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重厚な執務机に書類が積み重なって山になっていて、その山の向こうに宰相様がいるみたいです。ここからですと、誰かがいるなあ、くらいしかわかりません。
「なあ、もういいだろう? さっきからリリアン嬢を待たせてるんだろう? 休憩、休憩しようよ~~。」
「駄目です。この書簡は昨日までの期限だったはずです。その書簡がここにあること自体が問題なんですよ。」
「ええ~~~。」
ぶつぶつ言いながらさらさらと紙をめくる音と、ペンを走らせている音が聞こえます。なんだかお父様と執事のロイドのような会話で思わず笑ってしまいます。少し緊張が緩みましたが、油断はしません。背後にシルフィ様の気配を感じますので、今日はちゃんと部屋に入ってこれたようです。
侍従さんに案内してもらって向かい合っておかれているソファに座ります。座るとすぐに香茶セットが運ばれてきました。そのまま侍従さんが香茶を入れてくれたカップを見た私は固まってしまいました。あまりにも柔らかい曲線で作られた持ち触りのいい形の持ち手に、口の当たるところの絶妙なライン。それに濃い目の香茶が生えるようにカップの中の色は純白です。持ち手には繊細な細工が・・・よく見るとこれは聖霊様が生み出したといわれるパフの花です。丸い花で四方八方に細い花弁が飛び出して球形に見える珍しい形の花です。そのモチーフが持ち手の部分に細工されているという事は・・・。やっぱり聖霊様に関する話をするぞ、という前振りでしょうね。
背中に一本棒が入ったように背筋が伸びます。そんな動きを知らないうちに観察されていたようで、立ってこちらを向いている宰相様が肩を揺らして笑っています。そのまま私の座っているソファの方へと近づいてきます。頭の中で先ほどお母様と交わした会話を思い出しました。
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「お母様、宰相様と対決ですわ!! 」
「んん~、対決するんですの? 」
「ええ、だって宰相様から詳しく話を聞きたいって言われたんですのよ。聖霊様の事を黙っているなんてことはもうできません! どうしたらいいんでしょう。」
おろおろしている私をお母様が優しく抱きとめてくれました。そのまま背中を優しくなだめるように撫ででくれます。
「大丈夫ですよ。あの方は小娘なんか目じゃないのよ。リリアンが束になってもかなわない相手よ。だったら素直に話せばいいのよ。あなたの思うことを全部。」
「・・・そんなことしてもいいの? みんなに迷惑かからない? 」
「いいのよ。リリアンの問題は家族の問題よ。」
そう言ってお母様は私をそっとソファに座らせて隣に座ります。
「いいこと? リリアン。一人で出来ることは限られているんですもの、どんなに頑張ってもどうにもできないことがあるの。その時の決断で物事は良い方にも悪い方にも転がるし、取り返しのつかない事態にも陥るかもしれない。だからよく考えるの。時間が長ければいいってことはないわ。即決でもいい判断はあるものよ。」
ウインクしながらお母様は、まるで好きなロマンス小説の話をしているような気軽さでお話をしてくれます。
「ね、リリアン。フラットになりなさい。冷静にならなければいろいろと考えることができないわ。平常心、平常心よ。」
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「待たせてすまなかったね。リリアン嬢。」
「いえ、こちらこそご迷惑をおかけいたしました。」
「・・・そのカップは気に入ってくれたかな? 」
「はい、大変気に入りました。」
宰相様は話しながら私の向かいに座ります。その背後にはこの間の騎士様が立っていらっしゃいます。
「この間、ジークリオンが来た時にうまく機転を利かせてくれてありがとう。おかげで少しだけ助かったよ。この書類の量で済んだ。」
わっはっは、と豪快に笑う宰相様はひとしき笑った後、大きく息を吸って鋭いまなざしを私に向けました。
「で、この間の詫びもかねて私にできることがあるなら聞こうか。」
言ってごらん、と、促された私は少し考え込んだ後、口を開きました。
「宰相様と二人きりでお話をしたいです。なので、人払いをお願いしたいです。」
「それがリリアン嬢の望みなのか? 」
「はい。」
ここまで来たら後戻りはできません。フリューゲルスの皆には迷惑をかけると思いますが、持てる力全力でその後の事は保証しますわ。アイゼンバルー家に迷惑をかけることがないのは不幸中の幸いですね。
宰相様はひとつうなづくと後ろに立っている騎士様も下がらせようとしました。
慌てたのは私と騎士様で、そんな二人を見て宰相様は笑いながらおっしゃいます。
「おい、私は二人きり、と言われたんだぞ。はやく下がりなさい。それに、護衛の心配はいらないだろ? 」
最後は冗談めかして私に向けて言いましたが、含みのある言葉に背筋が伸びます。宰相様の言葉に納得したのか騎士様も部屋から出て行かれました。
「さあ、リリアン嬢。これであなたの望んだ通り、人払いはした。何を話してくれるんだい。」
そう言われてどこから話そうか迷いましたが、ひいおじい様同士の約束の事から話すことにしました。
宰相様は途中で相づちを入れることはあっても、私の話を切るようなことはせずに、つっかえ、考えながら話す私のことを見ていてくれました。
長い話になりましたので全て話し終えた時は室内が薄暗くなり、その様子に話し終えてから気づいた私は慌てて宰相様に頭を下げます。
「宰相様、長い話にお付き合いくださり、ありがとうございました。これで私の話は以上です。」
包み隠さず今日までの起きた出来事を話しきったので心地よい解放感と疲労感で気分は少し高揚しているようです。
ついでと言ったら申し訳ないのですが、私から一つ宰相様におねだりをすることにしました。
「宰相様、さらに一つお願いを聞いていただけますか? 」
「ああ、いいよ。」
「よろしいのですか? ここにきて私、とんでもないことをお願いするかもしれませんよ? 」
「あまりにとんでもないことだったら私が持てうる力を使って阻止するであろうが、あなたはそんなことを言う人間ではないだろう。な、聖霊殿。」
「ソウダナ。そんな人間なんぞ、ワタシに好かれるわけがない。それにリリーに何かしたらワタシが全力でツブス。それこそ持てる力をすべて使ってナ。」
「くっくっく。だ、そうだよ。リリアン嬢。」
とても楽しそうに笑う宰相様と警戒しているシルフィ様。シルフィ様、落ち着いてくださいね。なでなでとシルフィ様の頭を撫でまわします。ほう、と一息つきます。体の内側に気持ちいい風が吹いているようにすっきりとします。ほんとうにシルフィ様は素敵な聖霊様ですわね。ほの暗い室内に淡い光が私とシルフィ様から波紋となって広がっていきます。その様子を見た宰相様は優しそうに目を細めて話します。
「これは眼福だ。聖霊様とリリアン嬢は心が深くつながっているようだな。空気が澄んできたようだ。無意識に清浄の力があふれ出るのでは、悪意のある人間は近づくことはできないな。それで、リリアン嬢の望みとは何かね? 」
「はい。ジークリオン=アイゼンバルー様との婚約破棄の後ろ盾となって欲しいのです。」




