第2話:素材はホームセンターとアウトドアショップ。ベテランSE、無自覚に伝説級(アーティファクト)を量産する
翌朝。島崎はここ数年で一番のすっきりとした目覚めを迎えた。
急な仕様変更の電話で叩き起こされることも、胃を痛めながら満員電車に揺られることもない。
「さて……まずは検証からだな」
島崎は淹れたてのコーヒーを片手に、自宅に併設された趣味のガレージへ足を運んだ。
作業台の上に並べたのは、昨日近所のアウトドアショップとホームセンターで買ってきた市販品の数々だ。
奮発して買った三万円の本格サバイバルナイフ。
三千円の安全靴。
五千円の作業着(上下)。
島崎が三万円のサバイバルナイフに意識を集中すると、昨夜と同じように空中に半透明の『ソースコード』が浮かび上がった。
Plaintext
Class: Survival_Knife {
Material: High_Carbon_Steel, Rubber_Grip;
Sharpness: 45/100;
Durability: 80/100;
Weight: 0.4kg;
}
「ふむ……やっぱり構造が丸見えだ。プログラムと同じなら、数値を書き換えるだけじゃなく、新しい関数も追加できるはずだが」
島崎は空中の文字列に指を半ば無意識に這わせ、コードを直接叩くように編集を始めた。
本来のシステム開発なら、面倒な要件定義や上司の承認が必要だ。だが、ここには口うるさい若手PMも、無茶を言うクライアントもいない。
純粋な『モノづくり』の喜びが、ベテランエンジニアの胸を熱くさせる。
「『Sharpness(切れ味)』の数値を上限まで解放。ついでに『IF条件』を足して……対象が指定した物質以外なら切断しないように安全装置を組み込むか」
流れるような手付きでコードを書き換え、エンターキーを叩くように指を弾く。
――『コンパイル完了』。
黒く武骨だったサバイバルナイフの刀身が、一瞬だけ淡いプラチナ色の光を放ち、凄まじい威圧感を纏った。
「よし、テストだ」
島崎は手近にあった厚さ十センチほどの特殊鋼鉄板――ダンジョン対策用の建材の端材に向け、ナイフを軽く振り下ろした。
抵抗は、まるでなかった。
スゥッ……。
刃先が触れた瞬間、分厚い鉄板が音もなく斜めにスライドし、ズンッと重い音を立てて床に落ちた。切断面は鏡のように滑らかだ。
「……おいおい、冗談だろ。三万円のナイフが、これ一本で上位ダンジョンの装甲モンスターすら一撃で解体できそうだな」
自分のしでかした異常な結果に、島崎は思わず苦笑する。
しかし、一度火がついたエンジニアの『最適化』への探求心は止まらなかった。
続いて、作業着と安全靴のコードを展開する。
「ただ硬くするだけじゃ重くて動けない。だったら『質量ゼロ(Weight=0)』の概念を付与して……物理攻撃に対する『自動反発(Auto_Reflect)』のコードをループ処理で仕込んでおくか。ついでに自動温度調節機能も入れよう」
カタカタカタッ、と見えないキーボードを叩くように、次々と現実の法則を書き換えていく。
数十分後。
ガレージの作業台の上には、神話の鍛冶師が見たら泡を吹いて倒れそうな『絶対切断のサバイバルナイフ』と『物理攻撃完全無効&環境適応の作業着』という、見た目だけは市販品の規格外が完成していた。
「素晴らしい。バグもエラーも吐かない。俺の書いたコードが、完全に現実の物理法則を上書きしている」
満足げに頷き、完成した作業着に袖を通した、その時だった。
『――ピンポーン』
自宅のインターホンが鳴った。
こんな朝早くに誰だろうか。宅配便を頼んだ記憶もない。
ガレージのモニターを確認した島崎は、思わず目を瞬かせた。
「……桐生?」
画面に映っていたのは、昨日まで同じ職場で働いていた優秀な部下――桐生 葵だった。
普段の隙のないタイトスカートのスーツ姿ではなく、動きやすいデニムとニットというラフな私服姿。
そしてなにより、彼女の横には『巨大なスーツケース』がドカッと置かれている。
『あ、島崎さん! いますよね!? 開けてください!』
モニター越しの葵は、なぜか満面の笑みを浮かべながら手を振っていた。




