14話 本当のキス
帰り道のこと。
悠は今日から坂道がゆったりになった気がしていた。
何本か走り終えての放課後は、妙に心地がいいものだ。
一年の時は、意気あまり本腰を入れない域(意気)だったから、アフターケアもおざなりだったのだ。
ちょっと走って帰る、といった軽い気持ちですら居た。
でも、今年は何か、大きなことができそうな予感に満ちていた。
大会に出て入賞したいとまで思う具合に。
空想のメダルが手元に固まった。
変わったばかりの夏服のシャツを少しまくって手首を出すと、そんな陽気な心を翻すように、雨がはらはらと刺しはじめ、髪と肩を濡らした。
『悠!!!!!!』
朗らかでよく通る声でメメの声だ。
振り向くと、左肩だけにリュックをかけて、もらったばかりの陸部ジャンパーを袖に通しながら駆けてきた。
左手で傘を開くと、坂を下る前の数歩で減速して、ダンダンダン……とスニーカーの平たい音がやけに響いた。
悠もこちらで少し道を上がって、自然とメメの傘に入った。
すぐにそのことに気づいた悠は心臓がバクバクしてしまったが、メメも息を切らしていて、なんだかよくわからなくなってきた。
「傘、ないの?」
「あ……。ないよ。」
「じゃあいいよ。」
「……。」
「濡れるのヤだもんね。あ、…歩こう。」
それからは沈黙の時間で、互いが互いを意識していた。
ネイビーの傘、そういえばこれは悠が置いて行った傘だ。
自分で持ってきて自分で忘れていたな。
メメはこれが俺のって、よくわかったな。
互いの家の路地まで来たら悠が先に、
「それじゃ。」、と言う。
「うん。また明日ね。」とメメが笑い返した。
「傘、ありがとう。」と告げると、優妃は、放していた傘を掴みなおしてそれを寄せた。
「ねえ、ちょっと待った。」
優妃は悠の頬にキスをした。
雨で感情が崩れた。
大事なものを見つめる目で、優妃は家に入っていった。
どうしていいか分からず、悠はその日頭が真っ白く霞がかった。




