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皇女の婚約者?そんな話は聞いていない

 王都に平和が戻ってから、数日。


 俺はいつものように城へ来ていた。


 理由はない。


 ……と言いたいところだが。


「零様、本日も来てくださったのですね」


 リリアが笑う。


「暇だっただけだ」


「そうですか」


 リリアは嬉しそうに笑った。


 最近。


 俺はこの笑顔を見ることが増えた。


---


 そんなある日。


「リリア皇女様」


 王城の広間。


 一人の青年が現れた。


 高価な服。


 整えられた髪。


 自信に満ちた表情。


「久しぶりですね」


 リリアの表情が少し固まる。


「……カイル様」


 その名前を聞いた瞬間。


 俺は少しだけ興味を持った。


「誰だ?」


 近くの騎士が答える。


「隣国の第一王子、カイル殿下です」


「リリア様の……」


 そこで騎士が言葉を止める。


「婚約者候補でもあります」


---


 婚約者。


 その言葉。


 なぜか引っかかった。


「そうなのか?」


 俺が聞く。


 リリアは慌てて首を振る。


「違います!」


「まだ正式には決まっていません」


「ただ、昔からそういう話があるだけで……」


「なるほど」


---


 カイルは俺を見る。


「あなたが噂の神崎零ですか」


「ああ」


「神の力を持つ者」


「興味深いですね」


 笑顔。


 でも。


 目は笑っていなかった。


「しかし」


「リリア皇女の側にいる理由は何ですか?」


---


 空気が変わる。


「理由?」


「ええ」


「あなたほどの力を持つ方なら、好きに生きればいい」


「なぜ皇女の護衛のような真似を?」


---


 俺は答える。


「守りたいからだ」


 即答。


 カイルが少し眉を動かす。


「……随分と簡単ですね」


---


 その夜。


 王城で晩餐会が開かれた。


 各国の貴族。


 騎士。


 王族。


 多くの人間が集まる。


 そして。


 当然。


 俺とリリアもいた。


---


「リリア」


 カイルが手を差し出す。


「踊っていただけませんか?」


 周囲がざわつく。


 皇女との踊り。


 それは特別な意味を持つ。


---


 リリアは困った顔をする。


 俺は。


 なぜか。


 面白くなかった。


---


「断る」


 気付いた時には。


 言葉が出ていた。


---


 全員が固まる。


「……零様?」


 リリアが驚く。


 カイルも目を細める。


「なぜあなたが答えるのです?」


「本人が困っている」


「それだけだ」


---


 カイルが笑う。


「まるで」


「自分のもののようですね」


---


 その瞬間。


 俺の周囲の魔力が揺れた。


 城の空気が重くなる。


 騎士たちが息を呑む。


---


 だが。


 リリアが俺の手を握った。


「零様」


「大丈夫です」


---


 その一言で。


 魔力が静まる。


---


 俺は気付いた。


自分が怒った理由。


力を馬鹿にされたからではない。


神として扱われなかったからでもない。


---


 ただ。


「リリアを誰かに取られる」


その考えが。


嫌だった。


---


「……」


 俺はカイルを見る。


「一つ言っておく」


「リリアは物じゃない」


「所有するものでもない」


---


 少し間を置いて。


「だが」


---


「リリアを傷つける者は」


「俺が許さない」


---


 広間が静まり返る。


---


 その夜。


 王都中に新たな噂が流れた。


『神崎零が皇女を守った』


『あの神が怒った』


『皇女に近づく男は気をつけろ』


---


 そして。


 本人はまだ認めていなかった。


---


 自分が。


 リリアを特別視していることを。

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