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嘘から始まる異世界二重生活  作者: 遊坂ねこすけ
突然の帰還と二度目の異世界転移。そして盗賊団との戦い
17/45

第17話:おいでませ!森のくまさん大作戦

 次の日お昼。


 またカレーを作らされた俺は、ため息をつきながら鍋をかき混ぜていた。


「むむ……カレーとは奥深いものだな」


 セシリアが真剣な顔でスプーンをくるくると回しながら、まるで哲学的な問いに向き合う賢者のような表情をしている。


「セシリアさんや。何をそんなに真剣に考え込んでるんだね? せっかく作ったんだから集中して食ってくれよ」


「待て! 私は今、重大な問いに直面しているのだ! このカレーの味……ナオヤが作るとなぜこんなにも美味なのだ? これは、ナオヤの技術ゆえか? それとも、異世界の力か?」


「え? セシリアさんへの愛情が詰まっているからに決まってるじゃんか」


「なんっ……!?」


 セシリアがスプーンを持ったままピタリと動きを止め、顔を赤らめる。


「む、むむ……そ、そうか……確かに、料理には作り手の心が宿るものだからな……。ならば、これは愛情の味か……!」


 そう呟きながら、セシリアは真剣な表情でカレーを一口食べた。


「いやいや、そこはちょっと照れながら受け取ってくれよ! 逆にこっちが照れるわ!」


「ふふん、まあ、冗談はさておき……ならば私がこのカレーを作ると、同じ味になるのだろうか?」


 いや良かった——本気で惚れてると思われたらどうしようかと……。

 しかし、セシリアは真剣にスプーンを見つめたまま、何やら考え込んでいた。


「……いや、私が作るとこうはいかん。ナオヤの作るカレーには何か特別な要素があるのだろうか?」


「いや、セシリアさんが作れば同じ味になると思うけど?」


「む……では、後で挑戦してみよう。だが、単にレシピ通りに作るだけでは再現できぬ何かがある気がする……」


「それが愛情の味ってやつかもな?」


「またそこにもどるのか! 軽口がすぎるぞ!?」


 セシリアは一瞬目を泳がせたあと、顔を赤らめながらスプーンを握りしめた。そして、小声でぼそっと”ふむ、なるほどな”と呟く——生真面目でからかいがいがあるなコイツ。


 そんなやり取りをしていたのも束の間、セシリアはふと何かを思い出したように顔を上げた。


「そういえばナオヤ、お前は昨日“熊をワンパンで倒せる”と言っていたな?」


「言ってねえよ!? 田辺との飲みの場で、冗談で言っただけだ!」


「しかし、お前の言葉には不思議な力がある……お前が嘘をつくと、それが真実になるのではないか?」


「なわけあるか!」


 そんなバカ話をしていたところ、村の外で見張りをしていた村人が慌てた様子で駆け込んできた。


「ナオヤさん! 赤鉤団せっこうだんがまた来ています!」


 先ほどまでのほんわかした雰囲気が一瞬で吹き飛び、場が緊張に包まれる。

 いや、それはともかく報告先は”セシリアさん”じゃなくて俺なのね?



 村の防衛戦は、すでに始まっていたが、少数による仕掛けで、本気で攻めてきていないのが見て取れた。

 完全にこちらが優勢で、これなら何もしなくても撃退できそうが、心理的に圧力をかけるつもりか、はたまた何らかの狙いがあるのか?


「これって、持久戦を仕掛けるつもりじゃねぇのか?」


 見張り台から周囲の様子を伺いながら、俺はぼそりと呟いた。


「ふむ……確かに、それはあり得る。奴らは焦る必要がないのだ。時間をかけてこちらを疲弊させ、物資を尽きさせ、じわじわと追い詰める……それが狙いかもしれん」


 セシリアが腕を組み、険しい顔で頷く。

 そうなれば、村側は厳しい。食料の備蓄には限りがあるし、戦えば戦うほど、こちらが消耗していく。

 いざとなれば、セシリアなりが近隣まで、食料を買い付けに行くこともできるかもしれないが、少ない人数で運べる物資などたかが知れているし、馬車など出そうものなら、格好の的になる。


 このままでは、生き残る目は薄い。

 だが、俺はある戦術を思い出していた。


「バヤズィット包囲戦……オスマン軍が、圧倒的なロシア軍の包囲に耐えた戦いがあったな」


「なんだそれは?」


「簡単に言えば、要塞もない村で、補給を断たれながらも知恵を使って長期間持ちこたえたんだ。つまり、こっちも同じように、相手をより早く疲弊させたうえで耐えきる方法を探せばいい」


「我慢比べってとこか……」


 セシリアが興味深そうに俺を見る。


「具体的にはどうする?」


「まず、今まで通り、進軍ルートを固定させる方針は変わらない。敵が自由に動ける状況を作らせず、狙い通りの場所に誘導することで、こちらの防衛力を最大限に活かす。その上で敵の戦力を削ぎにかかろう」


 これまでの防衛策では、村全体を守るために、ただ侵入経路を制限し、戦闘を極力避ける形での迎撃に徹していた。

 しかし、今回はそれを一歩進め、迎撃ポイントを作り、敵の戦力を積極的に削ぐ戦略に変更することにした。


 これまで通り、村の入口となる道のうち、戦術的に不利な地点をあらかじめ封鎖し、敵が進入可能なルートを限られた狭い範囲に誘導する。そうすることで、赤鉤団は広範囲に戦力を分散させることができず、限られた箇所での交戦を余儀なくされるのだ。まず俺は、この従来の作戦の強化を指示した。

 これには特に異論は無いようで、現在進行中の戦いが終わったら取り掛かってくれるらしい。俺がいなかった間も防衛策の強化は行っていたらしく、手慣れたものだと村人は胸を張っていた。


 さらに、狭めた進軍ルートの要所には、自然の地形を活用した防衛陣地を設ける。倒木や土嚢を用いてバリケードを築き、敵が容易に突破できないようにする。そして、そこに弓矢や投石が可能な狙撃地点を設け、敵が攻めてきた際に効果的に戦力を削ぐことができるようにしたい。

 もちろん、村の外に出ることになるのだから狙撃部隊の危険は増すが、村人も現状維持には無理があることは分かっているらしく、狩人を中心に狙撃部隊の編成を約束してくれた。


 これは、以前の防衛策と違い、ただ侵攻を抑えるだけでなく、敵に積極的な損害を与え、士気を削ぐための戦略である。敵が手傷を負うことによって戦意を喪失し、長期戦を仕掛ける余裕をなくすことが狙いだった。


 ——無論、これだけでは足りない


「赤鉤団の補給を断ちたいな」


「む? 具体的にどうするのだ?」


 セシリアが首を傾げている。


「こんな辺境だ。ヤツらは奈落の森の浅いことろで自給自足っていうか、主に狩りをしている可能性が高い……奈落の森に住む獣とか利用できないかな?」


「なるほど。狩りをしている可能性はたしかに高そうだが……獣を利用するとは?」


「猛獣がいいな。例えば熊とか? この前の黒狼こくろうでもいいかもな。赤鉤団が狩猟をしそうな場所に、猛獣が好む食料をばらまく。そうすれば、奴らは狩りをしようとするたびにソイツと鉢合わせするって寸法さ」


「……それは、すごく斬新な発想だが……」


「他に妙案があればそれを採用したいが、今のところこれしか思いついていないんだ。長期戦になればこっちが不利なのは明らかだし、補給を断たなきゃ戦えない。だったら、敵が狩りをできなくなる環境を作るしかない」


「なるほど……それならば、赤鉢団の狩猟が難しくなる。だが、それと同時に村の狩猟も困難になるのではないか?」


「その通り。だからこれは、苦肉の策だ。幸いなことに、村はまだ備蓄の余裕があるしな。まぁ向こうに他に補給線があったり、こちらより備蓄があったらアウトだけどな」


 俺の説明に、村人たちは一斉に顔を見合わせる。


「……やってみるか」


 村長のガルドがそう言うと、皆がゆっくりと頷いた。


 こうして、前代未聞の「熊誘導作戦」が始まることになった——。



 村の狩人に聞いたところ、奈落の森の浅部に現れる猛獣として、幾つかの危険な生物が報告されていた。その中でも、特に要注意なのは『バウルベア』と呼ばれる巨大な熊のような獣だった。

 その強さは尋常ではなく、熟練の狩人ですら、出会ったら逃げ一択の相手だということだった。セシリアもその存在は知っているらしく、ランクBの冒険者のパーティーで”なんとか追い払う”のが関の山だと言っていた。

 その流れで聞いたのだが、セシリア”ランクF”最低ランクらしい——おい、セシリア! 本人曰く”まだ冒険者歴が浅いから”とのことなので信じることにした。

 確かにセシリアは結構強いことを知っているし、村人もFランクと聞いてびっくりしていたし。


「このバウルベアを意図的に赤鉤団の狩場に引き寄せることができれば、奴らの狩猟を妨害できるかもしれないな」


「確かに、それが成功すれば赤鉤団の食糧供給を制限できる。だが……どうやって引き寄せる?」


 セシリアが聞いてくるが、そんなこと俺も知らん! ということで、目線を狩人のオッサンに向ける。


「ん? オレか? うーん。バウルベアの好む餌か。あいつらは特に、熟れた果実と血の匂いに敏感だが……。なぁ、よく腐りかけのオルダベリー食ってるよな?」


 狩人のオッサンが、若手の狩人のニーチャンに話をふる


「ですね。なので、我々はオルダベリーを採取する際は、バウルベアを警戒して神経を使います」


 ニーチャンが丁寧に答えてくれる。どうやら俺のことを上官かなにかに脳内設定しているらしい。


「じゃあ、それをどこに仕掛ければいいと思います?」


 俺の質問に、村の狩人の一人が、地図の一点を指さす。


「ここだ。赤鉤団がよく狩猟をしている痕跡がある場所で、なおかつバウルベアの通り道に近い。うまく設置すれば、奴らの狩りの邪魔になるはずだ」


「なるほど……これはイケそうだ」


 俺はニヤリと笑う。つられて狩人たちもニヤリと笑って頷きあった。


 こうして『おいでませ! 森のくまさん大作戦』は開始されたのだった。

 しかし、バウルベアの行動を完全に予測するのは難しく、一歩間違えれば村側に危険が及ぶ可能性もある。

 果たしてこの策が吉と出るか凶と出るか——。

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