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148 芸能界 ④

 アパートを出てトボトボ実家へ向かう。

インターホンも押さずただいまも言わず黙って家に上がると


「きゃあっっ!!…って…ゆ、優奈っ?!」


「…ごめん…ただいま」

「びっくりするじゃないのっ!!帰って来るなら連絡ぐらい…」


「…急に決まったから…ごめん」


その様子から何かあったのは間違いなくわかる。

黙ってソファに座った優奈。

その横まで来ると


「どうしたの?」


「うん…なんでもない…」


それだけ言うと目からは涙が溢れ、次の瞬間には号泣し始めた。


黙ってスッと横に座りそのまま肩を抱いてくれた母の肩に頭を預け心の底から号泣した。


ようやく泣き止んだ頃


「勝也君の事?」


その問いかけには答えなかったものの


「なんでいつもあたしは正解がわからないのかな…」

「正解?」


「何にも考えずに女優の道を選んで…それで一番大事な人を傷つけて失って…その人が困ってても助ける事も出来ないで…何やってんだろ…」


「彼に何かあったの?」


母には正直に全てを話した。

勝也がアメリカに行っている事。

あのBeastRushのレコーディングに参加している事。

事務所契約の問題でそれさえも頓挫しかけている事。


そしてそれを最後に音楽をヤメようとしている事まで。


「そんなに凄いバンドに…どうしても最後にあなたの耳に届けたかったんだろうね」


「………」


「その事務所っていうのはあなたが立ち上げようとしてた事務所の事でしょ?」


「多分そうだと思うんだけど…考え過ぎかな…」


「当たってると思うよ。ところで今日は泊まって行けるの?」

「明日また朝から撮影だから今日中に帰らなきゃ…」


「そうなんだ。でもお父さんの顔は見てってよね」


ほどなくして帰ってきた父。

久しぶりに見る娘の顔に大喜びし、久しぶりに一緒に食卓を囲んだ後東京まで車で送ってくれるという。


その道中で


「休みも全然ないのか、大変だな」

「うん、でも休みなんかあったら色んな事考え過ぎちゃうからちょうどいい…」


「そうか。あれ以来話してないのか?」

「もう話してもらえないと思う」


「……………」


「仕方ないよ、何も考えずに決めちゃったあたしのせいだもん。やっぱりあたしにあの人はもったいな過ぎたの。これで良かったんだよ…」


自分に言い聞かせるように呟く。

その言葉に父も母も返事は出来なかった。


 それから10日程。


今日も一日撮影で、夜になってマネージャーに送ってもらう途中


「あ、そういえばこないだ話してたBeastRushのレコーディング、やっと動き出したみたいだよ」


「え?!でも事務所とか…」


「なんかそれが解決したんだってさ。さっきわざわざメールくれたんだ、こないだしつこく聞いてたから」


「…ど…どこの事務所に…」

「なんか聞いたことないトコだったよ?え~っと、ちょっと待ってね」


そういうとスマホを開いてそのメールを読み返し


「なんだこれ、やっぱ聞いたことないなぁ…ビーエフアール?だって」


「…っっっ!!!!」



心臓が止まりそうになった。

勝也が契約した事務所…偶然とは思えないその名前に優奈の驚きは並みの物ではなかった。


寝泊まりしているウィークリーマンションまで送ってもらうと部屋に駆け込み、思い当たる節に電話をかける。


「もしもしっ?!…お母さんっ」

「あら優奈」


「お母さんだよね…BFR…」


「あ~ごめんね。あなたの会社貰っちゃった」

「貰っちゃったって…」


「手続きはほとんどお父さんがやってくれたの。書類も全部キチンと揃ってたから提出だけだったって感心してたよ」


「どうして……」


「他の事務所じゃダメなんでしょ?だったらその事務所をちゃんと作れば問題なくなるじゃない。彼の最後のベースだっていうんならあたしもそれを聞いてみたいから」


「…お母さん……」


涙が止まらなかった。


自分の出来なかった事を母がやってくれた。

そのおかげで勝也がベースを弾ける状況が出来たようだ。


「あ…でもどうやって勝也に…」


「勝也君のお母さんに頼んだの、連絡取ってくれって」

「…えっ?」


「最初本人には断られちゃったんだけど最後はお母さんの命令だったみたい(笑)」


「…そんな…お母さんにまで……」


もう自分は会う事が出来なくなった勝也の母。

その人さえも巻き込んでまで会社を興してくれたのだそうだ。


「ありがとう…ホントに……」


「これで一つは悩みが減ったでしょ」

「うん、なんて御礼言ったらいいのか」


「やーね水臭い」


「あ!…そういえばお母さん勝也と話したの?」


「え、どうして?」

「だって契約の事とか…」


「あぁ、向こうのお母さんに全部話はしてもらったよ。お母さんと共同で作った会社っていう事にしたから」


「…え?」

「なんかあなた達の事ですっごく謝られちゃった。こっちが言わなきゃいけないのにね」


「そんな…」


ある日突然の別れの後、当然勝也の母とも連絡は取っていない。

実の母と同じぐらい慕っていたあの笑顔もあの甲高い声も、今となっては記憶の中だけのものになっていた。


どういう契約内容だとかその先はどうするのだとかは一切聞かなかった。

本当なら自分がやるべきだった事だが母達のおかげでそれが実現できた今、自分はそこに入っていくべきではないと思ったからだった。


しばらく母と話してから電話を切った。

確かに母の言う通り一つだけではあるが悩みが減った気持ちにはなれたもののふと気になる事があった。


このレコーディングが終わったら勝也はどうするのだろう。


今は公欠になっているらしいが学校はヤメてしまうのだろうか。

あのアパートさえも解約するというのならどこに住むつもりなのだろう。

勝也の性格上、実家に戻るという選択肢は考えにくい。

だが音楽をヤメるというなら他に行くところなどどこにも無いはずだ。


それ以前に日本には帰って来るのだろうか。

考えれば考えるほど迷路に迷い込んだかのように答えは導き出せなかった。


あれ以来マネージャーからその後の情報は入ってこない。

自分からしつこく聞くのも不自然だとなかなか聞くことが出来ないまま夏休みも終盤に差し掛かってきた頃、部屋にいた優奈のスマホのニューストピックスの一覧にBeastRushの名前を見つける。


その内容は


『6年振りニューシングル、レコーディングが終了!』


というモノだった。


「…っ!!」


それは本当にあの世界的ロックバンドの曲に勝也のベースが収録されたという事だ。

ここ最近にはなかったほど優奈のテンションは上がり、その文面を食い入るように読み進める。

するとその最後に…


『公式サイトでその一部分を先行ダウンロード!』


とある。


迷わずそのページを検索した。

今まで何度も見たページ、どこにも今回のサポートベーシストの詳細は載っていなかったはずだがここに来て掲載内容が変わっていた。


この新曲トレーラーのダウンロードには会員登録とファンクラブへの加入が条件になっている。

迷わず全ての項目を打ち込み年会費までも払って加入すると、ダウンロードボタンが出現した。

その概要欄を見ると、BeastRushのメンバーの最後…1行の空白の下に



【SupportBass  KATSUYA(from:BFR)】



ついに見つけた。


一気に涙が溢れ、止まることなく流れ落ちる。


本当に勝也がそこにいる。

あの世界的に有名なバンドの中に勝也の名前がある。


優奈が立ち上げるはずだったBFRの名前を背負い、事実上最後のベースだというその音が一部分だけではあるがこのボタンを押すことで聞ける。


ドキドキが止まらない。

時間がもどかしい。

とてつもなく長く感じたその時間の先でダウンロードが完了した。


AirPodsを耳につけ、大きく深呼吸をしてから再生ボタンを押す。


そこから流れてきたのは…


「………ふぇぇぇぇぇ~ん………」


優奈が聞き間違えるはずがない、紛れもなく勝也のkillerの音だ。


ブランカのFINAL以来一度もステージに上がる事の無かった勝也の代名詞『killer』。

その姿は確認できないものの、これが最後だという勝也が選んだ相棒はやはり優奈も愛してやまない『あの子』だった。


たったの数秒、それだけの新曲を何度も何度も繰り返して聞く。

その音はあの世界的バンドの中にいて全く遜色ないほど『ベーシスト』として君臨していた。


一緒に喜ぶことも出来ない。

労いや賞賛の言葉を贈ることも出来ない。

この地球上にいる全ての『その他大勢』のファンと同じようにしか存在できないが、それでも心の底から勝也の事をまだ愛している事に気付いた。


発売日もまだ未定、そしてフルコーラス発表もまだ先の事ながら毎日日課のように聞き続ける優奈。

これを聞いている間だけは『今の』勝也が少しだけ近くに感じられたからだ。



夏休みも終わりかけた頃ようやく長かった撮影もオールアップとなった。

共演者とも仲良くなり打ち上げなども終わり、実家に戻ることになる。


「次の仕事とか入ったら出てきてもらう事になるから、そろそろこっちに引っ越す事も考えといてね」


「あ…えっと…その事なんですけど…」


今回の放送で優奈の知名度や人気は爆発的に上がり、早くも次の仕事が入りつつある。


「ん?」

「このお仕事は続けていくつもりなんですが、出来れば長いスパンがかかるドラマとかよりモデルとかそういう方面に進んでいきたいなって…」


「女優志望って言ってなかった?」


「やっぱり住むトコは地元がいいんです。もちろん通いが難しくなってきたらその時は考えます。でも今は…まだ親元にいたいかなって」


「うーん…まぁ、まだ仕事を選んだりできる立場じゃないから入ってくる仕事によるね。一応頭には入れとくよ」


事務所関係者に一旦の御礼を伝え東京を離れる。


迎えに来てくれた父の車に乗り込むとそのまま地元へ向かった。


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