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「わ、私の好きな人はジークリオン様です。」
ジークリオン様の首にぎゅうぎゅうとしがみつきながら言います。今ここで言わなければ、ジークリオン様は私を置いてもう二度と戻ってきてはくれないでしょう。
「リリアン、ほんとうに? 本当なのか? 」
「本当です! 気持ちが変わってないのは私の方です。少し忘れていたけれど、ちゃんと思い出しました。私を鳩から守ってくれたこと、心配して怒ってくれたこと、手をつないでくれたこと、私をかばって大怪我したことも、全部わたしのなかに入っていたんです。」
私はそこまで言うと、腕の力を抜いてジークリオン様の顔を正面から見つめます。小さい頃の事を忘れている時は、目を合わさない様にと意識的に眉間のしわを見ていましたが、今日は違います。
そっとジークリオン様の眉間をそっと指でなぞりますが、今日はいつものようにしわはありません。ちょっと呆けているジークリオン様がいるだけです。
「ここのしわも、あの時からなんですね。私の前でだけ、ぎゅっとしわがありました。ずっと嫌われているんだと思っていました。」
「それはっ! ・・・それは、リリアンに嫌われない様に自制をしていて・・・だな。ハンスにも注意されていたのだが、自制しないと歯止めが利かなくなりそうでだな・・・。」
最後の方はごにょごにょと聞き取りにくいですがどうやら嫌われてはいなかったようです。
「では、どうしていつも私と話していただけなかったんですか? 」
「それは、リリアンを前に緊張している上に、声を聴くと聞き入ってしまって内容があんまり入ってこないから、当たり障りのない単語しか言えなくて・・・。」
「なぜです? 『マリアンナ』の時は普通に話せますわよね? 」
「ああ。これはしょうがないんだ。リリアンとだけどうしても普通に話せない。かっこ悪いと思われたくないんだ。」
「あ、それならわかります。私もジークリオン様には嫌われたくありません。だから婚約を破棄したのですもの。」
「そういえばリリアンは俺にリリアン以外に好きな人がいるって言ってたけれど、それは誰の事なんだ? 」
ええ? それを聞いちゃいますか? あんなにイチャイチャしてたじゃないですか!
「ん? なんで機嫌が悪くなった? 」
それはジークリオン様のせいですわ。
「私はハーミット様がジークリオン様の好きな方だと思ってました。だって、ジークリオン様のそばにいらっしゃる女性はハーミット様しかいらっしゃらないですし、香水が移るほどの距離でお話しなさるんですもの、それは『らぶらぶ』なんだと思うでしょう? それに・・・。」
「それに? 」
「あんなに立派で素敵な方でしたらジークリオン様が惹かれるのもわかる気がしたのです。王城で働く女性たちの剣となり、盾となり、凛として美しく、スタイルもばつぐん! まさに淑女の鑑ですもの。」
ここまで言ってからジークリオン様の方を見ると、あら? どうなさったのか左手で額を押さえています。
「ああ~、そうか。いまわかった。だからあんなこと言われたのか。誤解だとか・・・。」
ぶつぶつとつぶやいているジークリオン様の言葉をよく聞こうと、ジークリオン様の顔との距離を縮めようとしたとたんに肩をつかまれました。それはもう、がしっと。
「リリアン、金輪際、全く、絶対、死んでも、それはないからな!! 」
「なにがです? 」
「俺が、カレンを好きになることはない。というよりも、俺はお前しか好きにならないし、お前しか心は動かない。」
言われた意味が分かったとたんに、落ち着いていた顔の火照りがまた一気に、ぼぼぼぼぼ、と顔に出ます。
それを見たジークリオン様はとても意地悪そうに、でもとてもうれしそうに笑いました。
その顔を見て私もうれしくなって笑います。それはもうにっこりと。
「リリアン・・・。」
ジークリオン様の低いけれど優しい声で名前を呼ばれ、鼓動はますます速くなります。そのままジークリオン様の顔が近づいてきて、そっと私の上に落ちてきて・・・。
がしっ。
「はい、ソコマデヨー。」
そこには片手でジークリオン様の肩を押さえている凄みのある笑顔のリンゼイ兄様、いえ、リンディーがいました。
******
あれからものすごく怒っているリンゼイ兄様に捕まえられてジークリオン様と私はそのままフリューゲルス家に連れて帰られました。
家に着くと何故か泣いているハンス兄様とお父様、満面の笑みのシルフィ様とお母様に迎えられて、私はそのままお母様の部屋に、ジークリオン様はハンス兄様とお父様に連れられてしまいました。
なんだかジークリオン様の顔が少し引きつっていたように見えましたが、大丈夫でしょうか。
私はお母様の部屋で『マリアンナ』の変装を解き、シルフィ様とお母様と身支度を整えます。
「よかったナ、リリアン。」
「はい。ありがとうございます。」
お祝いの言葉をいただいて、顔が赤らんでくるのがわかります。思わず頬にてのひらを押し付けると自分の顔がいかに火照っているかがわかります。恥ずかしいですし、照れますね。
「あらら、可愛らしいわよ、リリアン~。もう、一時はどうなることかと思っていたけれど、これで二人は気持ちが通じ合った、と、いう事でよろしいのかしら? 」
「・・・はい。」
「「きゃーーー!!! 」」
お母様とシルフィ様の悲鳴が耳を攻撃してきました。もうこれは武器と言ってもいいかもしれません。
でも二人、手を取り合って大喜びしているのを見ると、私も実感がわいてきます。でも、本当にわたしでいいのでしょうか。
顔を上げると目の前には全身が入る姿見があります。そこには栗色の髪をおろした、不安でいっぱいの葡萄色の目でこちらを見ている、パッとしない小柄な女性が映っています。
「ねえ、リリアン。今日はうーんとおめかししましょうね。」
「そんなの必要ナイ! そんなことしなくてもリリーはカワイイ・・・んだからな! 」
「シルフィ様、それじゃあ、駄目よ。今日は特別な日なのよ。綺麗にして、もっとジークリオン君をドキドキさせてやらなくっちゃ!! 」
「そうなのか? そんなことしたらリリーがあのデカい奴に取られちゃうじゃないか・・・。」
悲しそうにうつむくシルフィ様を抱き寄せて、そっと頭を撫でます。
「大丈夫ですよ? 私はシルフィ様の事が大好きですもの。ずっとそばにいますわ。」
なでなでしていると頬が赤くなり、もじもじと嬉しそうに照れているシルフィ様はとてもかわいらしく、私は、心に芽生えた不安をそっと胸の中にしまったのでした。




