表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/13

ガラクデルマ、戦後処理

- Characters -

バツ:ラクダ(機獣)のミコトと旅をする若い狩人。怪物狩りを得意とする。頼れる女戦士だがやや脳筋気味。

エネ:本名はアイン・グライフ。妹をパートナーとするハンターの青年。ノリは良いが頭は悪い。

メリ:本名はマイラ・グライフ。エネの妹。暴走する血筋の末裔で、兄と共に静かな隠居が目的。


- Previously -

野盗の砦ガラクデルマは、門を破られ陥落した。味方と思っていた者たちが奴隷集めを始めたことに衝撃を受けるバツであったが、そんな中、メリの悲鳴を聞きつけた彼女は急ぎ砦内へと足を踏み入れる。


嫌な予感はしていた。

別れの予感。それが示す未来は、まだわからない。


※※※


土地に古くから染みついた生活の匂いに、新たに散らされた鉄と火薬と血の臭い。

それらが綯い交ぜになった侵犯地の芳香が、防塵マスクを貫通して意識に届き、脳内に本能的な嫌悪感と警告とを響かせ続けている。


砂地の上に直に建てられた、鉄骨とシートの寄せ集めで造られた簡素なテントの並びが、寄り添う貧民たちそのもののごとく無造作に群れている。

その隙間に散らばるように、貧弱な菜園や、用途不明のドラムカン、赤錆びたジャンク群などが配置されている。


砦の中は、過酷な生存環境を伺わせるそんな光景が、広く、無秩序に並んだ集落だった。


そしてその空間一切を広く囲う、見上げるほど高い鉄骨とスクラップ製の防壁。

その部分だけは一種の秩序が見られ、防壁上部の通路や昇降に用いられる梯子がいくつか見えた。


安心を与えるようでいて、逃げられない不安もまた同時に与えられる。

まるで、巨大な檻の中にいるようだ。


その檻の中を逃げ惑う人々の中に、素早い敵と激しく結ぶ男の姿がみえた。

黒衣のリゲル。と…残敵か?

その巧みな槍術を躱して、屋根を飛び、壁を伝う対手は…異形の四足獣。


――まさか。なぜ。


逃げ腰にすれ違いかけた男が、こちらを見た。

「あッ、狩人の姐さん!」

バルハンの部下か。何があった。

なぜ殺戮の獣が、無造作に、非戦闘員の間を跳ね回っているんだ。


「やべぇぜ!あいつらもう攻め込まれてヤケクソになったのか、捕らえてたレギオンを集落内に放ちやがったんだ!!」


――そういうことか。

見ると確かに、解放された鉄檻がいくつか転がっている。

周囲を観察する。逃げ惑う人々の中では、敵の影は捉え難く、ミコトの機銃も使えない。


子供たちが、立ちすくみ泣きわめいている。

ボロを着た女と老人が、なすすべもなく蹲っている。

労働力として連れ去ろうとする外の者も、

味方ごと侵入者を屠ろうとする内の者も、

誰も、弱者の哀しみなど微塵も考えていない。


ふつふつと湧き上がる怒りに、気づくと右手の火箭槍を強く握りしめていた。


私は全力で距離を詰めると――黒衣のリゲルの背後を狙っていた、もう一匹の獣の脇腹に、槍を突き出した。

爆速の衝撃と共に火箭の機構が発動する。おぞましい獣は壁まで吹き飛び、動かなくなった。


黒衣の達人がその端正な顔に、僅かな驚きの表情を浮かべている。

――気をつけろ。奴等は背を狙う。


「…すまない。助けられたようだな」

気にするな、と目で伝える。


私とミコトは、友人兄妹をこの危地の中から見つけて保護しなければならない。

お前ほどの腕ならば、一匹程度ならば余裕があるのだろう?


頷いたリゲルに引き続き機獣の相手を任せ、私たちは混乱する砦内の更に奥へと向かった。



※※※



結局ミコトと二手に分かれ、ようやく見つけたのは壁際、野盗集落の最奥付近。

ひときわ大きな天幕の正面にあった、広場のような空間――その端に。


「あっ、バツ!エネ兄が!」

憔悴した様子で立ち尽くしていたメリが、こちらに寄ってきた。


「獣に…襲われた子供…庇って…!」

「!」

指し示す先には、地に伏して動かない人影。

エネだ。こちらからは表情が見えない。

代わりにその背の衣服が斜めに斬り裂かれ、出血が地を濡らしているのが見て取れた。


まさか。死んだのか。


考えるよりも速く、駆け寄る。

首元の脈動。心臓の拍。

…意識はないが、かろうじて死んではいない。


傍らには、彼が身を挺して獣から庇ったのだろう、小さな男児の姿があった。

心を喪ったように、呆然とこちらを見ている。

子供を連れ去るチグロの姿が、脳裏に蘇った。


友が必死で護った、この子も。

親と別れ、これからの永い時間を生きていく運命なのか。


幻の両親の姿に、想い焦がれながら。

私と、同じように――


「バツ!危ない!」


ハッとして、意識を引き戻す。

愚かな。何を考えている、敵地での戦闘行動中に。


――奴等は背を狙う。


後方に瞬時に膨れ上がった気配に、本能だけを頼りに身を躱す。

「…っ!」

背に、灼けるような痛みが走った。

…もう一匹が、潜んでいたか。

反撃を試みるも耐え難い苦痛に背を反らされ、行動が封じられる。


油断した。…またも軽トラ。四足獣型。

即死は辛うじて免れたが、深手を負わされたのは間違いない。

痛みを無視して、構える。砂地に、血が滴る。


寸暇を置かず、次の爪撃が迫る。

…しまった。避ければ、エネが危ない。

咄嗟に覆い被さったが、左の太腿に一撃を喰らう。

「…!」

声にならない、悲鳴が漏れた。


立ち上がれず、並ぶように倒れ伏す。

響いているのは、メリの悲鳴か。


…はは。お揃いの後ろ傷だな、友人。


どくどくと生命が流れゆくのを感じながら、首を回し、私に傷を負わせたレギオンを見る。

…身体は動かない。火箭槍は既に発火済み。

もはや抵抗の術のない獲物に、それでも油断なくにじり寄る機械獣の後ろには、更に同型の一匹が姿を現していた。


――ここまで、か。


集中を欠けば、敗北は一瞬。マムの言ったとおりだ。


暗くなる視界。

混濁する意識。不快な脂汗。砂のにおい。

こんなふうに、修行中は何度も倒されてたな。

思い出されたのは古巣のマムの姿、そして。


遠い記憶にある、一人の女性の笑顔。


「………」


…止めの一撃が、来ない。

眼を開ける。


そこには、小柄なグライフの妹が、私たちを庇うように。

兇獣たちの前に、立っていた。



※※※



やめろ。

逃げろ。メリ。


お前に何が――


うふふ。


耳鳴りの止まない聴覚に、場違いな、しかし確かな微笑の囁きが届いた。

発した彼女の表情は、背後の地べたからでは確認のしようがない。


まさか。

私は倒れ伏したまま、唇を血の滲むほどに噛み、混濁する意識を引き戻す。


そうだ。これは、――彼女ではない。

一片の恐れもなく、ただ淑やかに立つ、か細い色白な両足を見つめる。


そう、そのまま下がって。

よく出来ました。いい仔ね。


鈴の鳴るような、妖しくも美しい魔性の声が、頭上から囁くように響く。

二体の獰猛な殺人機械は、わずかの威圧感もないその声に従い、静かに後退った。


…馬鹿な。

制御不能な、狂った人工知能の制圧。己が目を疑わざるを得ない、非常識な光景。

中でも最も異様なのは、レギオンたちの瞳だった。

それは、獰猛な黄でも憤怒の赤でもなく――見たことのない、紫紺の状態へと遷移していた。


いや。見た経験ことは、ある。

まるで遠い時代の神殿のようだった、あの廃墟の屋上の記憶。

――彼女の姿は、まるで紫の魔女のようで。


あのときと、同じじゃないか。


「あなたから無理やりわたしを呼び出すなんて。心が千切れてしまうわよ…?」


ゆらりと立ったまま、一人で会話している。

異様な感応、いずれ尋常な精神状態ではない。


「そう。わかったわ。…ああ、あなたたちは何処かへ行って頂戴な」


機械の猛獣たちは滑稽なほどに、彼女の命令に忠実に従い。

あるものは門へ駆け戻り、あるものは城壁を駆け登り、

振り返りもせず、その跫音は無限の荒野へと消えていった。



※※※



獣の姿に怯え、慄き、嘆いていた人々の視線が。

安堵と困惑のそれへと変わり、メリへと集中する。


多くの人々の見つめる中、彼女はゆっくりと膝をつき、前方に倒れ伏した。

それはまるで、奇跡にすべての力を使い果たした聖女のように。


「室長…あれって…」

「紫翠の瞳…まさか、こんな辺境の端仕事で出くわすとはな…」


信じ難いものを、見た。

そう思ったのは、私だけではなかった。

だがその驚嘆は、私よりも大きいように見えた。

――あの、三人が。


「リゲル。バスケス。あの娘を最優先確保。『接収労働力』ではなく『特別協力者』扱いだ」

「……了解」

「あのボインの大将の隣に並べて移送すりゃいいスね。了解了解」


バスケスと呼ばれた女が近寄り、倒れて意識のないメリを抱き起こす。


まて。

メリをどうする気だ。

得体の知れない者どもが。


「……」

私の友人に、触るな。


血塗れの両脚に最後の力を込めて、立ち上がる。

残弾のない火箭槍タカクラを構える。

黒衣のリゲルが、正面に立った。


退け。


その無表情には、微かな憐憫が浮かんでいる。

火箭槍同士での対峙。

互いに残弾はない。槍術勝負だ。

荒れる呼吸を無理やり整え、敵を見据える。


一撃。

最後の力で、一撃だけなら。

その隙に、二人が逃げられれば。


何度も見てきた、相手をしてきた。手負いの獣こそ、最も恐ろしい存在なんだ。

そう念じて、マスクの中で、己が上下の牙を食いしばる。


「…!」


全力の、最高速の一閃。

殺意を込めて振り抜き、叩きつける。


だがそれよりも速く、黒衣の男の鋭い一撃が、

私の脇腹を跳ね上げるように撃った。



――空が見える。

西日に染まる、赤い叢雲。

その眺めを私は、どこか懐かしく感じた。



私の記憶も、痛みも、そこで途切れた。



(続)



先週も 60回 以上ものプレビューをいただき、ありがとうございました!

次回、バツたち第一群の第二章完です。

その次は第二群のオッサンどもの続きを予定しています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ