みたらしだんご
雨の日は、古いものがよく見つかる。
それは偶然なのか、それとも雨が土の中に眠る記憶を浮かび上がらせるのか。
少なくとも、あの日の私はそう信じるしかなかった。
---
「みたらし団子って知ってますか?」
スマートフォンの録画ボタンを押し、私はカメラに向かって話し始めた。
「名前だけ聞くと完全にネタですよね。でも、宮城県のある神社で昔から囁かれている都市伝説らしいです。」
画面にはSNSの投稿が映る。
『神社の近くで団子屋を見たらやばい』
『絶対に最後まで団子を見続けるな』
コメント欄には笑いの絵文字ばかり並んでいた。
「まあ、調べてみます。」
神社は山の麓にあった。
鳥居は色褪せ、石段には苔が生えている。
祭りの形跡などどこにもない。
しかし郷土資料館には、昭和初期の祭りの写真が大量に残っていた。
子どもたち。
太鼓。
神輿。
そして、その片隅には必ず団子屋が写っている。
「偶然かな。」
私は写真を何枚も撮影した。
新聞の切り抜きにも、祭りの記事がある。
『今年も団子屋に長蛇の列』
また団子だ。
調べれば調べるほど、団子屋だけが異様に目についた。
翌日。
再び神社へ向かう。
もちろん屋台など残っていない。
しかし境内の隅で一本だけ団子の串が落ちていた。
新しい。
誰かが最近までここにいたような。
「誰か食べたのかな。」
拾い上げようとした瞬間、後ろから声がした。
「触らない方がいい。」
振り向くと、散歩中らしい老人が立っていた。
「これって団子ですか?」
老人は首を横に振る。
「とりあえず見ちゃダメだ。」
「何をですか?」
「それを見続けるな。」
それだけ言って歩き去ってしまった。
意味は教えてくれなかった。
家へ戻り、写真を整理する。
私は祭りの写真を年代順に並べていった。
そこで、ある違和感に気付く。
団子を食べている人たち。
全員、同じ方向を向いている。
一枚だけじゃない。
二枚。
三枚。
十枚。
昭和。
大正。
明治。
全部同じ。
まるで誰かを見ているように。
「……偶然?」
昔の写真ほど画質は悪い。
それでも全員の視線だけは一致していた。
私はその先を拡大した。
何もない。
空白しかない。
なのに全員が見ている。
最後に残った資料は、一冊の古文書だった。
達筆で読めない。
「あとで解読しよう。」
そう思い、神社へ向かった。
夕暮れだった。
誰もいない。
帰ろうと鳥居を出た瞬間。
道路の先に赤い屋台が見えた。
「あれ……?」
祭りなんてないはずだ。
ズームする。
団子屋だった。
白い湯気だけが静かに上がっている。
暖簾は揺れている。
なのに店主はいない。
私はゆっくり近付いた。
団子の並ぶ木箱。
湯気。
静けさ。
カメラを向ける。
その瞬間。
画面が激しく乱れた。
動画はそこで終わっていた。
編集ソフトにはエラー表示。
『データ破損』
映像は復元できない。
音声も消えていた。
残ったのは一枚だけ。
動画から切り出された静止画。
屋台が写っている。
私は何気なく拡大した。
そして息が止まった。
屋台の奥。
こちらを向いて立つ人物。
私だった。
カメラを持った私ではない。
ただ黙って屋台を見つめている私。
しかし、その写真は私自身が撮影したものだ。
撮影者の私と、屋台の前に立つ私が、同時に写っていた。
数日後。
古文書の解読結果が届いた。
そこにはこう書かれていた。
『御霊指団子』
祭礼で死者の魂を導くために供える団子。
見るものではなく、「導かれる者」にだけ現れるもの。
時代が流れ、「御霊指団子」という字だけが失われ、
人々は読みだけを残した。
みたらしだんご。
やがて誰かが勘違いした。
「見たら死団子」。




