高貴な城
“盗賊が魔法使いと単独で対峙する。それは最大に愚かな行動だ。”
“少しでも長く生き延びるには、呪文の詠唱・動作をできるだけ妨げる。”
そのためにザックを投げつけた。
アレは開けて投げりゃ良かったな。何かに出会ったときのために嫌がらせ的に持ってきたんだけど、結局ただの投擲道具になってしまった。
“術者の視線から外れることは最低条件だ。”
一瞬啖呵を切ってしまったが、慌てて近くにある大きめの岩の陰に飛び込む。
“補足時とは外見の印象を変える”
視線から逃れたと判断したので、レザーベストを脱ぎ捨てる。どうせこんなもん役には立たない。
さて、あの婆さんどう出てくるか――
***
ドン!
森の一部から爆発音と衝撃が響き、煙が上がった。
「あっち!」
そこへ向かって、セスとシャムは走りだすが、急にランスが口を押える。
「き、気分が悪い……」
「にっぶいわねえ~。アタシなんかずっと吐き気との戦いよ。さっきから言ってるじゃない」
「こっちに来たら余計ひどくなった。空気が腐ってるみたいな……いや、マナが淀んでるのか」
「マナだか棚だか知らないけど、それで生き物がいないのかしらね」
“マナ”とは、魔法を使用する際に必要な要素だ。エルフはその体にマナを豊富に蓄えることができるが、人間でそれができる者はごくごく少数だ。しかし大気中にも微量に存在し、魔法使いはそれを集めて魔法を使うことができる。シャムは自分のマナを消費して剣を振り回しているのだが、ほとんど意識したことがないのだろう。それにしても知識として持っていないのは流石に酷いな、とランスは思う。
そのマナが、この地では溢れるように存在している。それだけではなく、循環することなく溜まり続け、濁り、腐ったような状態になっているとランスは感じていた。
「うわっ、この辺からまた濃くなった」
それでも、煙が立ち上る方へ向かう2人の目の前の景色が急に変化した。
「なんなの、これ……」
***
い、意味ねえ!! ぜんっぜん意味ねえ!
セスは変わらず岩の陰にいたが、岩の背後の地面が大きくえぐれ、倒木がぷすぷすと燃えている。
魔法は確かにセスに直撃しなかった。直撃はしなかったが…
直撃しなくても爆発に撒かれて死ねるじゃねえか!
でも、この煙を見たらあいつら……
と、空を見やったその瞬間、周りの景色が一変した。
「えっ」
セスは、美しく整えられた庭園の、舗道の真ん中にいた。実際に見たことはないが、大貴族や、国王の城にはこのような庭園があると聞いたことがある。刈り込まれた低木に囲まれた芝生の中央には花壇があり、色とりどりの花が咲き誇っていた。
白い石で統一された舗道や石段。その向こう側には、同じような材質でできた白い建物が見える。窓にはステンドグラスが張られ、1つ1つが芸術品のようだ。
セスのいる舗道の両側には台座が等間隔で設置され、それぞれの上にはやはり白い石像が乗っている。像は美しい男女の人体像だがすべて耳が長い。エルフの像だった。
庭園、そして建物群の向こうに、霞んで何か大きな建物が見える。
あれは、城、か?
「いた!」
シャムの声で我に返る。庭園も、城も視界から消え失せていた。
「あ、あれ?」
「アンタも何か見たのね。なんなのかしらあの幻覚」
「お前、バンダナ血塗れじゃないか! 返り血じゃないよな」
「……っと、ここは危ないからすぐに……」
視線を戻すと、老婆は3人を無視して空に向かって叫んでいた。
「遂に! 遂に私を迎えに来てくださった! 今度こそ私めをあの空の彼方へ!!」
「な、なんだ?幻のせいで錯乱してる?」
「いや、元々全開で変だった」
「さっきのドカーンってこいつね?」
シャムはすでに剣を抜きはらっている。
老婆は空から視線を外し、3人の方を見やると、目つきが明らかに変わった。敵意を持った目線ではない。濁った眼を大きく見開き、求めるように震える手を差し出す。
「お……おお……王の一族よ……」
「王の一族……」
シャムとランスが同時に口を開く。まさか、何か覚えがあるのか? 一瞬セスは2人の顔を見る。
“お前たちはずっと王族の下僕なのです”
先ほど投げられた言葉が、もう一度心を刺す。
だが。
2人はセスに向かい、
「アンタが!?」
「お前が!?」
「そんな訳あるか!!」
ここでそんなボケがあるか? お前ら、自覚がないにも程があるだろう!
ボケエルフたちのお陰で助かった。あんな婆さんに気持ちを持っていかれるところだった。
「詳しいことは後で訊くから、とりあえず斬っとくわね!」
さすがの脳筋エルフはすばやく老婆に詰め寄ろうとする。
その時、ずっと岩に腰かけていた老婆が立ち上がった。
「今度こそ私も眷属の末裔へ……私は50年以上も待ったのです! 卑小な人間どもの世を捨てて!!」
老婆が膝にかけていたストールが、するりと落ちた。セスが投げつけたザックも一緒に。そして見えた老婆の足元は…白骨化していた。
「さあ! 今こそ!」
シャムに向かって手を差し伸べる。さすがのシャムも、背筋に寒いものが走った。
「人の世どころか人の姿も捨てちゃったのね」
詠唱を始めた老婆に剣を向ける。足元のザックがゴソリと動いた気がして一瞬動きが遅れた、でも、残念ながらアタシに魔法は効かないはず……
ヒュッ。
老婆が放った衝撃波はシャムを素通りして、セスがいた岩場を粉々に砕いた。
振り向いたその場所には、飛び散った石礫と瓦礫だけが残されている。セスの姿は、そこになかった。
「王族を惑わす奴隷は、私めが消し去ってくれましょう」
「こん……の……外道があ!」
剣を振りかぶったシャムだが、しかし異様な気配を感じて咄嗟にバックステップを踏んだ。セスのザックが明らかに動いていた。内側からの圧力でパンパンに膨れ上がっている。
そしてとうとうザックの縫い目が破れ、中から勢いよく何か、触手状のものがあふれ出してきた。シャムは瓦礫を動かそうとしていたランスに飛びつき、2人で転がりながら老婆から距離を取る。
ザックからあふれ出たそれは、今まで見たこのもない巨大な“絡み草”だった。
植物だが、魔法生物の一種でもある“絡み草”。セスが持ってきたそれがマナの瘴気で巨大化し、その場にいた者――老婆――に素早く絡みついて、恐ろしいスピードで空へと伸びていく。
老婆が何か叫んでいるが、その声はもはや届かない。
「ひとまず離れる!」
「でも、セスが!」
「わかってる! でも――」
がらり。
瓦礫の中から手が出てきた。セスだ。
シャムはその手を掴んで力任せに引き抜き、そのままの勢いでその場を走り抜けた。何度か何かにぶつかった手ごたえがあったが、もはやそんなことは気にしている場合ではない。
ある程度の距離を稼いだところで、
「あれ、あの辺の森ごと焼き払える?」
「ああ」
「お願いね。直接見なくてもあっちの方角に火を放つだけでいいから」
「いや、大丈夫。やれるよ」
ランスの放った火は、当然のごとくランスのコントロールを大きく離れ、絡み草と老婆どころかその一帯を焼き払ってしまった。跡には何も残っていないだろう。生き物の気配がなかったのは、ある意味僥倖と言える。
「しかし、良く助かったな、セス」
「ああ、狙ってるのが俺なのはわかってたから――視線も通ってないし、“俺”を認識するものを減らせればと思って咄嗟にバンダナを投げたんだ。なんとか上手くいってよかった」
その後死ぬかと思ったけどな、とは言わなかった。
額の傷、火傷、逃げるときにシャムに引きずられた時の打ち身で満身創痍のセスが安堵の息を漏らした。
「魔法使い相手には、最善の対処だったと思うけれど」
「バンダナに存在負けしたのね……」
「昔、ここに降りてきた連中から見たら、俺らなんかそんなもんなのかもな」
死に瀕した恐怖や、生きていることの安堵より、モヤモヤとした腹立ちが気持ちを占めていた。
ここまでで漫画に描いたところは終わりです。
あとはエタらないようにですが、更新はまちまちになります。




