約束
「来月、やっと会えるね」
画面に届いたその一文を見て、私は何度も笑った。
彼とは一年半、毎日のように通話をした。
「おはよう」も、「おやすみ」も。
嬉しかったことも、つらかったことも、全部スマホ越しに話してきた。
顔は知っている。
声も知っている。
好きな食べ物も、嫌いな虫も、寝起きの機嫌まで知っている。
それなのに、一度も隣を歩いたことはなかった。
距離は六百キロ。
新幹線で何時間もかかる場所。
ようやくお互いの予定が合い、「駅の改札で会おう」と約束した。
その日を楽しみに、私は服を選び、小さなプレゼントも買った。
彼も「絶対行く」と言っていた。
会うまで、あと十日。
その夜の通話で、彼は少しだけ元気がなかった。
「どうしたの?」
「……なんでもない。」
「仕事?」
「うん。そんな感じ。」
それ以上は聞かなかった。
信じていたから。
会うまで、あと七日。
返信が遅くなった。
「忙しい?」
既読はつく。
でも返事は来ない。
翌日も、その翌日も。
そして、約束の五日前。
通知が鳴った。
ごめん。
少し考えた。
遠距離はもう続けられない。
その数行だけだった。
私は何度も読み返した。
意味が理解できなかった。
「会ってから決めようよ。」
「せめて一回だけ。」
何通送っても返事はない。
最後に届いたのは、
「今までありがとう。」
それだけだった。
約束の日。
私は駅へ行った。
行かなければ、一生後悔する気がした。
改札前。
人が笑いながら待ち合わせをしている。
恋人同士が手を振る。
家族が再会して抱き合う。
私は、ただ立っていた。
一時間。
二時間。
もちろん、彼は来なかった。
バッグの中には、渡せなかったプレゼント。
帰りの電車で涙は出なかった。
涙より先に、現実が静かに胸へ落ちてきた。
家へ帰ると、スマホには思い出の通知が表示された。
『一年前の今日』
そこには、彼との通話時間が十時間を超えた日のスクリーンショット。
「いつか会おうね。」
そう送り合ったメッセージも残っていた。
私は、トーク画面を閉じた。
削除はできなかった。
恋が終わったからといって、思い出まで消えるわけではない。
ネットで始まった恋は、本物だった。
画面越しの笑顔も、本当に好きだった。
ただ、その恋は、改札の向こう側へたどり着くことなく終わってしまった。
それから数年後。
私は別の街で暮らしている。
あの駅を通ることはもうない。
けれど、新幹線の発車ベルを聞くたび、あの日の約束を思い出す。
会えなかった恋にも、確かに「好きだった時間」は存在した。
だから私は今日も、その記憶だけは否定せずに生きている。
応援してます。みんなのこと。




