝罪を求めようとする高柳先輩も。
だから、難しい。
それを取りまとめるのが『調整』という仕事なのだ。
「こういうのはどうかね? 俺って文化系の部活を何個か兼部してるからさ。そのへんを連合みたいな感じで一纏めにしちゃうとか。そうすればイケてる部のステージ時間を確保できるじゃん?」
フラッシュアイデアにしては悪くないと感じた。
だけど、この考え方は危険だ。どの部が優れているとか、面白いとか、カッコイイとか、それは個人の主観に過ぎない。
恣意的な判断で他の部を見下すような考えは――――違うと思う。
それは鳳朱音が描いた景色とはかけ離れている。
綺麗事なのは重々承知だが、高柳先輩の提案にはリスペクトが欠けていた。
「……今日のところは持ち帰りにさせてください」
しかし、それに対する反論が咄嗟に思いつかない。
準備がない状態で議論を交わすのは危険だ。特に俺みたいな人間は、発言力のある人間に言い包められてしまう可能性が高い。
ここで戦略的撤退をした方が傷も浅く済みそうだった。
***
「はぁーやばいな……時間がない……」
中庭のベンチに深く腰掛け、右腕で両目を覆い隠す。すげぇ眠い。
しかし、こんなことをしている時間もない。五分だけ、五分だけ休んだら、生徒会室に戻って作戦を考えよう。
鳳会長が離脱して、あらためてあの人の凄さが分かった。
あの人は清濁併せ吞んだ上で自分の理想を実現できる手腕を持っている。
政治家向きというか、単なる理想主義者ではない。理想があっても、それを実現する力がなければ現実は変わらないのだ。
ここ数日で否応なく実感させられている。
「あれ、悠馬じゃん」
男の声が聞こえる。この学校で俺を名前で呼ぶ男は一人しかいない。
右腕をどけて周囲に視線を向けると、前生徒会の同僚であるチャラ男・仲川がいた。
「――仲川、放課後だぞ。帰宅部は下校しろ」
「彼女の生徒会活動が終わるまで暇潰し中なんよ」
「リア充爆発しろ……」
「それってもはや死語じゃね?」
からからと笑いながら、仲川は隣に座ってきた。
「ゾンビみたいになってんな。ウケる」
「ウケるなよ……」
通常運転だった。しかし、今はこの軽薄さがむしろ心地いい気もする。
「ちょい待ってな」
仲川は突然立ち上がると真っすぐに全力ダッシュする。
校舎の中に消えたと思ったら、一分も経たずにこちらへと戻ってきた。
その手にはブラックの缶コーヒーが二缶、握られている。
「ほいよ」
仲川はその片方をスッと差し出してきた。
「……いくらだった?」
「いいよ、ゾンビから金は取れないって」
「悪い、さんきゅー」
仲川は「百倍の恩返しを期待」と冗談っぽく言って、再び隣に腰掛けた。
受け取った缶コーヒーのプルタブを起こす。
コーヒーの香りが鼻腔をくすぐる。そのまま口に含み、舌の上で苦みを味わっていると、プラセボ効果で意識がハッキリしてきた。
「調子はどうよ?」
「まぁ、見ての通りだな」
「朱音さんが離脱したんだっけ? そりゃキツイよな」
「あぁ、過去に類を見ないピンチかもな」
会長がどんな無理難題を言っても、その場には必ず会長自身の姿があった。
前期も今期も、生徒会という組織が鳳朱音に依存していたことがハッキリと分かる。
「しかも、悠馬が全部引き継いでるんだろ? 向日葵の奴が文句言ってたぞ?」
「俺に落ち度があったからな」
真咲本人からも直接言われた。自分に出来ることはないか、と。
その申し出を受け入れることは出来なかった。
鳳会長が疲労で倒れたのは、俺がプライベート面で負担を掛けてしまったからだ。
だから、これは神原悠馬が責任を取るべき事象なのである。
「細かい話は知らないけど、あまりに背負い過ぎているように見えるけどな」
「――俺、意固地になっているのかね」
「外野目線はそう思うぞ」
自分の中で答えはすでに出ていた。俺一人の頑張りでは限界がある。
だけど、今回の件に生徒会の皆を巻き込みたくない。この現状があるのは、俺と会長が裏でコソコソと仮交際をしていたからだ。
勝手に秘匿して、自滅して、今になって救いを求めるのは虫が良すぎる。
会長との仮交際関係を隠蔽すると決断した以上は、それによって生じた損害を彼女たちに負担させるわけにはいかない。
「なぁ、悠馬。一緒に飯行くって話あったじゃん?」
「前に話したな……それがどうした?」
「あれさ、悠馬の奢りってことにしてくれよ」
「どういうことだ?」
「その代わり、俺が助っ人に入るぜ? 代打の切り札として、シャキーン」
仲川は親指と人差し指で指鉄砲を作って顎に当てる。
どうやら格好つけているつもりみたいだ。
「切り札なのか……?」
「そこにツッコむのは野暮じゃね!?」
すまん、仲川。不覚にも感動してしまい、つい捻くれてしまった。
正直に認めよう。大変ありがたい申し出だった。
「でもいいのか? 彼女とのデートで忙しいんじゃないのか?」
「親友の頼みとあればな!」
「いや、親友って言うほど関わってないだろ」
「それも野暮じゃね!?」
あぁ、くそ。照れくさいんだよ。素直になれないのは許してほしい。
しかし、どうしたものか。
この提案を受けるか受けないか迷っている自分がいた。
差し出す対価が釣り合ってなければ相互扶助の関係が成立しない。食事を奢るくらいで頼っていい事柄なのだろうか。
「まずは、その、ありがとな。仲川」
「悠馬には去年助けられたからな。お互い様だよ」
「お互い様……か」
ギブアンドテイク、そういうことなら。
そこに取引が成立するのであれば、俺もギリギリ納得ができる。
今は緊急事態だからな。仲川の力をぜひとも借りたい。
「仲川、頼んでもいいか?」
「おうよ、任せろ!」
仲川は快活な笑顔とサムズアップで応じた。
一気に肩の荷が下りた感覚がある。
これでもと言ったら悪いが、仲川は元生徒会のメンバーだ。経験者がサポートに入ってくれると非常に助かる。
「今日は彼女とデートなんだよな? 明日の昼休みから頼めるか?」
「おっけ! 数日は会えなくなるだろうし燃え上がるデートをしてくるぜ!」
仲川を見送ってから生徒会室に向かって歩き出す。
自分でもびっくりするくらい足取りは軽やかだった。




