145 芸能界 ①
ある日の学校帰り
「女優って…誰が?」
「だからあたしが…」
元々芸能プロダクションに在籍していた優奈。
タレントリストにも名前は無く、活動もしていない『所属』だけの存在ではあった。
今までこれといった活動など何もなく本人でさえもその事実を忘れかけていたのだがTikTokでフォロワーが数万人超えという圧倒的な人気と知名度にプロダクション側と番組サイドからのオファーが一致したようだ。
「やんの?」
「それなんだけど…」
勝也と知り合う前の事ではあるが、元々は両親の反対を押し切り相当ゴネてプロダクション所属を勝ち取っただけに『何か一つだけでもカタチとして残す』という約束を両親としていた。
今となっては勝也中心の生活となり自分自身の芸能界への熱というのはほぼ冷めてはいたのだが
「やっぱりワガママ聞いてくれた両親に対してケジメっていうか…」
「そぉなんだ」
「…どう思う?」
それから勝也は口を開かなくなった。
優奈にしてみればしばらく会えなくなる事が一番のネックだと思っていた。
だがその期間さえ耐えきればもうこの一回で芸能界は終わろうとも考えていた。
今日は2人ともバイトの日。
同じ電車に揺られて同じ駅で降り、それぞれのバイト先へと向かうために別れた。
終わる時間は優奈の方が早く、先に帰って夕飯の支度をしている。
そろそろ勝也のバイトが終わる頃だと時計を見ているとスマホが鳴った。
「あれ…もしもし?」
「あぁ、俺」
「どうしたの電話なんて…遅くなるの?」
「それもあるけど」
「何よーどうしたの?」
「お前さぁ、夕方言ってた女優の話やりたいの?」
「え…なんでそんな事わざわざ電話で…」
「お前の気持ちを聞いてんだよ」
「…うん。やっぱり一度は憧れた世界だし約束だっていうのもあるし」
「そっか、わかった」
「…いいの?」
「お前が決める事だよ」
「じゃあ…やってみたい」
「わかった。じゃあ一個だけ約束してくれ」
「なぁに?」
「絶対に『何があっても』中途半端だけはするな。やると言った以上は最後までやり切れ。途中で投げ出したりなんかするなよ?」
「うん♪そんな事したら絶対勝也に怒られるの分かってるし、それに…今まで一番近くで勝也を見て来たもん、途中で投げ出したりなんかしないよ」
「いつから始まんの?」
「あたしの返事待ちみたいだからとりあえず事務所に連絡してOKの返事してそれから詳しい事聞く感じ」
「今日はちょっと遅くなる。帰れないかもしれないからお前はもう家に帰っとけ。両親ともちゃんと話して前に進めてけよ」
「え、そうなんだ…うんわかった。勝也ありがとね」
「…頑張ってな」
そういうと電話を切った。
だが優奈は気づいていなかった…
勝也の声がいつもと違う事や今日は帰れないという本当の意味が。
言われた通りに実家に戻り、両親に勝也の許可を得た事を伝える。
「…え?」
「だから勝也はやってもいいって」
「本当に?」
「うん…なんで?」
顔を見合わせる両親。
だがその意味にも優奈は気づいていなかった。
そのまま両親の目の前で所属事務所に連絡し、この話を受けることを正式に伝えた。
「本当にいいんだな、もう引き返せないぞ」
「何?そんな深刻な顔してぇ…1回やってみるだけだってば(笑)。お父さんたちとの約束でもあるし1度は目指した世界だから」
「勝也君に何て言われたんだっけ」
「…え?」
「最後までやり切れ、途中で投げ出すな。だったよな?」
「えっと…それは今回の仕事の事で…」
「ちゃんと『今回は』ってそう言われた?」
「え…だって…」
「まぁしっかり話し合う必要はあるだろうが、とにかくさっきも言ったようにもう後戻りは出来ないんだ。それが自分の選んだ道だって言う事だけは忘れないようにな」
いくつもの気になる言葉を残して両親は部屋へと戻っていった。
優奈にはまだ事の深刻さは分かっていない。
なぜ両親はあんなことを言ったのか。
(勝也はいいって言ってくれた。だからちゃんと待っていてくれる)
そこだけは揺るぎない自信を持っていたのに…
その日の夜遅くに事務所からのメールが入った。
早急に東京へ出てくる事。
学校はしばらく休む事になるためその届けを出す事。
そしてスキャンダル的な事を避けるため身辺整理をキチンとする事などが書かれていた。
その後に優奈が出演する事になる番組の内容が書かれていた。
それは10代20代女性に絶大な人気を誇るシリーズ物のタイトルだ。
「…えっ?」
興味本位や試しに程度で済む話ではない。
優奈ももちろん知っているあの超有名番組へのオファーだった。
しかもそれは番組内で恋愛するために男女が集まると言った内容で
「…ウソ…」
学校へ行けなくなる。
東京へ移ることになる。
そして企画事とはいえ他の男と恋愛をする事が目的の番組へと出演する。
すべてが想定外である。
「ちょ…ちょっと…これはさすがに…」
慌てて事務所の担当者に連絡するが、もう番組サイドへも出演を伝えてあり今から断ることは出来ないの一点張りだ。
両親を叩き起こしその内容を伝えるも
「だからあれほど言ったんだ、もう引き返せないんだぞって」
「あなたまさか…勝也君に待っててもらってアルバイトみたいな感覚で少しだけやってみようなんて思ってたんじゃないでしょうね」
「…え…」
「やっと分かったか、彼の言う『途中で投げ出すな』の意味が」
「…そんな……」
それから急いで勝也に電話をかけてみるも全く繋がらず、結局一睡もできないまま朝を迎えた。
朝になるとまた事務所から連絡があり、今日中に学校へ届けを出して夜には打ち合わせ等のため東京に出てくるように言われた。
そこでもお願いしてみたもののもう出演は決定したという返事だった。
学校へは後から両親も来る事になり優奈は一足先に家を出るのだが、朝のドタバタのせいで弁当どころの騒ぎではない。
急いで制服に着替えるとダッシュでアパートへ向かった。
カギを開けて中に入るも昨日の夜に作っておいた夕飯までそのまま置いてある。
「…なんでいないの?」
ふと思い出した。
(帰れないかもしれない…)
「なんでこんな時に…」
勝也に電話をかけても繋がるどころか圏外になっていた。
急いでアパートを出ると学校へ向かう。
学校にさえ行けば勝也に会えるはず。
その望みだけを頼りに登校するが、一人で登校してきた優奈に対し
「おはよー♪あれ勝也は?」
「…え…」
勝也は来ていなかった。
その反応を不思議に思った友人達。
「なんかあったの?」
「えっと…実は…」
「ええええええええ~~~~~~~っっっっっ!!!!!!!!」
「ちょ…テレビって…」
「あれに出んのぉぉぉ?!?!優奈がぁぁ?!?!」
「すっげぇぇぇ!!!!」
「マ…マジかよぉぉ!!いきなり全国区じゃんっっ!!」
「でもあれって恋愛するヤツじゃ…」
「…あ……」
その場がシーンとした。
自分たちの仲間がテレビに、しかもあんな有名な番組に出るという驚きから騒然としていたもののその内容を考えてみれば…。
するとその静寂の中
「勝也はなんて言ってんの?」
蘭の言葉に全員が息を呑んだ。
公にわざわざ出演者の中から男を選んで恋愛をするような番組である。
昨日の勝也の反応を伝えるとみんなの顔色が変わり
「それって……」
「…大丈夫なの?」
「………」
「でもまだ勝也は内容知らないんじゃ…」
「だからマズいんでしょ。それにその勝也の言い方って…」
「あぁ…ちょっとな……」
「……え?」
やはり気づいていないのは優奈だけである。
母の言う通り勝也には少しの間だけ待ってもらってこの仕事『だけ』をやろうと安易に考えていた。
だがその一連の流れを聞いて目つきを変えた蘭が
「じゃあ勝也の事はもういいって事だよね?」
「えっ?!…そ、そんな訳…」
「実際今ここに勝也がいないって事がその答えでしょ。あいつ…アンタの前から消えるつもりだよ」
「……えっ?」
みんな蘭に注目する。
だが考えている事はみんななんとなく分かっていた。
「学校休むっていつから?」
「…明日…」
「急なんだね」
「今朝言われて今夜には東京に来いって…」
「じゃあ勝也には?」
「でも逢わずに行くなんて…」
「あいつどこにいんだよ…」
するとそこへ校内放送が
「3年2組安東優奈さん、職員室までお越しください」
「…あ……」
「まだ今日から行く事伝えてないんでしょ?もし勝也が来たら言っとくから」
「…う…うん……」
重い足取りのまま職員室へ向かう。
職員室へ行くと両親が来ていた。
それから応接室へ案内され校長と担任と話をした。
本校の現役女子高生が全国ネットのテレビに出演するとあって、学校側は特例として休学扱いではなく公欠扱いにしてくれるという。
つまり卒業への障害となる出席日数には影響しないという事だ。
笑顔で見送られ、そのまま教室へ戻らずに父の運転する車に乗り込んだ。
「勝也君とは会えたのか」
その言葉に黙って首を横に振る。
「まだ夜までは時間あるから…」
そんな母の言葉も気休めにしかならなかった。
あれ以来何度も何度も勝也に電話をかけてはいるが一度も繋がらない。
LINEでも今決まっているこれからの状況や『話したい』と送ってはいるが既読もつかない。帰り道、父に頼んでアパートに寄ってもらったものの朝と同じ状況だった。
家に戻りとりあえずの用意をする。
家を出るというほどの本格的な『引っ越し』ではなく事務所が用意する部屋に泊まり込む事になるという。
撮影開始までのレッスンの間ずっと休み無しのようだが24時間フル稼働という事も無いだろう。
そして撮影が始まってしまえばたまにはオフもあるかもしれない。
まだ手探りの状態ながらとにかく勝也と話したいという想いだけが優奈の手を遅くする。
合間合間に何度かけてみてもやはり勝也は出なかった。
ついに優奈が家を出る時間になった。
結局勝也に何も言えないまま目に涙を溜めながら車に乗り込む。
最後にもう一度アパートの前を通ってもらったがやはり電気は点いていない。
もうどこかへ連行されるのかという程に落ち込んだ顔をしている優奈。
東京へ向かう車がこれほど重い空気に包まれるのも初めてだ。
そして半分ほどまで来た頃…優奈の電話が鳴った。
着信画面に表示された名前を見ただけで涙は溢れ、通話ボタンを押した途端に勢いよく話し出す。
「今ドコにいるのっ!!ずっと…ずっとかけてたのに…」
だがその電話の向こうは静かで…そしてしばらくの沈黙の後
「ごめん…今日行くんだってな」
「…う、うん…急でごめんなさい…。今どこ?」
優奈の問いかけには答えず
「頑張れよ、応援してるから」
「…どこにいるの…なんで教えてくれないの?」
それからまたしばらく沈黙が続く。
父も母も無言のまま、車内に優奈の声だけが響く中
「これからお前は芸能人になんだぞ。しかも全国区の番組なんだって?一気に人気者じゃん」
「…そ…そんなつもりじゃ……」
「なのに最初からバレちゃいけないスキャンダル持ってちゃダメだよ」
「…えっ?」
イヤな予感がした。
頭の中がグルグル回りだした。
そして優奈が否定しようとしたよりもホンの一瞬早く
「…別れよう」
「…っっ!!!!!!」
ずっと考えないようにしていた最悪の言葉だった。
「イ…イヤだ…それだけは絶対に嫌だ。あたしは何があっても絶対に別れないって今まで何度も…」
「状況が違うだろ。お前が踏み込む世界は彼氏なんかいちゃいけないんだよ」
「だったらそんなのヤメる!勝也と別れるぐらいなら芸能界なんて…」
「優奈!!」
今まで静かに話していた勝也に怒鳴られ、我に返った。
「約束したよな?『何があっても』中途半端はしない。途中で投げ出したりしないって」
「だってそれは…勝也がいるから…」
「『何があっても』…だぞ」
「だからって…どうして別れなきゃいけないの……?」
もう優奈の涙腺は崩壊しボロボロと涙が溢れだしている。
両親も会話の内容は当然理解していた。
優奈がここまでの事を想定していなかったのは分かっている。
そして勝也がここまでの事を想定していたのも分かっていた。
「ずっと応援してるよ。今までお前がそうしてくれたように今度は俺がお前を応援する」
「イヤだ…絶対イヤだ…そんな言葉聞きたくない……」
「傍にはいてやれないけどずっと見守ってるから」
「お願い勝也………お願いだから切らないで…」
「お前の彼氏でいられて幸せだったよ…今までありがとな」
「イヤだぁぁぁぁぁぁっっ!!!!!!!!」
優奈の絶叫と同時に、その電話は切れた。




