146 芸能界 ②
父と母の頭の中には
『もう無理だろう』
そんな言葉が浮かんでいた。
我が娘とはいえ…いや、今までの優奈を見てきたからこそ勝也がいなくなったりすれば正気でいられるはずがない。
このまま引き返す方がいいのだろうか…そんな思いもありながら車は東京へと到着した。
それまでずっと号泣していた優奈だったが、車が止まると
「…ありがとう」
呟くような小さな声で言うと車のドアを開ける。
「大丈夫か?」
そう問いかけるのが精一杯の父だったが
「お父さん…お母さん…もし家の近くで勝也に会う事があったら伝えて。あたしは別れたなんて思ってない、勝也が言う通り精一杯頑張ってくる。でも…ちゃんと会って話すまでは勝也の彼女で居続けるって…」
優奈は決心したようだ。
ここまでなるとは思っていなかったとはいえ自分が選んだ道だ。
ならそれはやり遂げなければいけない、と。
「あぁわかった」
「…頑張ってね」
両親は優奈を東京に残して家へと戻っていった。
それから3週間、優奈はずっと東京でレッスンに明け暮れる。
余計な事を考えないようにと指定された時間以上に没頭し、そしてInstagramやTikTokも間隔こそ開きながらも今まで通りにUPし続けた。
SNSを見ない勝也だがひょっとしたら何かのはずみで見てくれるかもしれない。
自分が頑張っている姿を少しでも伝えられるようにと懸命に作り笑顔を見せ続けた。
夏休みが目前に迫った7月中旬、苗字だけ『安東』から『安藤』に変えた優奈の出演する番組がついに公式発表された。
数万人いる優奈のフォロワー達は大騒ぎになり、それはネット上でも拡散し日本全国に知られるところとなった。
この番組だけ頑張ってその後は絶対に勝也の所へ戻るんだと必死になっていた優奈の想いとは裏腹に、優奈のSNSは爆発的に広まりフォロワーもさらに増えていく。
本来ならば喜ぶべきところだが、優奈にしてみれば『これ以上騒がないで…』と今の状況を手放しで喜べない状況になっていった。
夏休み目前になったある日、一日だけ…いや数時間だけだがフリーになる時間が出来た。
優奈の足は迷わず地元へ向かう。
いつ時間が出来てもそのまま向かえるようにと制服を持ってきていた優奈は家にも寄らずに直接学校へ足を向けた。
そして
「ゆっ…優奈ぁ!!」
「えっ?!?!」
ちょうど昼休みだった。
ソローッと扉を開けて顔を覗かせた優奈に気づくとあっという間にみんなに囲まれる。
「どうしたのぉ!!」
「ちょっとだけ時間出来たから…」
「びっくりするじゃん!前もって言ってよぉ!」
「ごめんごめん」
今までと同じように迎えてくれた友人達。
「すっげぇな、ホントに発表されたなぁ」
「番宣で優奈見た時は鳥肌立ったぞ」
「Yahooニュースにも出てた」
「あは…は…」
「なんかもう別世界の人間みたいに思えたもんなぁ」
そんな中蘭とも目が合い
「元気そうじゃん」
「…あ…うん、なんとかやってる」
一通り騒ぎ終わるとようやく優奈が問いかける。
「あの…さ………勝也は?」
その名前を聞くと一瞬にして辺りがシーンとなった。
そして今まで騒いでいた親友たちが一斉に目を反らしたのが分かった。
「……?」
勝也の席には誰も座っていない。
カバンも無く来ている気配もなかった。
「え…えっと…あ、今日は休みだったかな」
「…え?」
「そ、そうそう!確か今日はたまたま…」
みんな明らかに動揺し明らかに何かを隠している。
「たまたま…休みなの?」
優奈が直接学校へやってきた理由、それは紛れもなく勝也に会うためだ。
あれ以来電話も出てくれずもちろんLINEも返ってこない。
父と母に伝えるように頼んだあの言葉も当然LINEでも送ったのだが既読さえつかない。
学校に来れば勝也に会えると思って真っすぐに向かって来たのだが…
「優奈が来れるのって今日だけ?」
「え…あ、あぁ…うん。多分このまま夏休みに入っちゃうと思う」
「そっかぁ、今日はこのままいられるの?」
「ごめん、1~2時間ぐらいしか…」
「忙しいんだねぇ」
「ねぇ…勝也学校には来てるの?」
「え?…えっと…う、うん…」
歯切れの悪い言葉と話題をすり替えようとする態度に徐々に不安になる優奈。
すると
「ねぇ、もう隠すの無理なんじゃない?」
たまりかねたように蘭が口を開く。
「ちょ…ちょっと蘭!」
「お前それはちょっと…」
「隠すって…何を?」
辺りが完全に気まずい空気になる。
「だって仕方ないじゃん、いつかわかっちゃう事だしさ。だったらやっぱちゃんと言った方が…」
周りの友人達も観念したかのようにため息をつきながら下を向いた。
「ねぇ…どうしたの?何があったの?…お願いだから教えてよ…」
するとしばらくして
「勝也は……もうここにはいないんだよ」
「……え??」
蘭の言っている意味がまったく分からない。
「…どういう…事?」
「勝也がBeastRushの誘いを断った時に出された条件覚えてる?」
「条件って…次のシングルで弾いてくれって…」
「うん」
「まさか…」
「あいつ………アメリカ行ったよ」
頭を殴られたほどの衝撃を受けた。
何も知らなかった。
何も聞かされていなかった。
自分がいない間に勝也が日本を離れていたなどと…。
一瞬にして目に涙を溜めると
「…いつ?」
「先週の飛行機で」
「…学校は?」
「ホントは退学届を出したんだけど…優奈の例があったとこだったから学校側がアンタと同じように公欠にするって。ヤメるかどうかは帰ってきてから決めればいいって」
「退学?!」
「それでも勝也はこのままヤメるって言い張ったらしいんだけど…学校も優奈と同じ扱いにしないと不公平だからって感じじゃないのかな…」
「…一人で行ったの?」
「一応みんなで駅までは見送りに行ったけど」
「…え?」
「あいつ何にも話さなかったよ。最後に俺達に『ありがとな』ってだけ」
「僕には…その前に『今まで』って言葉がついてたとしか思えなかった」
「…今まで……?」
優奈の目からはボロボロと涙が零れ落ちている。
あの別れの電話で自分が聞いたのと同じ言葉だったからだ。
自分の知らない所でそんな大事な決断をし、自分以外のみんなに見送られて日本を離れた勝也。
なぜ自分には教えてくれなかったのか…
いくら今は離れているとはいえなぜ自分だけ…
そんなやるせなさが頭に渦巻いていた。
「どうしてあたしには…」
するとその言葉を遮るように
「言う必要ある?」
「…え?」
驚いて蘭の顔を見る。
その目は明らかにギロッと睨んだ鋭いモノだった。
「あんたもう勝也と別れたんでしょ?」
「あたしはそう思ってない!…あたしはまだ…」
「それが無神経すぎるっつってんの!!」
「…っ!!」
大きな声で怒鳴られた。
だがみんなそれを黙って聞いていた。
「確かに別れようとは言われたけど…あたしは…」
「アイツが言った本当の意味まで分からないんだ」
「…本当の…意味?」
「あんたが急にいなくなった後の勝也、見てられなかった。元気づけようと思ってみんなで遊びに誘っても当然来ないし…多分何も食べてなかったんじゃない?」
「……っ………」
「…BeastRushには自分から連絡したんじゃないかな。こんなにタイミング良くレコーディングが始まる訳ないだろうし…」
「あいつ…ベース弾く場所を必死で探してたんだろうな」
聞けば聞くほど優奈の涙は止まることなく流れ落ちていく。
そして
「優奈ぁ…もう勝也の事は忘れな?」
「……え?!」
今まであれだけ応援してくれていたみさの口から出たとは思えない驚きの言葉だった。
「そうだよ、お前はもう俺達とは住む世界が違うんだ。それに芸能界にいたらもっと優しくてカッコいいヤツだってゴロゴロいるだろうし…」
「そうだよ、もっとアンタに似合う男が見つか…」
「やめてよっ!!あたしは勝也じゃないとダメなの!そんなのみんなだって分かって…」
「その勝也を捨ててったのは誰なのよ!!」
蘭の怒鳴り声で教室内がシーンとなった。
自分は勝也を捨てていった…そう思われていた。
「…そんな…勝也を捨てるなんて……」
「自分ではそう思ってなくてもあんたがやったのはそういう事だよ」
視界が歪んでいくような感覚に陥る。
勝也に別れを切り出されてからも諦めてはいなかった。
あれからずっと連絡が取れない中でも、それでも勝也の隣に戻る事だけを考えていた。
だが実際は優奈が勝也よりも芸能界を選んだのだというのが周知の事実だった。
「…ごめん……帰る……」
それだけ言うのが精いっぱいだった。
やはり自分の選んだ道は間違いだった。
この世で一番大事な人と大事な仲間を失った。
学校を出るとそのままタクシーを止めて乗り込む。
向かった先は…
タクシーを降りて目の前にある階段を上り、目の前にある扉の鍵を開けた。
最後にこのアパートに入ったのは優奈が東京に出たその日だ。
扉を開けただけでまた涙が溢れる。
そして慣れ親しんだ匂いを感じながら玄関へと入った。
目の前にある寝室のドアを開ける。
布団は畳まれ綺麗に整頓されていた。
もちろん勝也のkillerは無い。
クローゼットを開けると、ハンガーに吊ってあった服もチェストに入っていた下着も何もかも勝也の分だけが無くなっていた。
優奈の頬には涙がずっと流れている。
寝室を出てリビングへ入る。
優奈の私物や2人で買ってきた物はそのまま置かれていて、この部屋はあまり変化が無いように見えた。
だがそのテーブルの上には…
あのお揃いのネックレスと、蓋の開いたペアリング用のジュエリーケースに勝也の分の指輪が一つだけ収まっている。
それを見て号泣し続ける優奈。
東京に戻る時間が来た。
YUNAと彫られたネックレスとジュエリーケースを大事にカバンに入れるとフラフラした足取りでアパートを出る。
そして放心状態のまま、また東京へと戻っていった。




