ランニング・ハイッ
「うはー、これは想像以上だわ!」
「顔上げんなバカ、バレるだろうが」
セスとシャムがいるのは元ランスの家の前。すっかり森のメルヘンスポットと化したその建物を前に、思わず声を高くしそうになったシャムの頭をセスが押さえつける。マントを深く被って顔と髪を隠したシャムは、不承不承それに従った。
ここで、“エルフの奇跡”は行われているという。数組いる依頼者の最後列に並んで、順番を待つ。幸運のお守りとやらの代金は、一家4人が半月暮らせるほどの額だ。最初に下見をしようと思ったセスだが、手持ちが寂しくなってきたこともあり一発で“やらかす”ことに決めた。
ランスは別行動をとるので、事前に情報を聞いておいたが、シャムはあまり興味がなさそうだったので、もはや“やらかし”以外のことは考えてない気がする。
「村にさ、金髪の人間っていたか? エルフに化けるならなるべく近い方がいいじゃん」
「村長の一族が代々金髪に近かったな。目の色はどうだったか、あまり近づいたことがないからわからない。確か、娘と息子がいた気がする」
「ランスとお袋さんの他に、村で魔法を使える奴っていた?」
「その村長の息子が、街道沿いの街まで留学に出てた筈だ。もし使えるとしたらそいつだけど、あまり大きいことはできないと思う」
いよいよ2人の順番がやってきた。代わりに出てきた夫婦らしい2人連れが、木でできた小さな置物を有難そうに持っているのをチラリと見ながら中に入る。家の中も、白い色に塗られ、ステンドグラスの灯りがあちこちに飾られ、幻想的な演出となっていた。
受付の男に代金を払いながら、“奇跡”を起こしてほしい内容を聞かれる。できるだけ殊勝な態度で、セスが答える。
「妻が……呪いにかかりまして……」
「呪いですか。まずは見せていただくことはできますかな?」
頭からマントをかぶり、深くうつむいているシャムが震えている。あっダメだ、こいつ、笑いそうだ。
「姿が変わってしまったので、あまりお見せしたくないんです。中のエルフ様にだけ、見ていただくことはできるでしょうか」
笑いを必死でこらえているシャムを、受付の男はただ震えていると解釈してくれたようだ。
「伝染るものではないでしょうな?」
「私が触っても問題ありません。妻の姿だけが変わっているのです」
受付の男は困ったように奥のドアの方へ歩いて行った。ドアが開き、チラリと別の男の姿が見えた。金髪の、中年の男だ。こちらを見ながら何事か呟き、首を傾げた。
「あの、お願いします。お金が必要でしたらこれ、使ってください。何度も通っても構いません!」
セスは金貨が数枚入った袋を一瞬見せた。木を削って作った“金貨”に、ランスが簡単な幻覚魔法をかけたものだ。金髪の男は頷いたように見え、ドアは閉まった。
「仕方がありませんな。何度も通っていただくことになるかもしれませんが、まずはお守りに力を与えていただきましょう。どうぞ中へ」
とても強そうには見えない夫と、さらに小柄な少女のような妻の2人連れだ。妻の方は緊張のあまりかずっと震えが止まらないようだ。適当にあしらって、上手く何度も足を運ばせるのがいい、と奥の男は判断した。そして2人を奥の部屋に入れる。
奥の部屋の中には、テーブルの向こうに一人の女が座っていた。根元は少し濃い色の、ゴールドブロンドの長髪で、耳は長いがヴェールで顔を隠しており、目の色はよくわからない。木の葉をイメージしたようなデコレーションのついたグリーンのドレスを着ていた。
女の奥にはカーテンがかかっていて、その奥には人の気配がする。
「どう……なさいましたか?」
芝居がかった神秘的なイメージだが、少しデフォルメ感の強い喋り方だ。
「妻が呪いにかかり、姿が変わってしまったのです。エルフの奇跡で、妻を元の姿に戻していただけないでしょうか」
「どのように……変わってしまったのでしょう?」
ここでシャムが初めて口を開いた。
「あなたも……同じ呪いに……かかっているのでは……ないですか?」
女の口調をトレースしている。セスは思わず吹き出しそうになるのを慌てて押さえた。
「な……!」
「私……呪いで……こんな風になってしまいましたの!」
シャムがマントを勢いよく脱ぎ捨てた。隠すために小さくまとめていた向日葵色の長い金髪がこぼれ出る。いつもの三つ編みではないので、それは派手に広がった。
「ほら、あなたも呪いが! 姿が変わっちゃって!」
たん、と軽いジャンプでテーブルの上に乗り、逃げる隙も与えず女のヴェールをはぎ取る。ぎゅっ、と両手で女の顔を押さえた上で自分の顔を近づけ、青空色の瞳で女の目をじっと見つめる。
「目は青くないのね。じゃあ、呪いはそんなに進行してないんだ、良かったー! あっ、もしかしたら耳だって治ってるんじゃないのかしら?」
女の両耳の先をつまんで、勢いよく左右に引っ張る。スポン、と両耳の先のとがった部分が抜け落ち、そこにはただの金髪の人間の女が残された。
「な、なにを……!!」
「やっだあ、エルフなんか村から追い出すくらい嫌いだったんでしょ? だったらその姿は呪いでしょうよ。やったね完治したね! これは村のみんなに教えてあげないと!」
「何をしている! やめろ!」
カーテンの奥からさっきの金髪の男が出てきたが、シャムは素早く女を抱え上げて部屋のドアを、更に入り口のドアを抜ける。シャムが動き出した瞬間、セスも慌てて自分の役割を果たしていた。受付の男に当身を食らわせ、邪魔なドアはすべて開いておいた。
「シャム! 村の通りをそのまままっすぐだ!」
「オッケー!」
「いやああああああ!」
訳が分からず、暴れる女を肩に担いでシャムは走り出す。長い向日葵色の金髪をなびかせた小柄な少女が、成人の女を一人担いで普通に――いや、普通よりはるかに速く走っていくのだ。叫びに気が付いた者たちは、一様に理解のできない光景を見ることになる。
「みーなーさーん! エルフの呪いが解けましたよう!」
走りながら叫ぶ少女をよく見ると耳も長く、大きな瞳も空の色だ。
「あれは……エルフ?」
「エルフだ! し、しかしさっきの方は……」
狼狽えつつ、フラフラとシャムが走っていった方に進んでいく。それを追い越しながら、
「本物のエルフの奇跡が見られるぜ?」
そう言い残して、セスもシャムの後を追って走り出す。あいつ、女一人担いでんのにどれだけ足速いんだよ!?
通りには“エルフの奇跡”に便乗した店が並んでいる。そこを、女を担いだ少女がケラケラ笑いながら走り抜けていく。笑いながら、呪いが解けたことを連呼しながら、全く速度を落とさず駆け抜けていく金髪の少女。
その後には黒髪の男がなんとか食らいついて走っていく。
「商店街抜けたら右! 門のあるでかめの家が見えたらそこがゴールだ!」
「アイアイサー!」
「やめて、止めて止めて! 誰か!」
それを茫然と見送った者たちは、吸い込まれるようにフラフラとその後をついていく。村の住人は、2人(と担がれている1人)が向かっている先が分かっているようだ。
「この商売も長くなかったな……」
魂が抜けたように、そうつぶやく者もいた。




