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18.密室で坊ちゃんに何もかも暴かれて

「じゃあ、始めていくね」

「……はい。……っ!!」


ビリッビリッと鋭い音が響いた。

まさか包帯を……?


「あ、ほっ、包帯は……」

「ごめん。これがあると上手く止血出来ないんだ」

「では、止血帯も?」

「いや。そっちは必要だから巻いたままでいくよ」


話している間に、包帯を切り裂かれてしまった。

でも――。


「よし。いけそうだな」


止血帯がご自身のシャツで作られたものであることには、気付いていないみたいだ。

もしかしたら、処理が進んで救術を施した記憶そのものが消えたのかも。

……()()()()()()良かったわ。


「っ!」


安心したのも束の間、ヴァレリオ様がぐっと傷を圧迫し始めた。

私はあまりの激痛に、堪らずシーツに顔を埋める。


「……っ……」


いい香りがする。清涼感溢れるサボンの香り。

その奥には……干したての毛布のような甘やかだけど、どこか力強さを感じさせる香りがあった。


これは坊ちゃんのお体の香りだ。

仕事上、何度となく触れてきているはずなのにドキドキして仕方がない。

だって、こんなにも温かくて間近に感じるのは初めてで……。


「あっ! ……~~っ、………」


気を抜いたせいか声を出してしまった。

小さく「申し訳ございません」と謝罪をして、ぎゅっと唇を引き結ぶ。


「いいよ。はぁ……その調子……」

「えっ……?」

「声、出して。息を止めちゃうと、腹圧がかかって心臓に負担が……とにかく、体に良くないんだ。それに、痛みも和らぐだろうから」

「かっ……かしこまりました」


これも迅速な処置のため。これも迅速な処置のため……。

必死に自分に言い聞かせて、震える唇を開く。


「……ぁ、……っ、……はぁ、っ、……ぁ……っ」

「フィオーラ……、いいよ……すごく、いい……。僕も……っ、ふ……はぁ……、……っ……っ、んん~~、ぐ……っ……!」


密室で二人っきり。

ベッドの上で互いの体温が混ざり合うぐらい密着して、喘いでいる。


にもかかわらず、ヴァレリオ様はいつも通り爽やかなままで……私だけが一人戸惑い――揺れている。


目尻が熱くなってきた。

ほんと、厚かましいったらないわね。


「はぁ……はぁ……大丈夫?」

「はっ、はい……」

「そう。じゃあ、血も止まったみたいだし、改めて『固定』をし直し――」

「こっ、固定はしていただかなくて結構です!!!」


全力で止めに入った。

これ以上止血帯を見られるのは避けたいというのもある。

けど、やっぱり一番は……。


未だに胸に残るヴァレリオ様の逞しい手指の感触を思い出して、固く目を閉じる。


「いっ、命を救うためだと言うことは、十二分に理解しています。ですが、その……むっ、胸に触られるのは、やはり抵抗が……」

「??? ……あっ……ああ! あ~……そっか! そうだよね!!」


ヴァレリオ様は『やっちまった~!』と言わんばかりに天を仰いだ。


やっぱり下心なんて微塵もなかった。

それだけ貴方様は、ビアンカちゃん一筋だということですね。

こんなにも想われているなんて……ビアンカちゃんが心底羨ましい。


「ごめんね。分かった。でも、また傷口が開いちゃうといけないから、もう少しだけ押さえさせて」

「ありがとうございます。承知致しました」


ヴァレリオ様はご自身の寝巻の袖をビリッと破くと、私の傷口に押し当てた。


……あれ? 手が震えてる。

見上げると、ヴァレリオ様のお顔が真っ赤になっていて。


「ヴァレリオ様……?」

「その……色々とごめんね」

「いえ! そっ、そんな! こちらこそ、ご迷惑をおかけしてしまい申し訳ございません」

「迷惑だなんて。()()()、……あ、……いや……」


ヴァレリオ様は首を勢いよく左右に振ると、ゴホンっと大きく咳払いをした。

私もどうにも気まずくて、マネするようにして小さく咳払いをする。


「彼女も嫌だったのかな。武人ではあるけど、やっぱ……女性……だし……」


傷口を押さえ込んでいたヴァレリオ様の手が――緩んだ。

布を退けて、まじまじと傷を観察し始める。


「……どうされました?」

「同じだ」

「えっ?」

「傷の位置も、剣筋も……彼女が負ったものとまったく同じ」

「っ!!!」

「それに何よりこの止血帯。これは僕のシャツで作ったものだ」


記憶が戻り始めた?

いえ。きっとまだ処理が不完全なのね。何とか時間を稼がないと。


「申し訳ございません。このシャツは負傷した際、お洗濯物の中からやむを得ず頂戴致しました。処置はその場に居合わせた剣士様に――」

「違う」

「ヴァレリオ様、いけません。このままでは本当に病を疑われてしまいます」

「違う。……違うよ。……あれは、現実に起きたことだ」


ヴァレリオ様は必死に思い出そうとしているみたいだ。

頬や首元には玉のような汗が滲み、左手で額を強く押さえ込んでいる。


頭痛が……痛みが伴っているんだ。

いけない。早く止めないと。


「落ち着いてください。私は一介のメイドなのですよ。武器を持ったこともなければ、人を殴ったことすらありません。そんな私がヴァレリオ様をお守りするなんて、到底不可能です」

「……っ、……確かに、華奢でか弱い君に、あんな異次元的な動きが出来るとは到底思えない。あれを行うには、相応の筋肉と背丈、それから経験が必要だ」


ほっと息をつく。

良かった。ご納得いただけたみたい――。


「ただ、ははっ……その顔……」

「顔?」


血塗れの大きな手が、私の頬をそっと包み込む。

見上げれば、お顔に汗を滲ませたヴァレリオ様が笑っていて。


「その『ほっとした時の表情』が同じなんだ。ルクレツィアとも……クロエ様とも……」

「えっ……」

「君はね、ほっとした時、ほんの一瞬だけ遠くを見る癖があるんだよ」


知らなかった……。

って、感心している場合じゃない!!


「私には戦う力はないと、そう仰られたではありませんか」

「ん~……それはやっぱり魔法の力で?」

「魔法だなんて、そんなものがあるわけが――」

「みゃお」

「っ! ペンネロ」


いつの間にやら入って来て、ベッドの上に乗っかっていた。

心配して見にきてくれたの?

視界が涙で滲んでいく。だって、あんまりにも嬉しくて。


「ペンネロっていうんだ。可愛い名前だね」

「? 坊ちゃんが名付けたんじゃ?」

「へえ? どうしてそのこと知ってるの?」


満面の笑みで問いかけてくる。

大方、『クロエの姿の時に聞いたんだろ?』と仰りたいのだろう。

そっ、そうはいかない……!


「ビアンカちゃんから聞いたんです」

「本当かな?」

「っ!」


ぐっと顔を寄せてこられた。

それこそヴァレリオ様の鼻先が、私の額を掠めるぐらいに。


「……お戯れを」

「……嫌?」

「ヴァレリオ様には心に決めたお方が」

「誰?」

「……………………ビアンカちゃん」

「はははっ! ヤダな。彼女は僕の助言者(コンシリエーレ)だよ」

「えっ……?」

「愛の、ね」


もしかして、ビアンカちゃんが私にやたらとヴァレリオ様を推してきたのは、ファンにするためじゃなくて、男性として意識させるため……?


ヴァレリオ様とお話をされている時、凄く幸せそうで、楽しそうだったのは……ヴァレリオ様と私の未来を夢見てくれていたから……?


『大丈夫だよ! フィオーラなら絶対、ぜーーったい幸せになれるから!』


事故に巻き込まれる前、ビアンカちゃんがかけてくれた言葉を思い出す。

途端に涙が溢れてきた。いけない。


咄嗟に右手で涙を拭うと、そっと掴まれた。ヴァレリオ様だ。

涙で濡れた私の指に顔を寄せて――優しく口付ける。


「君がクロエ様で、ルクレツィアで……本当に嬉しい」


夏の海を思わせるようなサファイアブルーの瞳が、銀色の長い睫毛で覆われていく。

『違います』『お止めください』……お伝えしなければならない言葉は山ほどあるのに、私の瞼も下がっていって――。


「「っ!!!」」


扉がノックされた。

お医者様がいらっしゃったんだろう。


「残念」

「あ……~~っ……」


顔がこれ以上ないくらい熱い。

心臓もバクバクして。

キス、してしまうところだった。本当にあと少しで。


「明日の夕方、お見舞いに行くね」

「っ!」


内緒話をするように、耳元で囁かれた。

悪戯っぽい無邪気な笑顔を添えて。


――ずるい。


ついそんな不満を抱いてしまう。


だけど、明日の夕方ならクロエのこともルクレツィアのことも忘れていて、今の一連のやり取りもなかったことになるのでは?


期待を胸に小声でペンネロに訊ねると――彼はさらりとこう答えた。


真相に辿り着いたこと、それ自体は忘れるかもしれない。

ただ、仮にそうなったとしても、私を手当てした事実は消えない。

手当てをきっかけに『いい雰囲気』になった――というふうに記憶は改ざんされ、『逢瀬』の約束が抹消されることもないだろうと。


……私は一体どうしたらいいのだろう?




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