第16話:赤鉤団
奈落の森のごく浅部。
外界からは見えにくいように、木々が密集する場所に、赤鉤団の隠れ砦は存在していた。
砦といっても、整然としたものでは決してなく、粗削りの木材と石を組み合わせて作られた防壁が、まるで森の一部であるかのように周囲に溶け込んでいた。
入り口には簡易的な門があり、そこには二人の見張りが槍を手にして警戒している。
砦の内部では、30人ほどの団員がそれぞれの持ち場で働いていた。赤鉤団はおよそ70人で構成されているので、残りの団員は各地に散って、別の活動をしているのである。
焚き火を囲みながら武器を研ぐ者、地図を広げて次の作戦を検討する者、調理場で食事を準備する者。どこか秩序のあるこの光景は、単なる無法者の集まりではなく、一つの組織として機能していることを示していた。
その中心に立つ男こそが、この集団の長——ザガン・ヴォルクであった。
◆
木製の椅子に深く腰掛けたザガンは、目の前に並べられた地図をじっと見つめていた。
その地図には、辺境の村や王国の城塞都市フェイロリアの位置が記されている。
村の周辺には、団員が報告した防衛強化の情報が書き込まれていた。
「……思った以上に手を焼かせる村だ」
低く唸るように呟きながら、ザガンは腕を組む。
彼の逞しい腕には、幾多の戦場を生き抜いた証とも言える無数の傷が刻まれていた。
かつて王国軍に所属していた彼にとって、小さな村の制圧など造作もないはずだった。
しかし、今回は様子が違っている。
この村に対する赤鉤団の目的は、単なる略奪ではない。
支配し、拠点として利用することが狙いだ。
これまでいくつかの村を手中に収めてきたが、抵抗の激しかった場所はほぼ皆無。王国は辺境の村々を手厚く保護するようなことはしないからだ。
だが、今回の村は違った。村人たちは明らかに組織化され、防衛のために動いている。王国が支援した形跡はないが、独力でここまでの防御を築いたとは考えにくい。
「村を殲滅するのは容易だが……それは許されん」
村を占領しても、長期的に維持できなければ意味がない。
人々が完全に支配に屈し、物資を供給し続ける環境を作ることこそが、赤鉤団の狙いだ。
だが、今回の村は強固に防衛を固めて、戦意を崩そうとしない。
「何者かが村を率いている……か」
「団長! 報告が入りました」
静かに部屋へ入ってきたのは、副団長のガルス・バラードであった。
彼は細身の体つきで、洗練された身のこなしを持つ男で、見た目こそ軽薄に見えるが、その実、赤鉤団の外交と諜報を担う切れ者である。
「どうやら、村には異国の男と、冒険者がいるようです」
「冒険者はともかく……異国の男だと?」
ザガンの眼がわずかに細められる。
「はい。村の防衛強化の指揮を取っているのが、その男らしいとのことで。剣士ではないようですが、戦略を持ち、村人たちを動かしている。村の者からすれば、まるで戦場の指揮官がいるようなものですよ」
「なるほど……面白いな」
ザガンは顎を撫でながら考える。
戦場の指揮官のような男が、なぜ辺境の小さな村にいるのか。その異質さが、ザガンの興味を引いた。
「つまり、この男さえ排除すれば、村の抵抗は弱まる……そういうことか?」
ガルスはにやりと笑いながら頷いた。
「ええ。その男の動きを封じれば、村の防御は一気に崩れるはずです。奴らは兵士ではなく、ただの農民ですからね。戦の指揮官がいなくなれば、恐怖に飲まれて一気に瓦解するでしょう」
「ならば、そいつどうにかするのが最優先だな」
その言葉に応えるように、部屋の奥で低く笑い声が響いた。
「つまり、村を攻め落とす前に、その異国の男を殺す……ってことか?」
大剣を背にした男が、興味深げに前へ出てきた。
ベルク・ドラズ——赤鉤団の戦闘部隊を率いる猛者である。
剛腕の持ち主で、力による制圧を何より好む戦闘狂だった。
「俺がやるぜ、ザガン殿。そいつを見つけて、真っ二つにしてやるぜ」
「ベルク、お前が出れば村ごと吹き飛ぶだろうが……それでは意味がない。殺しは最終手段だといつも言っている」
ベルクは一瞬不満げな表情を見せたが、すぐに肩をすくめた。
「チッ……まぁ、ザガン殿の命令なら仕方ねぇか」
「今回は、村に潜入させた密偵からの報告を待ち、その男の行動パターンを探る。もし村を動かす要となっているなら、適切なタイミングでなんとかしよう」
そう言ったザガンの目は鋭く、既に次の手を思案していた。
◆
森の夜は、静かに、しかし確実に動き出していた。
辺境の村の命運は、すでに赤鉢団の手の中にあるのかもしれない。
ただ一つ、彼らが予想できなかったことがあるとすれば——
彼らが知らぬまま狙おうとしているその男は、単なる戦略家ではない。異世界の知識を持つ渡界者——その存在が、赤鉤団の運命をも左右することになる。
そして、それが後に彼らの運命を大きく狂わせることになるとも知らずに——。




