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「あの、ジークリオン、様? もう帰らないといけませんので離していただきたいのですが・・・。」
「・・・誰なんだ。好きなやつって、あきらめた婚約者って、誰のことなんだ? 」
急に背後から抱きすくめられてそんなこと言われても困ります。とにかくこの腕の中から抜け出したいんです。頑張って身をよじったりしながら抜け出そうとしますけれど、ジークリオン様の二本の腕はびくりともしません。
「あ、のっ、ジーク、リオン様、はなしっ、て、くださいっ! 」
「駄目だ。さっきの質問に答えてもらってない。」
「わかりました! 質問に答えますっ! だから、手を離してっ、くださいっ! 」
「・・・逃げない? 」
「逃げませんっ! 」
「わかった。」
そっと私の体を拘束していた両腕の力が抜けます。そのままくるりと反転させられて、ジークリオン様と向き合う格好になりました。
・・・なぜジークリオン様の両手が私の背後で組まれているのかがわかりません。先ほどまでとあんまり変わらない気がしますが、先ほどから一体急にどうしたんでしょう。
「はやく、答えてくれよ。一体誰なんだ? 」
「それは・・・。それは・・・。」
『マリアンナ』の格好でいる私がここでジークリオン様の名前を出せるわけがありません。困って黙ってしまった私をそっと抱き寄せるジークリオン様。
「お願いだから、本当のことを言ってくれ。・・・リリアン。」
「 !! な、何で・・・!! 」
「最初から気付いていたよ。『マリアンナ』が『リリアン』だってこと。」
「ええっ、本当ですか!! それじゃあ、意味がない・・・というか、なんで黙っていたんですか!! 」
「何かのいたずらかと思ったんだ。だったらいつもと違うように接することが出来るのかと思って。」
「だからいつものジークリオン様と違ったのですね。あの、その、手とか・・・。」
「ああ、これのこと? 」
にっこりと笑って体を離した後に右手をつながれました。もちろん恋人つなぎです。再現しなくてもいいんですけれども、と、軽くほどこうとしましたが、さらに強く握り直されてしまいました。
「『マリアンナ』に会った時、リリアンに悪さをしに来たのかと思ったんだ。」
ジークリオン様と私の婚約話が持ち上がったとき、ジークリオン様の周りの方は祝福していただけたみたいですが、ほんの少しだけ適齢期の女性がいるお家の方から反発があったらしいのです。
何だかんだ言っていたが、結局はアイゼンバルーとの婚姻関係によって利益を得ようとするのにリリアンの存在が邪魔だったんだろう。
めったに社交界に出てこないフリューゲルス伯爵の至宝といわれているリリアンに近づくよりもアイゼンバルーの方に近づいて悪い噂を立てればこの婚約が無くなると考えたのか、次から次へと婚約者を名乗る女性がやって来ては、自分の方がいい女だ、とか、自分と婚約すれば楽しめる、だのふざけたことを言ってくるから冷たくあしらっていたら、今度はリリアンのそばに不審な動きがあることに気付いた。ハンスにも確認したら、そうだ、なんて肯定するから慌てたよ。そんなときにやってきたのが『マリアンナ』だったんだ。
ジークリオン様がお話ししていただけましたが、なんで『マリアンナ』と『リリアン』が同一人物だとわかったのかがわかりません。そんなにバレバレだったのかしら?
「違うんだ。・・・その、信じられないかもしれないが、子供のころに事故で死にかけたことがあって・・・。」
「あのときの・・・。」
「 っ! 思い出したのか! 」
「は、はい。この間、部屋でうたたねしていた時に・・・。」
「あ、あの時か。」
「あの時、ですか? 」
まずい、みたいな顔をしたジークリオン様。ん? そういえば誰かが寝ている私に上着をかけて・・・。
「ジークリオン様、寝ている私に上着を掛けたりしていただいたりは・・・。」
そこまで言うと口元を左手でおおったジークリオン様はばつが悪い顔をしながら顔をそらして言った。
「・・・した。で、でもだな、決してやましい気持ちで部屋に入ったわけではなくだなっ! 」
「そんなに慌てなくても。・・・ふふっ。」
あまりの慌てぶりにおかしくて笑ってしまいます。
「大丈夫です。ジークリオン様に限って私の嫌なことをすることはないと、今では思っています。それに・・・。」
「それに? 」
「それに、ジークリオン様がそばにいらしたからあの事を思い出したような気がするのです。」
「そうかもしれない。最近リリアンはシルフィ様と契約をしただろう? シルフィ様の影響を受けてきて、だんだんと聖霊様の力で施した枷がほころびてきたんじゃないのかな。」
すまなさそうに話し出すジークリオン様ですが、いつも私の前で無口だったのが嘘のように話します。
「どのような力なのですか? 」
「心の傷が癒えるまで眠り、原因を忘れる力。」
「それで目覚めたときに聖霊様たちの事やジークリオン様の大怪我の事をわすれていたんですね。」
「ああ。思った以上にうまく行き過ぎてリリアンには嫌われてしまったようだが、それは俺にも責任がある。あんな態度をとれば会いたくないに決まっている。」
そんな風に話すジークリオン様は真剣な顔をして話し続けます。
「だから、聞きたいんだ、リリアン。リリアンの『好きな人』とは俺の事か? 」
「いまさらそんなことを聞いてどうするつもりですか? もう私たちは婚約者ではないんですよ? それに、私の気持ちは関係ないんです。私が願っているのは『好きな人』の幸せです。」
そこまで聞くとジークリオン様は息をつめます。しばらく無言でにらみ合います。ここで引くわけにはいきません。もしジークリオン様に私の気持ちを知られれば、今後の両家、ハンス兄様とのお付き合いが気まずいことになるのに違いありません。私さえ否定していれば、周りが何を言っても大丈夫! なはずです。そのあとはしばらく引きこもって好きな物語でも読み漁ろうかしら・・・。
「俺の『好きな人』はリリアンだ。」
そうですか。それはありがとうございます。・・・ん?
「俺は昔からリリアンの事が好きだ。」
人ってびっくりすると息をすることを忘れるんですね。顔に熱が集中してくるのはわかるのですが、頭が働かず、心臓の音がドクドクと体の中で響いています。目の前のジークリオン様にもこの音が聞こえそうです。息苦しく胸が痛くて涙が出てきました。だんだんとにじんでくるジークリオン様が涙をぬぐってくれながら言います。
「そんなに嫌がるとは思わなかった。すまん。もうこれで終わりにするから許してくれ。」
何を言っているんでしょう、この人。
謝りながらそっと抱きしめて、私を潰さないようにそっと抱きしめてくれているジークリオン様にしがみついて背中に回した手にぎゅっと力をこめます。
「ちがっ、ちがうのです。」
ぽろぽろと涙をこぼしながら首を振るだけしかできなくなっている私をジークリオン様はなだめます。
「どうしたんだ、リリアン、何が違うのだ? 」
ん? と、いいながら顔を覗き込むジークリオン様に首を振りながら抱きつきます。
「ジークリオン様が、すき、ですっ! 」




