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最後の一発

最後の花火が上がる直前だった。


夜風が浴衣の袖を揺らす。


屋台の明かりも、人々の笑い声も、夜空へ吸い込まれていく花火も、すべてが幸せな景色だった。


健人はポケットから、小さな箱を取り出した。


「彩。」


「ん?」


「ずっと、この日を待ってた。」


 彩は少し照れくさそうに笑う。


「そんな真面目な顔しないでよ。」


 健人は箱を開けた。


 銀色の指輪が花火の光を受けて輝く。


「俺と結婚してください。」


 一瞬、彩は目を丸くする。


やがて涙を浮かべながら、何度も頷いた。


「……はい。」


「よろしくお願いします。」


健人は震える手で指輪を彼女の薬指にはめる。


彩は指輪を見つめ、嬉しそうに笑った。


「幸せ。」


 二人は抱き合う。


 その瞬間。


 夜空へ最後の花火が昇った。


 白い光が空いっぱいに広がる。


 そして。


 ドォォォォン――。


 耳の奥まで震える轟音。


 健人は思わず目を閉じた。


「彩、きれい――」


 返事がない。


 違和感を覚え、ゆっくり目を開く。


 彩は、笑ったまま動かなかった。


「……彩?」


 肩に触れる。


 力なく身体が崩れ、健人の胸にもたれかかる。


「おい……。」


 呼吸がない。


 鼓動もない。


「嘘だろ……。」


 何度も名前を呼ぶ。


 返事はない。


 健人は震えながら周囲へ助けを求めようと顔を上げた。


「誰か! 救急車を――」


 その声は途中で止まった。


 誰も動いていなかった。


 さっきまで拍手をしていた観客。


 屋台のおじさん。


 浴衣姿の子ども。


 肩車をしていた父親。


 警備員。


 カップル。


 老人。


 全員が、その場に倒れていた。


 まるで時間だけが止まった世界。


 風鈴だけが、風に揺れて鳴っている。


 チリン。


 チリン。


 健人は呆然と立ち尽くす。


 見渡す限り、生きている人間は誰一人いない。


 数万人が集まっていた花火大会は、一瞬で墓場になっていた。


 静まり返った夜空に、花火の煙だけがゆっくり流れていく。


 健人は彩を抱き締めたまま、震える声で呟いた。


「……なんで俺だけ、生きてるんだ。」


 その問いに答える者はいない。


 遠くで、予定にはないはずの花火が一発だけ打ち上がった。


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