第ニ話 人生で初めて、眠れない夜
その夜。
生まれて初めて、寝つきが悪かった。
いつものように、同じ寝台に入るわたくしたち。
いつもなら、とっくに夢の国。
健康の権化のごとく爆睡しているわたくしである。
何なら、わたくしのモットーは「早寝早起き、よく寝る子は育つ」。
夜二十一時には自然と瞼が重くなる、素晴らしく規則正しい生活を送ってきた。
寝台の中で、じっと天井を見つめる。
隣ではレクサス様がいつものように本を開いていらっしゃる。
その横顔が、なんだかとても遠い。
愛する人。
愛する人がいる。
レクサス様に、わたくし以外の、想う方が……。
胸の奥がちくちくと痛い。
これはなんだろう。悲しい、という感情だろうか。
それとも、もっと別の、もっとみっともない何かだろうか。
いずれにせよ。
眠れない。
人生で初めて、眠れない夜というものを経験している。
目をつむる。眠れない。
羊を数える。眠れない。
深呼吸をする。眠れない。
これが、失恋、というものだろうか。
頭の中でたくさんの羊に埋もれてしまい、「メーメー」という鳴き声で、余計眠れなくなる。
失恋というものは、わたくしの強固な睡眠欲すら易々と打ち砕いていく。
そうか。
わたくし、レクサス様のことが、本当の本当に好きだったんだわ。
気づくのが遅すぎる。
遅いまま、寝まくっていたせいで、きっと呆れられてしまったのだわ。
ぐるぐると考え続けていると、気が付けば涙が出てくる。
シクシクと音を立てないように涙を流し、毛布にくるまって何度も寝返りを打つ。
すると突然、隣の気配が小さく動いた。
「……プリメーラ。眠れないのか」
低くて心地よい、大好きな声が鼓膜を揺らす。
本から目を上げたレクサス様が、こちらを見ていた。
いつもと変わらない穏やかなお顔で。
でも、どこか心配そうに。
「レ、レクサス様……。少し考え事をしていただけで……」
「いや、それはいいんだが……君の目に涙が……!どうしたんだ、どこか痛むのか!?すぐに医官を――」
大慌てで起き上がろうとする殿下の衣の裾を、わたくしはギュッと掴んで引き留めた。
もう、限界だった。
一睡もできない脳みそは、完全に冷静な判断力を失っている。
「お医者様は要りません!わたくしが痛むのは心です!」
「心……?」
「知ってしまったのです!殿下にはお心に決めた『思い人』がいらっしゃると!だから、わたくしとはずっと『白い結婚』のままなのだと……!義務だけの優しさなら、いっそ冷たくしてくださった方が諦めがつきましたのに……!」
わっと泣き出したわたくしを見て、レクサス様は完全にフリーズした。
美しいお顔をこれ以上ないほどきょとんとさせ、数秒の後、はぁぁぁ……と、天を仰いで深い深いため息をついた。
「……プリメーラ。その『思い人』の噂、どこで聞いたんだい?」
「お、お茶会で……」
「……は?」
「愛する人がいる、と。殿下ご自身が、おっしゃったと」
しばらくの間。
それから、レクサス様は深く、深く、額に手を当てて天を仰いだ。
「……誰だ。誰がそんな伝え方をした」
「侍女が」
「その侍女は誰から聞いた」
「別の侍女が」
「その侍女は」
「さらに別の……」
「もういい」




