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Wondering up and down

 そこは、誰もいなくなった家。


 奇跡を求めて来ていた者も、受付の男も、金髪の男も、エルフに化けていた女を担いで逃げた少女を追って行ってしまった。誰もいないのに、静かな森にそぐわない、絵本から抜け出てきたような外観。それを見て、思わず笑ってしまった男が一人。


 乾いた苦笑だったのが、段々おかしくなってくっくっくっ、と、ランスは笑いが止まらなくなってしまった。


「賭けはセスの負けだな」


 笑いながら家に入る。もう、面影もなくなってしまった室内。奥へ入っていくが、ランスと母が住んでいた頃に使っていたものは、もはや残っていなさそうだった。


「参ったな、これは」


 そう呟きつつ、少しほっとしている自分を感じていた。()()が揃ってしまったら、また何か大きなことが起きる。自分も“惹きつけられえている者”かもしれないが、今の温い状態を悪くないと感じてしまっている。このまま何も起こらなければ――



「やっぱり帰って来たのね、ランス」



 後ろから不意に声をかけられ、驚いて振り返った。そこには、中年に差し掛かった女が一人立っていた。


「タバサ……か?」

「あんたは変わらないわね。エルフの血のお陰ね」


 セスがいたら、女に見覚えがあったかもしれない。服を求めて入った店のおかみだった。


 ため息を一つついて、女――タバサはランスに小さな箱を渡した。


「これで、義理は果たしたからね。あの騒ぎはあんたの仲間でしょう? あたしはね、あんたのお母さんに頼まれてたのよ」

「どうしてここに、それに、お袋に、何を――」



「あんたはお母さんが亡くなったら、村を出ていくけど、一度だけ帰ってくる。その時、あんたが1人じゃなかったら――()()()()()()、これを渡してくれって」



「お袋が?」

「あたしは断ったのよ。あんたのことは別に好きでも嫌いでもなかったけど、魔法使いにもエルフにも関わりたくなかった。でも、あんたのお母さんには借りがあった。両親の病気を治してくれた。だから頼まれたの。イヤになったら捨ててくれてもいいって言われて」


 ランスは小箱をじっと見つめた。中身は、見なくてもわかる気がした。


「そもそもね、あたしはこの村のバカ騒ぎもイヤだったのよ。あんたを無視して、嫌がらせして、追い出しておいて、でも魔法で治療してもらってた人たちが噂を聞いてやってきたら、それで商売を始めようだなんて。あんた、出て行ってて良かったわよ。でなきゃ鎖で繋がれて、ここで“エルフの奇跡”に使われてたわ」

「自分が死んだら、お袋はここを出ていくように言ったんだ」

「あの人は……どう言ったらいいのか……すごい人だった。気持ち悪いくらい。あんたの前で言うのは悪いけど」

「そうだな。時々、意味の分からないことを言っていた。ずっと後で、その意味が分かることもあったし」


「じゃあ、あたしは戻るわ。万が一誰かに見られてたら、村で暮らしていけなくなるから」

「分かった。元気でな」

「あんたもね。あたしはオバさんになっちゃったけど」



 数少ない、口をきくことがあった幼馴染だった。



 俺も、オジさんになりたかった。

 ランスは小箱を懐に押し込み、家を出た。一度だけ振り返って、長めの呪文を唱えた。



***



「はーい、とうちゃーく! 村長さーん、エルフの呪いの解けた娘さんを届けにきましたあ!」


 村の一番奥、塀のある大きな家の前で、シャムは女をポイ、と乱暴に降ろした。女の悲鳴を聞いて、村長と思しき老年に差し掛かった男が門から転げるように出て、地面で唸っている女に駆け寄る。


「シンシア!」

「お父さあん!」


 シンシア、と呼ばれた女は顔を涙でグシャグシャにしながら、父親である村長に抱き着く。それをドヤ顔で見ているシャムと、息を切らせているセスの周りを、村の人間と“奇跡”の巡礼者が遠巻きにしていた。


「な、なんだ貴様! シンシアに何をした!」

「追い出すほど嫌いだったんでしょ? エルフ。だから人間に戻してあげたんじゃない」

「追い出したのはハーフだ!」

「あ、追い出しちゃったんだ。そのハーフエルフも治療とかやってくれてたのに、大事にしときゃよかったのにい。アンタの不出来な息子、アタシに何か魔法かけようとしてたけど、全然効かなかったもんねえ。――それで“幸運のお守り”とかいう不確かな物を売り出したのねー」


 遠巻きにしている人混みがざわつきだす。村人は、バツの悪そうな顔をしている者が大半だった。金髪の男と、受付の男の姿が見えたが、幾人かに詰め寄られて慌てていた。



 ドン、と遠くで音がした。村の外れ、あの“家”の辺りから煙が上がっている。


「はい、“エルフの奇跡”、閉店。ご愛顧ありがとうございました! 返金手続きとかはそこのおっさんにお願いしてね!」

「ふざけるな! おい、本物のエルフだ、捕まえろ!」


 村長の声で、数人の男がシャムとセスを取り囲んだ。だが、いかにも荒事には慣れていなさそうな様子で、全員腰が引けている。

「そこで拾ったんだけど、これでいいか?」

「十分!」


 セスがどこから持ってきたのか、小振りなモップをシャムに投げてよこす。受け取った体勢から流れるようなモーションで2~3人の男をなぎ倒す。


「エルフの奇跡、(つえ)えなあ」

「まだ奇跡を見たいかしら?」



 取り囲んでいた男は全員逃げ出してしまった。代わりに、旅装束の男が必死の形相でシャムの前に転がり出る。


「エルフ様! 本物のエルフ様! 俺の、俺の女房が死病に罹ってるんだ! お願いだ、助けてくれ! いや、助けてください!」

「お願いします、私の子供が歩けないんです!」

「私の腕、動かないんです! わざわざ噂を聞いてこの村まで来たんです、何とかしてください!」


 本物の“エルフ”に奇跡を求める者たちに取り囲まれてしまった。何か言いかけたセスを制して、シャムはしゃがんで、一言一言含めるように語りかけた。




「あのね、悪いけど、エルフ(アタシ)は神様じゃないの。この姿は呪いみたいなもんなの。だから――残念だけど、アタシも呪いを解きに行かなきゃいけないの」




「そんな――」

(わり)ィな。けど、苦情はあそこの詐欺師一家に言ってくれ。あと、病気だったら山を下りて、大きな街での治療をお勧めする。多分、奇跡よりも確実だと思う」


 声を詰まらせて黙ってしまった人々を見て、苦いものが胸に広がる。シャムの視線の端に、そろそろと屋敷に逃げ込もうとする村長一家の姿が見え、力任せにモップを投げつけた。開けようとしていた扉にモップの柄が突き刺さると、ひい、と声が聞こえた。


「行こう」

「ああ。うえっ!?」


 シャムはセスを抱え上げ、助走をつけて人垣を飛び越えた。


「さすがに帰りも荷物は持てないわ。自分で走ってね」

「こないだお前に引きずられてえらい目に遭ったからな。自分で走らせてくれ」




「あいつに渡すとか、無理だと思ってたけどね……奇跡ってやつなのかしらねえ」

 夕暮れの道を駆けていく2人を、1人の女が遠くから見ていた。

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