144 一人
あれほどの暴言を浴びせたにもかかわらず、あの勝也達のグループと仲がいいと知るや手の平を返したように晋平に近づき始める美咲や森川達。
だが当然晋平がそれを受け入れるはずもなく、逆に樹生や春といった1年生の中でも優奈達と近い存在のグループから声をかけられるようになっていった。
美咲の落胆は相当なもので、しかも晋平に対して取った態度の噂が流れると徐々に誰からも相手にされないようになっていったのだった。
「優奈先輩のオリジナル香水って知らずに叩き割っちゃったんだって」
「ま、性格悪いヤツの手には入らないようになってるって事だね」
「もったいなぁ~…一滴でいいから欲しかった(泣)」
それと同時に耕平が組もうとしているバンドに誘われているという事も知れ始める。
そうなってくると徐々に晋平の周りにも人が集まり始めるのだが…
「いや、だからホントに無理だって…」
「なんでだよ、あの耕平先輩から誘われてんだからやってみればいいじゃん」
「そぉだよ、こんなチャンス二度とないかも知れないぞ?」
「だって…」
未だに勇気の湧かない晋平。
勝也や優奈と接点が生まれた生徒はほぼもれなく学校生活が変わってしまう。いつしかそんな空気になっていた。
ある金曜日の朝、一人で教室へ入ってきた勝也。
「おは……あれ、優奈は?」
「ん、今日休み」
「へー、どしたの」
「法事だってさ」
「そういうのって普通は土日とかにやるもんじゃないの?」
「何回忌とかの大きなヤツで結構親戚中集まるみたい」
「で、置いてかれたんだ(笑)」
「俺は親戚じゃねぇし」
「よくあの子が勝也置いてったね」
「最後の最後まで親に『どうしても自分も行かなきゃいけない?』とかゴネて、しまいに怒られてようやく行きやがったよ」
「…想像つくかも(笑)」
考えてみれば優奈が学校を休むというのも珍しい話で、勝也が来ているのに優奈がいないというのは友人達から見ても多少違和感があった。
「いつまで独身?」
「日曜日に帰って来るとか言ってたな」
「じゃあそれまで羽根伸ばし放題じゃん」
「勝也とあんたを一緒にするなって」
「じゃあご飯とか一人で作って一人で食べなきゃいけないんだぁ」
「あのな、優奈と付き合うまでは全部1人でやってたんだぞ?人を何にも出来ねぇヤツみたいに…」
「でも今は全部優奈に頼りっきりじゃん」
「…う……」
「なんか作りに行ったげよっかぁ」
蘭の言葉で辺りが沈黙になった。
「ちょ…ちょっと冗談だってば……」
「びっくりしたぁ…蘭が言ったら冗談に聞こえないじゃん」
「なんでよ」
「そりゃぁドキッとするじゃねぇかよ」
「蘭が来てくれるなら勝也だってさすがに…」
「バ…バカじゃないの?ホントにそんな事したら優奈に一瞬で呪い殺されるよ!」
思えば優奈のいない週末などいつ振りだろう。
ケンカの最中で会わないことは何度かあったものの優奈が用事でいないというのはほとんど記憶にないかもしれない。
いつものように休み時間は机に伏せて寝ている。
だがその隣の席に優奈はいない。
そして昼休み
「あれ、お弁当はあるんだ。自分で作ったの?」
「朝起きたらテーブルに置いてあった」
「朝…優奈っていつ行ったの?」
「今朝。だいぶ早くに出るって言ってたけど」
「それでお弁当って…何時に起きてんのよあの子」
弁当を作り、アパートに届ける時間を考えれば相当早くに起きたのだろう。
周りの友人たちに言われれば言われるほど優奈がどれほどの事をしてくれているのかに気づいてくる。
一人でその弁当を食べながら少し寂しさも感じ始めていた。
優奈からはLINEで連絡は来ている。
今どこに着いたとかこれからこんな予定だといった内容から、アパートの鍵は閉めたか?弁当は食べたか?といった事まで。
その合間に自分が今いる場所の写メが送られて来るのだが、当然とはいえそこに撮影者である優奈本人が写っていない事が少し残念だった。
今日は金曜日だが優奈がいないという事もあって居酒屋のバイトを入れていた。
放課後になり康太達が遊びに誘ってくれたがバイトを理由に断り一人で駅へ向かう。
「あれ?松下先輩が一人で帰ってる…」
「ホントだ、安東先輩どうしたんだろ」
今や勝也が一人で歩いているというだけで珍しい光景になっているようだ。
バイトを終え特にどこに寄る事もなくアパートへ向かった。
それがいつものルーティーンだからなのだが、家へ着くと
「そっか、晩メシ自分で作らなきゃ」
アパートに戻っても優奈はいないという事は認識していたが夕飯の準備の事はすっかり忘れていた。
「メンドくせぇなぁ、なんかないかなぁ」
ブツブツ言いながら冷蔵庫を開けて見るとラップをした皿とタッパが目に入る。
「ん?」
出してみるとラップの方にはご飯、そしてタッパには並々と大好きなカレーが入っていた。
「作ってってくれたんだ…」
カレーを鍋に移して温め、ご飯もレンジでチンして一人で食べる。
一応テレビもついてはいるものの、珍しくスマホを色々イジってみたりしながらの夕食。
今日優奈からきたLINEや写メを見返してみる。
夜は親戚中が集まっての晩餐だと書いてあったためこっちから電話をかけるのは遠慮していたところへ、夕飯が懐石料理のような和食で自分もカレーの方が良かったなどという愚痴のLINEも届く。
あんまり長文にならないように返事を返しながらも『同年代ぐらいのイトコ(男)も数人いる』という言葉で少しイラッとしてしまった。
食後の片づけをした後ベースを弾いている時だけは集中していたものの
「あ、風呂…今日はシャワーでいっか」
やはり色々目まぐるしく行動しているようで電話はかかってこない。
LINEだけが時々くる程度で、仕方なく布団に入った。
翌朝ふと目が覚めるともうお昼近かった。
スマホを確認するとどうやらマナーモードにしたままだったらしく、優奈から何度も着信とLINEが入っている。
「あちゃぁ…しまった…」
何度かけても起きない勝也に最後の方はなかなかガチギレな雰囲気のLINEが残っている。
だが今日の行動予定と時計の時間を照らし合わせてみると今は墓参りの時間のようでさすがに電話するわけにもいかず
『ごめん、音切ってた。今起きたよ~』
という返信だけしておいた。
今日は勝也も予定のない休日である。
久しぶりに一人の時間と思っていたのだが、どうやら時間をどう使えばいいのかを完全に忘れてしまっているようだ。
カレーはまだ残っている。
優奈が冷凍していたご飯を出してきてチンして朝食を済ませると、昨日脱いだ服を洗濯してみたり少し片付けなどをしてみるが時間は全然過ぎていない。
「…一人って何すりゃいいんだっけ」
この街に来た頃…一人で住んでいたあの頃の記憶がほとんど無くなっている事に気付いた。
今となっては優奈がいるのが当たり前で一人で休みを過ごすことなどほとんどない。
一人ぼっちというのがこれほど寂しいモノだとはあの頃は気づかなかった。
部屋の中を見渡せば至る所に優奈を感じる。
その存在を感じれば感じるほど寂しさが増していくばかりだった。
「…どっか行こ」
1人でいる事に孤独を感じ始めると外出着に着替えてとにかく家を出た。
どこへ行くとも考えてはいなかったのだが結局1人で行くところと言えば
「こんちは~」
「ん?おう勝也か」
いつもの島村の店を訪れる。
「なぁんか退屈だったから」
「お前ね、こう見えても一応ここ店なんだぞ?」
「分かってるよ、コーヒー飲みたい」
「大体お前らはここを喫茶店かなんかと勘違いして…優奈ちゃんはどうした」
「法事だとかでどっか行った」
「ははぁ~ん…お前もう一人じゃ何していいかわかんなくなっちゃったんだろ」
「別にそんなんじゃ…。なんか面白いベース入ってないの?」
「お、そういえば6弦が入ったぞ」
「6弦かぁ…ちょっと弾いてみてもいい?」
ここに来ればベースに囲まれて自然と時間が過ぎる。
初めて弾く6弦に悪戦苦闘しながら結局夕方近くまで島村の店にいた。
「たった2~3時間で弾きこなせるような代物じゃないはずなんだけどなぁ」
「全然弾きこなせてないよ。やっぱ俺は4弦がいーや」
「充分使えてるじゃねぇかよ。ま、killerから多弦ベースは出てないからお前が使うことは無いかもな」
「だね。でも楽しかったよ、んじゃ帰るねー」
「…結局ホントにただの暇つぶしじゃねぇか」
島村の店を出て駅へと向かっていると康太から電話が鳴った。
「どしたぁ」
「勝也ぁ!今どこにいんのー」
「○○駅だよ、帰るトコ」
「えー!マジで?俺らも今いるよー」
「…『ら』って?」
「ありさとみさと千夏と陽平」
「なんだなんだ、1年ん時の同窓会か?」
「別々だったけどバッタリだよ。勝也が1人で寂しくて泣いてるんじゃねぇかって話になってさぁ」
「ぶっ飛ばすぞてめぇら(笑)」
「はは(笑)ちょうどいいじゃん、メシ食いにいこーよ」
「おう」
駅前に到着するとあっという間に合流した。
「めずらしいじゃん、一人でブラブラしてたの?」
「楽器屋行ってただけ」
「相変わらず頭ン中はベースしかないんだねぇ」
「そういう訳じゃねぇけど」
結局駅前の居酒屋に入ると2階の窓際の座敷に腰を下ろす。
「明日の何時ごろ帰ってくるの?」
「あー、時間までは聞いてねぇや」
「そろそろ寂しくなってきたんじゃない?」
「は?まだ2日だぞ、子供じゃあるまいし」
「そこは寂しかったフリしとかないと…」
「そんな事したら図に乗るだけじゃん」
そんな話で盛り上がりつつそこそこの時間が経ったころ、勝也のスマホが鳴った。
「おー久しぶりだな。…え…うん、あぁ今みんなとメシ食ってる。康太とかみさとか…」
どうやら電話は優奈からのようで、みんなが後ろから『優奈ー♪』と声をかけていると
「は?明日って言ってなかった?…あ、そうなんだ。何時ごろ…うん…うん…っていうかお前もうちょっと早く…あ、そっか。…ったく、んじゃもうちょっとしたら帰るよ。あ、お前メシは?…うんわかった。んじゃな」
そう言って電話を切った勝也。
「今日帰ってくるって?」
「あぁ、なんか明日まで居なくてもよくなったみたい。ったくメンドくせぇ…」
「何がメンドくさいの(笑)」
「明日まで一人でゆっくり出来ると思ったのによぉ…って訳で俺帰るわ」
「なんだよ、もう帰んの?」
「別にいーんだけどよ、帰ってきていなかったらまたギャーギャー言いそうだし」
「はいはい。ちゃんと出迎えて『おかえり』って言ってあげな」
「あーメンドくせ…」
財布から五千円札を出し
「足りなかったら月曜日に渡すわ」
「余るよバカ」
一人店を出た勝也。
2階の窓際に座っていたみんなから見えるとは気づいておらず
「あ~ぁ…猛ダッシュじゃん(笑)」
駅まで全速力で走っていく勝也の姿をみんなで見ながら暖かい気持ちになる。
「なんだかんだ言って一刻も早く逢いたいクセによ」
「あんなに想い合えるっていいなぁ…」
「もう今じゃどっちの方が夢中なのかわかんねぇな」
「そりゃそうでしょ、ウチらには想像つかない程色んな苦労2人で乗り越えて来たんだから」
電車に飛び乗りアパートへ向かう。
同乗していた叔母のマシンガントークに付き合わされてなかなか電話が出来なかったらしく、優奈が伝えてきた到着予想の時間はもうすぐだった。
部屋に入って服を着替えた辺りで階段を駆け上がってくる音が聞こえたかと思うと、玄関を開ける大きな音と共に
「たっだいまー!!」
靴を蹴り飛ばして脱ぎ、持っていた大きな袋を放り投げてそのまま飛び掛かるように抱きついてきた。
「おかえり」
「逢いたかったぁぁ~!」
言葉には出さなかったものの勝也も同じ想いだった。
抱きついたまま顔を見上げ色々話し始める優奈。
その話を見つめ合ったまま聞いていたが
「とりあえず座らねぇ?」
「え~…」
渋々ようやく一旦離れた。
それからソファに座り、持って来た大きな袋の中身を出しながら
「これがあっち限定のポテチでしょー?そんでこれがいっぱい行列出来てたとこのお餅でしょー?そんで…」
楽しそうにエピソードを添えながら話す優奈の手をグッと掴み
「それ、後でゆっくり聞くわ」
そう言って抱き寄せると勝也の方から唇を重ねていく。
結構な時間重なっていた唇がようやく離れると
「なによー、ひょっとして勝也も寂しかったとか言ってくれたりして」
「…うん」
「え?」
「やっぱ…お前がいないとヤだ」
こんなにストレートな言葉を聞くのは初めてだ。
見る見るうちに目に涙を溜めると
「おみやげ話は明日ね」
そのままソファに押し倒されていく勝也だった。




