第3話:元部下(30代美女)、スーツケース一つで押し掛ける
「……本当に辞めてきたのか、桐生」
「はい! 島崎さんが辞めたあと、高橋PMが速攻で炎上させて現場をぐちゃぐちゃにしたので『お先に失礼しまーす』って辞表叩きつけてきました!」
リビングのソファで、桐生葵は爽やかな笑顔を浮かべながら缶ビールをぐっと煽った。
かつてチームの優秀なサブリーダーとして、どんな炎上案件もクールに捌いていた30代の優秀な部下。
しかし今の彼女は、ジャケットを脱ぎ捨て、少し胸元の緩んだニット姿でリラックスしきっている。
ふわりと漂う上質なシャンプーの香りと、ふとした仕草で見え隠れする大人な女性の体のライン。
会社では見せなかった無防備な距離感に、島崎は思わず目のやり場に困り、視線を手元のグラスへ逃がした。
「……ハァ。お前まで無職になってどうするんだ。優秀なんだから、残っていれば昇進できただろうに」
「島崎さんのいない職場なんて、胃を痛める価値もありませんよ」
葵は缶ビールをテーブルに置くと、少し上目遣いで島崎を見つめてきた。
その瞳には、冗談めかした言葉とは裏腹に、強い本気が宿っている。
「それに……私、知ってますよ? 島崎さんが退職届を出した夜、ガレージで『何か』を試してたこと」
「……気づいていたのか」
「長年、島崎さんのコードと背中を見てきたんです。隠し事なんて無理ですよ。――私を、島崎さんの『バディ』にしてください。前衛なら、趣味で習っていた剣道と護身術が役に立ちます」
覚悟の決まった真っ直ぐな視線。
島崎はひとつ大きなため息をつくと、苦笑いを浮かべて立ち上がった。
「言っておくが、甘い世界じゃないぞ。……ついて来い」
島崎は葵をガレージへと案内した。
作業台の上に鎮座しているのは、昨日近所のアウトドアショップで三万円奮発して購入した、重厚なサバイバルナイフだ。
「これを見てみろ」
島崎がナイフを手に取り、壁際に置いてあった厚さ二十ミリの特殊鋼鉄板――ダンジョン対策用の建材に向け、軽く一閃する。
音もなく、鋼鉄板が豆腐のように斜めにスライドし、ドスンと床に落ちた。
「っ……!? な、なんですか今の!? 鉄板が……斬れた……!?」
葵が目を見開き、口元を手に当てて絶句する。
「俺の能力は『システム錬金術』だ。物質の構造を書き換えて、物理法則そのものを改変できる。このサバイバルナイフには『絶対切断』と『質量最適化』の概念を付与してある」
「ぜ、絶対切断……!? 市販のナイフに、そんな伝説級の性能を……!?」
「フッ、三万円もしたからな。安物じゃこうはいかん」
島崎が少し誇らしげにニヤリと笑うと、葵は驚きから一転、ウットリとした熱い視線を島崎に向けた。
「やっぱり……やっぱり島崎さんは凄いです! 私の目に狂いはなかった……!」
感極まった葵が、思わず島崎の腕にギュッと抱きついてくる。
「うおっ!?」
「あ……す、すみませんっ! 嬉しくてつい……!」
柔らかく豊満な感触と温もりがダイレクトに腕に伝わり、島崎の心臓が跳ね上がる。
葵も自分の行動の積極性に気づいたのか、ポッと頬を朱に染め、パッと腕を離した。
互いに少し気まずい沈黙。しかし、その空気感は決して嫌なものではなかった。
大人同士の、どこか甘くむず痒い緊迫感がガレージを満たす。
「コホン……。ともかく、明日から近所のFランクダンジョンへテスト攻略に行く。葵、お前用の装備も仕立ててやるから、覚悟しておけよ」
「……はいっ! よろしくお願いします、島崎さん……うふふ、なんだか凄くワクワクしてきました!」




