第十話 パン屋は知っていた
店に戻る途中ルシャはパン屋に寄る事にした。
パン屋に近づくと相変わらず香ばしい匂いが広がっていた。
ルシャはパン屋の入り口の横に自転車を立て掛けて、店の中に入った。
パン屋の主人「いらっしゃい」
ルシャ「ベオハルド、今日は話があって来たの」
ベオハルド「何々話って?買いに来てくれたのかと思ったのに」
ベオハルドはそう言って、おまけ用の小さい紙袋を一枚手に取って商品のお菓子を選びながら話す。
ルシャ「さっきハーサに私のお父さんの事を聞いて、そのあと時計塔にも行って、時計守のローギフっていう小父さんにも話を聞いてきたの」
ベオハルド「何でわざわざ聞きに行ったの?貴女また前の事忘れちゃったの?」
ルシャは驚きながらベオハルドに聞き返す。
ルシャ「その事知ってたの!?私が色々忘れるって」
ベオハルド「それくらい知ってるわよ、この辺じゃ有名な話よ、知らない人なんかいないわよ」
ベオハルドは店内のパンで、ルシャの好きな物を幾つか選んでいる。
ルシャ「じゃあ私だけ知らなかったの?」
ベオハルド「知らないんじゃなくて、忘れてただけでしょ。貴女は貴女のお父さんが亡くなった日に事故現場に行って来たんだもの。その日以来、貴女は家から出て来なくなったのよ。皆、心配してたのよ」
ルシャ「その引き篭もった私を傍に居た男の人が助けたってローギフが言ってたけど、その人って誰なの?」
パンを幾つか入れた紙袋をカウンターの上に置いてベオハルドはルシャの前に近づく。
ベオハルド「知りたい?その人が誰だか」
ルシャ「うん」
ベオハルド「私かも知れないわよ。もし、そうだったらどうする?」
ルシャは少し困って言葉が出なかった。
ベオハルド「残念だけど私じゃないわよ」
ベオハルドは視線をルシャから逸らして店の外を見て言う。
ベオハルド「彼よ。いつも貴女がピンチの時に来てくれるでしょ」
ルシャは振り返って、ベオハルドが見ている辺りを見た。
そこに居たのは、黒いコートの男だった。




