第一話 そして、運命の夜がやってくる
「プリメーラ様。そろそろお世継ぎの方はいかがですか?」
はいきた。
二日ぶり、今月十回目のお世継ぎ催促いただきました。
この問いかけに対して、私はいつも王太子妃らしく、曖昧に微笑むだけ。
王太子であるレクサス様と結婚して、早一年。
今日まで仲睦まじく、それはそれは大切にされている。
夜会では片時も離れることはない。
茶会では、ふと視線を上げるたびに目が合う。
晩餐も、何もなければいつも一緒。
寝室も、寝台も同じ。
朝、目を開ければ、最初に見るのはレクサス様がお支度をされているお姿。
それなのに。
何を隠そう、わたくしたちは『白い結婚』をずっと続けている。
理由は、たぶん、わたくしのせい。
レクサス様はいつも「無理強いはしない」とおっしゃって、わたくしが眠るまで本を読んでいらっしゃる。
問題は、わたくしが。
異様なほど、寝つきが良い。
寝台に入って三分。意識がある。
五分。まだある……気がする。
七分。
おやすみなさいませ。
七分持ったならまだ長い方。
三秒で寝られる日もあるくらい。
気づけば朝。
レクサス様のご準備が始まっている音で目が覚める。
侍女たちは首をかしげ、担当医師は「大変健康的な睡眠です」と太鼓判を押す。
レクサス様はといえば、わたくしが眠るたびに「また落ちた」と苦笑いをされているようだが、わたくしはそのお顔を一度も見たことがない。
当たり前だ。
眠っているのだから。
夫婦仲が良いのは本当のこと。
ただ、お世継ぎだけは、わたくしの睡眠が邪魔をし続けている。
これが現状です。
お分かりいただけましたか、催促の皆さま。
そんなある日のこと。
「プリメーラ妃殿下……実は、殿下には、お心に想われているお方がいらっしゃるようで」
侍女のひとりが、おずおずと、しかし確かにそう言った。
……は?
「殿下が、ご自身で、そうおっしゃったと」
「は、はい。はっきりと、『愛する人がいる』と」
実は、前々から妙な噂は耳に届いていたのだ。
レクサス殿下には、ずっと心に秘めている、身分違いの思い人がいるらしい、と。
最初は「まさか」と笑い飛ばしていた。
けれど、こうも毎晩スルーされ続けると、嫌でも現実味が帯びてくるというもの。
きっと、レクサス様は今もその方のことが忘れられないのだわ。
わたくしとの結婚は、王太子としての義務。
だからせめてもの誠意として、昼間は優しく、仲睦まじい夫婦を演じてくれているに違いない。
けれど、心までは裏切れないから、夜は頑なに一線を越えないのだ。
「なんて、健気で不憫なレクサス様……。でも、わたくしだって悲しいわ……っ」
一度ネガティブな妄想の沼にハマると、もう抜け出せない。
昼間の殿下の優しい笑顔を思い出すたび、胸が締め付けられるようにズキズキと痛む。
ショックのあまり、その日の晩餐はスープを二口すすっただけで、ほとんど喉を通らなかった。
「プリメーラ、どこか具合が悪いのか!?」
レクサス様がこの世の終わりみたいな顔で心配してくださったけれど、それが余計に切ない。
そして、運命の夜がやってくる。




