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地味で堅物なメイドですが、キラキラ侯爵令嬢に変身した私に坊ちゃんが恋をしました【完結】  作者: 降矢 菖蒲
3章:最強の女剣士になって坊ちゃんをお守りしようと思います
16/21

16.坊ちゃんに胸を揉まれていますが、これはあくまで応急処置です

「あっ! ……~~っ、……」


ヴァレリオ様が全体重をかけるようにして、肩の傷を圧迫していく。

体が軋む。大きな掌にせき止められた血が、傷の奥でドクドクと激しく拍動しているのが分かった。


「ルク……レツィア……はぁ……頑張れ……、頑張るんだ!」


痛くて、苦しくて仕方がないのに、頭の中は坊ちゃんでいっぱいだ。


布越しに感じる手の感触、うなじや頬にかかる熱い吐息、冷涼なハーブの香りに混じった汗の香り……。


坊ちゃんの『何か』を感じ取るたびに、宝物を得たような心地になっていく。


ダメ。ダメだよ。

ヴァレリオ様にはビアンカちゃんがいる。

心に決めた人がいるんだから。


「良かった。血、止まったね。それじゃあ、『固定』に入ろうか」

「承知致しました。おい、レオナルド――」


リッカルド様が隊員の一人を呼び出そうとした時、ビリリリッと鋭い音が響いた。

ヴァレリオ様だ。上半身裸になって、シャツの胴体部分をらせん状に破いている。


「リッカルド、膝を貸してくれないか?」

「ああ……はい! ただいま!」

「?」


私が首を傾げている間に、上体が持ち上がった。

膝って、膝枕のこと――っ!!?


リッカルド様の膝が私の溝内に潜り込む。

一般男性の二倍以上はありそうな屈強な膝に、私のささやかな胸のふくらみが丸呑みにされてしまった。


なっ、何これ!!?

どうしてこんなことをするの!!?


「やっ……」


堪らず上体を揺らすと、リッカルド様が「すまない、ルルよ。堪えてくれ」と小声で謝ってこられた。


なっ、なるほど。これもまた、命を救うために必要なこと……なのですね。

私はぎゅっと唇を噛み締めて、こくりと頷く。


「~♪ 絶景☆」

「~~っ、このっ……!!」

「エンツォ、君はルクレツィアの右袖を破いてくれないか」

「御意!!」


これまたどうして!? なんて思っていたら、これから行われる処置の内容が、頭に流れ込んできた。


あまりにも衝撃的な内容に言葉を失う。

これを坊ちゃんが? それも私に……?

だっ、ダメ!! ダメダメ!!!

そんなことされたら……、私……!!!


戸惑っている間に袖は切り落とされて、ヴァレリオ様がまた私の傍までやってきてしまう。


「さぁ、ルクレツィア。もうひと踏ん張りだ」


ヴァレリオ様は私を元気づけるように爽やかに微笑むと、右袖からナイフを刺し込んで、じょきっじょきっ……と、ある物を切り始めた。


切っているもの、それは――さらしだ。


止血帯を固定するのに邪魔だから、除去する必要があるのだそうだ。

とはいえ、胸を見られることはないだろう。

この通り、リッカルド様に余すことなく押し潰されているから。


けど、()()()()()()()()()()()()、そっちの方がマシだったのかもしれない。


「よし。切れた」


ヴァレリオ様はさらしを抜き取ると――剥き出しになった胸の付け根に、躊躇なく肘をあてた。


「……っ」

「痛いよね。ごめんね」


耳元でそっと囁かれた。

ヴァレリオ様は今、私に覆い被さるような体勢になっている。

止血帯の始点となる箇所を、肘で固定させるために。


この距離だと声も、体の動きも全部筒抜けになってしまう。

どうしよう……どうしよう……だって……だって……この後は――。


「っ!!!」


ヴァレリオ様は左手で傷口から左肩まで帯を通すと、更にぐっと体を密着させて、前へと腕を伸ばした。

始点は肘から手首での固定に変わる。


重い、なんて思っている余裕はない。

大きくて硬い指が、右の胸に差し込まれる。

指の腹でやわらかな乳肉をたぷたぷと揺らしながら、奥へ奥へと進んでいく。

リッカルド様の太腿と、私の胸の間に隙間を作るためだ。


そうして出来た隙間に止血帯を通す。

そう。これも立派な救術だ。救術……なのよ。


「……やっ……!」


指が右胸の端までたどり着いたところで、ぐっと鷲掴みにされた。

胸の下の方から、ぐにゅっと力任せに押し上げていく。


物凄く痛い。

なのに、()()()……って、違う違う違う!!!


「……よし。はぁ……通った! あと少しだ。あと少しだからな、ルクレツィア!」


坊ちゃんは至って真剣だ。

必死に手を動かしながら、私のことを励まし続けてくれている。


……ああ、何だか涙が出てきた。


「……うぐっ……」

「隊長、こりゃしゃーない。命優先っすから」

「……そうだな」

「てなわけで、俺も()()()いいっすか――ぐわはっ!!!?」


リッカルド様がエンツォを殴り飛ばしてくださった。

ありがとうございます、リッカルド様。


「坊ちゃん、『締め上げ』は私の方で。代わりに、娘に胸をお貸しいただけますかな?」

「分かった」

「エンツォ! お前は支柱をやれ!」

「うぇ~、は~い……」


リッカルド様は私の体を慎重に動かして、主柱の傍へ。

主柱を背にして、エンツォ、ヴァレリオ様、私の順に並んで座った。

リッカルド様は止血帯を引っ張るために、起立したままだ。


「申し訳ございません。血が……」

「気にすることないって」


ヴァレリオ様の剥き出しの白い肌には、私の血がべっとりとこびりついていた。

罪悪感に苛まれていると、正面からぎゅっと抱き締められる。


「爪、立ててくれていいから」

「いけません。そんな……」

「僕とエンツォでは支え切れないかもしれない。だから、ね」


私は逡巡した末に頷いて、ヴァレリオ様の首に腕を回した。


「見せつけてくれるね~」

「っ!」


目の前にはエンツォの下卑た顔があった。

~~っ、本当にこの男は。

私はギリッとエンツォを睨みつけつつ、ヴァレリオ様の首の付け根に顔を埋めた。


「しっかり頼むよ、エンツォ」

「はいはい。()()()()()()()()()()、ご容赦くださいね、坊ちゃん」


エンツォはヴァレリオ様を羽交い絞めにすると、脚を使って私の腰までしっかりと拘束させた。

……脚長すぎない? なんかちょっとムカつく。


「行くぞ、ルル。……耐えるのだぞ」

「はい……あ゛っ!!! ああぁああああ!!!!!」


リッカルド様が患部を締め上げていく。

痛い。体が引き裂かれてしまいそう。

~~っ、止めて!! 止めてください!!!

心の中で何度となく叫んだ。

目からはボロボロと涙が溢れ出して。


「ルクレツィア、気をしっかり持つんだ」

「坊、ちゃん、……っ、坊ちゃん……」

「うん。僕はここにいるよ」


坊ちゃんが優しく囁き掛けてくれる。

そのたびに、やわらかな唇が耳に触れて、まるでキスをされているみたいで……。


――この痛みに耐えるために。

私はそう言い訳をして、甘い夢に浸ってしまった。


「くっ……」


坊ちゃんの肩や首に爪を立てていく。

何度も、何度も。


この罪は一生をかけて償います。

すべてを賭して、ヴァレリオ様とビアンカちゃんの仲を取り持つ。

もう二度と、こんな愚かな夢は見たりしない。


――それから数時間後。

私はお医者様を待つ間に、ペンネロに誘導してもらって、こっそりとリッカルド様のお屋敷を抜け出した。


「……本当に掃除婦でも、医者に診て貰えるんだろうな?」

「当たり前でしょ。私はメイド長様に目をかけていただいている、特別なメイドなんだから」


――そう嘘をついて。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


サヴィオラの庭師の物置小屋で変身を解いた。

今この瞬間から、忘却の処理が始まったはずだ。


完了すれば、もう誰もクロエのこともルクレツィアのことも思い出せなくなる。

坊ちゃんは、私=ルクレツィアと気付いたご様子だったけど、たぶんそれも含めて忘れることになるだろう。


「一件落着」

「んなわけあるか」

「へへっ……だね……」


灰青色の質素なコルセットドレスの下には、止血帯が巻かれたままになっている。

言わずもがな、ルクレツィアのものではないからだろう。


お陰で血は止まったままだけど、縫合していない以上いつ傷が開くとも限らない。

出来る限り安静にしないと。


「医者のところに行くぞ」

「行けるわけないでしょ」

「なっ……お前は先ほど、掃除婦でも医者に診て貰えると――」

「どうやって説明する気よ。一介のメイドが負うような傷じゃないでしょ」

「ならばなぜ、ルクレツィアでいる間に治療を受けなかったのだ!?」

「縫合なんてされたら、それこそ動けなくなっちゃうわ。抜け出すのには、もうあのタイミングしかなかったよ」

「この……っ」

「お願い。少しだけ……休ませて……」


私は目を閉じて深く息をついた。

痛みから目を逸らすように、この二週間のことを振り返っていく。

大変で、色々と申し訳なかったけど……でも、やっぱり楽しかったな。


そうして、心穏やかに意識を手放していく。


――だけど、この時の私はまだ気づいていなかった。

長年積み上げてきた、『大切なもの』を失いつつあることを。




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