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147 芸能界 ③

 結局本当にそのまま学校へ行く事無く夏休み期間へと突入した。


ドラマの放送は8月からで、既に撮影は進んでいる。

リアルな恋愛モノという設定だが一応台本はあり誰と誰が接近するだの誰と誰がくっつくだのという大まかなストーリーは決められていた。


一時たりとも勝也の事が頭から離れることは無いながら、仕事であるがゆえに共演者の男に恋心を持つ素振りも演じていく優奈。


あれ以来、休憩時間や仕事後には勝也にLINEを送り続けている。

何事もなかったように『こんな事があった』『今仕事が終わった』『今から○○食べる』といった日常や合間に撮った自分の写メをずっと送っていた。


そのLINEに既読が点くことは無く、当然返信もない。

それでも勝也との繋がりが途切れないようにと毎日送り続けた。


 ある日の休憩中ネットでBeastRush関連のニュースを探してみた。

相変わらず世界規模の話題が多い中、その下位の方まで見ていくと


【6年振りのニューシングル、またもレコーディング延期か?!】


といったニュースがあった。

その文面を開いてみると


『レコーディング再開の噂が流れていたBeastRushがまたもやトラブルから発売延期の可能性が浮上!』


と書かれていた。


「…え……なんで……勝也が行ってるはずなのに…」


誰かに確かめてみようにももう友人の誰にも連絡は出来ない。

涼子とも急な決定の後電話でバイトを辞めることを伝えたっきり話してもいなかった。


するとそこへ


「何真剣に見てんの~」


「え?…あぁ、BeastRushのレコーディングがどうなったのかなって…」

「へ~なんか意外だね。あぁいう系に興味あるようには見えないけど」


「こう見えてハードロック大好きなんです」


優奈のマネージャー。

男性だが気さくな感じでいい人である。


「興味あるんなら聞いてみてあげよっか」


「えっ?!」

「どこまで情報入るかわかんないけど普通にネット見てるよりは詳しく聞けると思うよ」


「おっ…お願いしますっ!!あの…出来れば誰がベース弾いてるのかとか…」


「ベース?あぁ、そういえば前にベース抜けちゃったんだったね。わかった、ちょっと聞いといてあげる。さ、そろそろ時間だよ」


急にやる気が出てきた優奈だった。


 数日後の移動の車内で


「あの…こないだ言ってたBeastRushの事って何かわかりました?」


「ん…あ~あ~!言うの忘れてた(笑)おとといちょっとそっち関係の人と飲んでてちょっと聞いてみたんだった」


「えっ!…な…なんて…」

「やっぱりレコーディング自体は1回動き出したらしいけど」


「えっと…ベースはなんていう人が…」


「名前は忘れちゃったけど日本人だって。かなり若いみたいだけど相当上手い人らしいよ、あのBeastRushがわざわざ日本から呼び寄せるぐらいだしね」


勝也だ…

今の説明だけでそれが勝也だという事はすぐにわかった。

一瞬にして涙目になるもグッと堪える。


「…いつ頃出るんですかね」


「それがねぇ…レコーディング自体は再開したけどまたちょっと問題が起きて止まってるんだって」


「…ど、どうして?」


「なんかね、その新しいベーシストってのがどこの事務所にも所属してないアマチュアらしいんだよ。で、今回のレコーディング限りでいいから一旦BeastRushの事務所と契約しないと参加できないって話になったんだけど…なんでか『他のトコ』と契約はしないってゴネてるみたいで」


「…『他のトコ』?」


「なんか相当ガンコ者みたいでさぁ(笑)でもどっちにしてもこのレコーディングを最後にもう音楽ヤメちゃうとか…だから正式加入はしないみたいだね」


「……っ!……」


衝撃だった。


間違いなく今BeastRushのレコーディングに参加しているのは勝也のはず。

だがその『ベーシスト』は、これを最後に音楽を辞めるという。


「…な…なんで…どうして…」


明らかにうろたえる優奈。

その焦り様は普通ではなかった。


「ど、どうしたの…知ってる人なの?」


「い、いえ…なんでも…」


動悸が止まらない…手汗も止まらない。


『他の』事務所とは契約しないという言葉…それは優奈が立ち上げようとしていたBFR以外では弾かないという意味だ。

そしてその事務所を立ち上げる事が事実上不可能となった今、勝也がベースを弾く場所はこの世には無くなったという事になる。


(あたしのせいだ…)


それに加えて勇太が言っていた『BeastRushにはおそらく自分から連絡した』という言葉。

洋司が言っていた『ベースを弾く場所を探していた』という言葉。


この3つで意味は繋がった。


勝也はベースをヤメる前の最後の花道としてBeastRushのレコーディングに参加した。

いや、そこしか無かったのだろう。


『今はお前が見てる前で弾くことが一番の幸せだ』


復活ライブの後の勝也の言葉が頭に響いた。

見ている前でというのが無理だったとしても優奈の耳に自分の最後のベースを届けられるのはここしか無かったのだ。


移動中の車内、しかもマネージャーもいる場所で声を上げて泣きだす訳にはいかない。

だが必死に気持ちを押し殺しながらも溢れ出る涙は止められなかった。

窓の外を見ているフリをしながら必死に耐え続ける優奈。


あの時もそうだった。


康太事件の時…勝也がブランカを脱退するという騒動にまで発展した時も事の発端は優奈だった。

そして今回も…


自分はいつも勝也に迷惑ばかりかけてきた。

自分が現れたばっかりに学校内でブランカのメンバーであることを公表させてしまい、そしてその騒動後にも事あるごとに勝也の音楽生活を脅かすような事件を起こし、今こうして離れてしまった後でさえ彼の居場所を無くしかけてしまっている。

なのに自分はのうのうと芸能界へ進み、みんなにチヤホヤされて華やかな世界にいる。


今更ながら自分に腹が立ち、自己嫌悪が止まらなかった。


夏休みの予定はほぼ撮影で埋まっている。

この先の事を考え1日だけ、いや半日でもいいから実家に戻る時間は取れないかとマネージャーに頼んでみると、撮影や取材の予定を色々入れ替えてギリギリ1日だけ休みを取ってくれた。


その日の朝、目覚めるとすぐに用意をして地元に向かう。

その足は真っ直ぐ実家には向いていなかった。


電車を乗り継いでとある駅に下りると、そのまま一軒のセレクトショップへと入る。


「…ご無沙汰してます」


「はい?…え…ゆ、優奈ぁ?!」


マスクとサングラスで変装していたものの涼子にはすぐに見破られた。


「ちょっ…ちょっとちょっと、とりあえず奥!」


バックヤードへ強制的に連行される。


「なにやってんのよ!あんたがこの辺ウロウロしてたら大騒ぎになるに決まってんでしょぉ?!」


「どうしても涼ちゃんに会いたくて…」


「電話くれたら出てくのに…ったく相変わらずだねぇ」

「…ごめんなさい」


「で、どうしたの。今日はオフ?」


「はい。あの時電話なんかでヤメる事伝えちゃったっきりだったから謝りに…」

「別にそんな事気にしなくていいよ。それより頑張ってるじゃん芸能人」


「…いえ…」


優奈は敬語だった。


ずっと涼子やみぃ、紗季と話す時には使わなかった敬語。

だが涼子もそれを受け入れている。

その態度に見えない壁を感じていた優奈。


「…みんな元気ですか?」

「うん、相変わらずだよ」


「…そうですか…良かった」


「もうみんな動き出しちゃったからね、あんまり会う事もなくなったけど」


「…みんな頑張ってるんですね」

「Banはツアー出ちゃってるしJunとKouは遠征行ってる。平蔵はスタジオに缶詰め状態だって。Syouもちゃんとガイドボーカルやってるよ」


「そうですか…」


みんなの近況は聞けた。

だがそこに一番聞きたかった名前は出てこなかった。


「……あの……勝……」


「優奈」


勝也の名前を出そうとした瞬間に涼子に止められた。

ビクッとして涼子の目を見ると


「もう忘れな」


「…えっ?」


みさと同じ言葉…そしてみさと同じく、あれほど応援してくれていた涼子の口から出たとは思えない言葉だった。


「でも…」


「もう別れたんでしょ?これ以上はあんたのためにならないよ」

「でもあたしは…」


「あいつの事を聞きに来たんだろうけど教えない。どんな事があってどんな状況だったか優奈には言わない。それがあいつとの約束でもあるし…言える内容でもないしね」


「…え…」


涼子は『勝也』という名前さえ口に出さなかった。

そして優奈が知りたかった情報は何一つ教えないと言い切られた。

自分が思っていた以上に、自分がいなくなった後の状況はヒドいモノだったようだ。


「…そう…ですよね」


「あんたはあんたの選んだ道で頑張りな。ごめん、あたしこれからちょっと出ないといけないから…ごめんね?」


用事があるという涼子に追い返されるようにalesisを出る。


話してはくれたものの敬語を咎められることもなく、そして笑顔ではあったが目は笑っていなかったように思う。


「もうこの街にあたしの居場所は無いんだ…」


親友達ともあれ以来話していない。

涼子達とも距離が生まれてしまった。

トボトボと重い足取りで実家へ向かう優奈。


実家近くのバス停から歩き始めたが今でも足は勝手にアパートへ向いてしまう。

そして気づけばあの部屋が見える曲がり角にいたのだが


「…えっ?!」


なんとあの2人のアパートの部屋の電気が点いている。

それを見た瞬間に優奈の足は走り出していた。


全速力で階段を駆け上がると勢いよく玄関を開け


「…勝也ぁっっ?!?!」


大きな声で名前を叫ぶと


「わぁっっ!!…びっ…びっくりしたぁぁ…」


「え?…あっ…叔母…さん…」

「あら…優奈ちゃんっ?!」


部屋にいたのは勝也ではなくここの大家である叔母だった。


「ど…どうして…」

「空気の入れ替えに来たのよ。ずっと閉めっぱなしだとカビとか生えちゃうから」


「あ……そうでしたか…」


「あなたこそこんなトコで何してるの。東京に行っちゃったんでしょ?」

「え…あ、今日はちょっとだけオフ貰って…」

「そうなんだ。見てるわよ、テレビ♪」


「…あ…ありがとうございます…」


それからしばらく沈黙が続いた。

玄関に立ち尽くしたままの優奈と向かい合った叔母は


「少し上がる?」


「え…いいんですか」

「元々はあなた達の部屋でしょ」


「…お邪魔します…」


先日一人で来て以来の部屋。

換気の為に全ての窓を開けているもののあの大好きな匂いのままだった。


2人で向かい合って座る。

そしてジッと優奈を見つめる叔母の口から


「ねぇ優奈ちゃん。…ここの荷物どうするの?」


「え?」

「もうこの部屋にあるのはほとんどあなたのモノばかりでしょ」

「あ…はい…」


「運び出すなら業者さん手配出来るけど」

「あの…もうこの部屋は……」


「今はまだ勝也の部屋だよ、家賃も貰ってる」


「あ、だったら…」

「あなたの荷物が無くなったら解約してくれって」


「…えっ…」


「だから鍵もあたしが預かってるの」


「この部屋を……解約……」


優奈の目から一気に涙があふれ出た。


あれほどこだわったこの部屋を…2人の想い出がいっぱい詰まったこの部屋を、優奈の荷物が無くなれば解約するという。


叔母の前で号泣する優奈。

勝也の想いもこの街にある最後の居場所も断たれた気持ちだったからだ。


しばらく泣き続ける優奈をジッと見つめたまま待つ叔母。

そしてようやく泣き止んだ頃


「…もうこの部屋は次の人決まってるんですか?」


「ううん、だっていつになるかわからなかったから…」


「だったら…解約した後あたしに貸してもらえませんか」

「え?」


「もちろん家賃も今までみたいに安くじゃなくちゃんと正規の金額で払います。電気もガスも水道もあたしの口座に切り替えます。継続じゃなくてちゃんとイチから全部手続きします。…だからこの部屋をあたしに貸してください」


「でもあなたはもう東京に…」


「…イヤなんです…この部屋が無くなるのが…。他の人が住むのもイヤなんです。ここはあたしと勝也の想い出がいっぱい詰まった部屋だから…」


「そうは言ってもねぇ」


「ちゃんと住みます。仕事が続くときは東京に泊まることもあるけど…借りるだけ借りてほったらかしなんて事はしません。…だからお願いします…」


叔母に頭を下げる。

その姿から真剣な願いだという事は伝わってくるが


「勝也が何て言うか…」


「え?」


「そのままあなたに貸すのはいくらなんでも…勝也に聞いてみてからでもいい?」


「聞くって…連絡取れるんですかっ?!?!」


テーブルを乗り越えんばかりの勢いで身を乗り出す優奈。

その勢いに押されながら


「そっ…そりゃぁ一応取れるけど」


「教えてください!どうすれば勝也に…」


すると少し真剣な目つきになり


「ごめん優奈ちゃん…それは出来ないな。今回の経緯は一応聞いたよ、今までのあなた達も見て来たし応援もしてきたつもり。その上で勝也のあんな姿見たら…」


「…あんな…姿…」


涼子も言っていた。

そして学校で蘭も言っていた。


勝也はどんな状況だったのだろう…。


泣き崩れてボロボロだった自分は分かる。

だがあの後の勝也がどういう状況だったのかは誰も教えてくれない。


結局ちゃんと勝也に確認を取り、そしてそれを優奈に伝えるまでは誰にも貸さないと約束してくれた叔母。

それから2人で換気が終わった窓を閉めて部屋を出るのだが


「あの…あたしが持ってる合カギは…」


「荷物もあるんだから今はまだ持ってていいよ」


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