第19話:異世界の未知なる大地と、極上グラマラス・キャンピング
富士地下大樹海ダンジョン第70階層の最深部に存在していた、巨大な宇宙転移門【異界の大ポータル(アストラ・ゲート)】。
吸い込まれるような黄金色の光の濁流を突き抜け、軽トラ『天空スイート号』が未知なる空間へと躍り出た直後――二人の眼前に広がったのは、地球のどんな大自然とも異なる、圧巻の「異世界」の光景であった。
シュワァァァァァッ……!
フロントガラス越しに見える上空には、青白く輝く巨大な太陽と、少し小さめの黄金色の太陽という「二つの太陽」が美しく並んで浮かんでいる。
空の色は透き通るような美しい紫紺色。地平線の向こうには、見たこともない巨木が立ち並ぶ純白の原生林と、虹色に光り輝く巨大な水晶の山脈がどこまでも続いていた。
大気は非常に澄み渡り、車外センサーが計測した数値は、地球の高級リゾート地をも凌駕するほどの高濃度酸素と、純粋で心地よい魔素に満ち溢れていることを示している。
「ふぅ……無事にポータルを通過できたようだな。ここが、富士ダンジョンの最深部の先に存在していた『異世界』というわけか」
島崎成己は、車体の反重力スラスターを滑らかに制御しながら、紫紺の空から見下ろした美しい水晶山脈の麓――エメラルドグリーンに輝く広大な草原へと軽トラを静かに着陸させた。
「わぁぁぁぁっ……! 島崎さん、見てください! お空に太陽が二つもあります! 草も木もキラキラ光っていて、すっごく綺麗です……!」
助手席の桐生葵が、シートベルトを外して窓にぴったりと張り付きながら、少女のように目を輝かせて声を弾ませた。
かつて連日徹夜と理不尽な残業に追われ、会社の灰色の天井ばかりを見上げていた日々が、まるで遠い前世の出来事のように思える。
島崎と共に軽トラに乗り、地球を飛び出してこんな誰も見たことのない美しい異世界の大地に立っている――その事実だけで、葵の胸は溢れんばかりの感動とトキメキで満たされていた。
『マスター! 本惑星ノ大気成分、重力値、気圧ノ解析完了シマシタ! 人体ニ有害ナ毒素ハゼロ! 地球ヨリ快適ナ環境デス!』
球体アシスタントドローンのポーカーが、つぶらな青いLEDの瞳をチカチカと点滅させながら、嬉しそうに車内をクルクルと飛び回る。
「よし、ポーカー。良くやった。……葵、長旅で少し疲れただろう? ここは最高のロケーションだ。少し長めの休憩にしようか」
「はいっ! 島崎さん! こんな素敵な場所で休憩できるなんて最高です!」
「よし……では、軽トラを異世界キャンプ仕様へチェンジしよう」
島崎はスマートキーのタッチパネルを操作し、システム錬金術の最新メニューを静かに起動させた。
『――システム錬金術・機能拡張:アストロ・グランピング・ドライブ 起動』
『――車体外部:大型ウッドテラス&自動日よけオーニング展開』
『アイアイサー、マスター! ディメンショナル・カウンター・イージス 全開起動デス!』
ガションッ! ウィィィィィン……!!
純白の軽トラの車体側面から、ぬくもりのある天然木の広いウッドテラスが自動で滑り出し、上部からは日よけとなる美しいタープテントが優雅に広がる。
荷台の居住スペースは、ふかふかのふんわりとした高級本革ソファと、ゆらゆらと温かな炎が揺らめく車載薪ストーブを備えた『超豪華リビングルーム』へと早変わりした。
「な、なんですかこの凄すぎるキャンプセットはぁぁぁっ!?」
葵が目を丸くして感嘆の声を上げる。
「雲上での露天風呂に続いて作成してみた『極上グラマラス・キャンピング(グランピング)仕様』だ。どんな異世界の大地でも、我が家のように快適に過ごせる」
「すごいです、島崎さん! これ、もうどこかの超高級ホテルのスイートルームじゃないですか!」
二人は車から降り、テラスに置かれたフカフカのソファに腰掛けた。
そよ風が頬を撫で、二つの太陽が注ぐ心地よい光と、水晶山脈から漂う爽やかなアロマのような香りが全身を包み込む。
『マスター! アオイ様! 周辺ノ異世界植物カラ、超極上ノ果実ヲ発見・採取シマシタ!』
ポーカーが小さな羽をパタパタと動かしながら、可愛らしいバスケットを抱えて戻ってきた。
バスケットの中には、マンゴーのように熟した鮮やかな黄金色の果実と、透明な宝石のように輝くイチゴに似た異世界の果実がどっさりと入っている。
「ほう……ポーカー、毒性チェックは済んでいるか?」
『勿論デス! 成分解析完了! 糖度50度超えノ超超絶甘イ【星の蜜果】デス! 美容ト魔力回復ニ抜群ノ効果ガアリマス!』
「わぁぁっ、美味しそう! ポーカーちゃん、ありがとう!」
葵が宝石のような果実を一口かじると、口の中で弾けるような果汁と濃厚な甘みが一気に広がった。
「んんん~~~っ!! 甘くて、冷たくて……すっごく美味しいです! 島崎さん、食べてみてください!」
「どれ……ふむ、これは美味いな。天然のゼリーのようだ。よし、この果実を使って、冷たい特製フルーツパフェとアイスティーを作ろうか」
「パフェ!? 私、手伝います!」
異世界の爽やかな風が吹き抜けるウッドテラスで、二人はポーカーと一緒に採れたての異世界フルーツをふんだんに使った贅沢なパフェを作り、優雅で最高のティータイムを楽しんだ。
ブラック企業での苦惨な残業や、地球でのギルドの煩わしい手続きなど、ここでは何の意味もなさない。ただ二人と一台の軽トラで過ごす、至福の時間が過ぎていく。
――しかし、そんな平和で穏やかな時間を破るように、大地を揺るがす強烈な地鳴りが響き渡った。
ズズズズズズズズズ……!! ゴゴゴゴゴッ!!
虹色に光り輝いていた水晶山脈の奥から、雲を覆い尽くすほどの超巨大な影が姿を現した。
『ピピピピッ! 警告! 本異星ノ超超極大級オーバーロード(生態系頂点)を感知! ターゲット名【次元崩壊竜・アストラ・レヴィアサン】!』
ポーカーの青い瞳が緊急警報の赤色に点滅する。
山脈を押し潰しながら姿を現したのは、全長一キロメートルを超える、全身が透明な紫水晶の甲殻で覆われた超巨大な伝説の龍であった。
その身から放たれる圧倒的な威圧感は、地球のSランクモンスターなど比較にすらならない、この異世界の大地を支配する絶対的な覇者の風格を纏っている。
アストラ・レヴィアサンは、自分の領域に勝手に侵入し、優雅にお茶会を楽しんでいる軽トラと人間たちを見下ろすと、身の毛もよだつ恐怖の咆哮を轟かせた。
グオォォォォォォォォォンッ!!!!
その咆哮だけで周囲の空間が微細に歪み、大気が激しく振動する。
レヴィアサンは巨大な顎を開くと、その胎内に溜め込んだ極大の『次元消滅ブレス』を溜め込み始めた。紫色の莫大なエネルギーが渦を巻き、一瞬で軽トラ周辺の数十キロ四方を消滅させようと狙いを定める。
葵の瞳に凛とした光が宿り、小太刀の柄へ手を伸ばした。
「島崎さん……あの大きな竜、私たちのせっかくのパフェタイムを壊そうとしています」
「やれやれ……どこへ行っても、他人の穏やかな時間を邪魔する不躾な奴はいるものだな」
島崎はパフェのスプーンを静かに置くと、ゆったりと立ち上がり、軽トラのスマートキーのメインスイッチを押した。
「ポーカー、新しく開発した防衛ギミック――『次元反転カウンターバリア』の出力を100%に固定しろ」
『アイアイサー、マスター! Dimensional_Counter_Aegis 全開起動デス!』
ヴィーーン……!
軽トラの車体とウッドテラス全体を覆うように、美しい虹色の幾何学模様で構成された絶対防衛バリアが瞬時に展開された。
それを見たアストラ・レヴィアサンは、「愚かな羽虫めが」と言わんばかりに、溜め込んだ極大の次元消滅ブレスを一気に解き放った!
ドゴォォォォォォォォォンッ!!!!
世界を割るような光と衝撃。
紫色の次元消滅の光線が軽トラを完全に飲み込み、周囲の水晶山脈がドカンと音を立てて砕け散る。
レヴィアサンは、不法侵入者の虫ケラどもが一瞬で蒸発したと確信し、尊大に首を振った。
――しかし。
直後、弾け飛んだ炎と衝撃波の煙の中から現れたのは、パフェの生クリーム一つすら溶けていないピカピカの軽トラと、優雅にソファーに腰掛けた二人の姿であった。
『ピピッ! 敵ノ次元消滅攻撃エネルギー、100%の吸収・相殺完了! 倍率300%へ変換完了デス!』
ポーカーが嬉しそうに羽をパタパタさせる。
「な……!? あんなに凄い攻撃を、また完全に吸収しちゃったんですか!?」
葵が目を丸くして驚嘆する。
「ああ。自分の攻撃の三倍の威力となって自分へ返ってくる……自業自得のカウンターだ。……行け、ポーカー!」
『ラジャーデス! 【次元全反射ブースター】、発射ぁぁぁっ!!』
ピカァァァァァッ!!
ズドォォォォォォォォォォンッ!!!!
軽トラのバリアから解き放たれたのは、先ほどのレヴィアサンのブレスの「三倍の規模」となった、極大の虹色光線であった!
光の濁流は空を切り裂き、寸分違わず上空のアストラ・レヴィアサンの超巨大な巨体へと直撃した!
バリバリバリバリッ! ドカンッ! ボカンッ!!
「グガァァァァァァァッ……!?」
絶叫を上げる異世界の絶対覇者レヴィアサン。
その強靭を誇っていた紫水晶の甲殻は一瞬で全粉砕され、三倍の次元崩壊エネルギーに耐えきれず、巨体が空中でおもちゃのように弾け飛んだ。
そして何千何万の眩い光の粒子となって、異世界の大地へと惨めに霧散していったのだった。
『――ターゲットの完全撃破を確認! 超絶レアドロップ【高次元空間固定コア】および【異世界神竜の魔核】の回収完了デス!』
ポーカーがポンポコとダンスを踊りながら、回収した超巨大な結晶コアをコンソールへと格納する。
「ふぅ……これで静かになったな。葵、パフェの続きを食べよう」
「はいっ! 島崎さん!」
異世界の最強の龍が一瞬で自滅・退場した圧倒的な爽快感の中、二人は再びソファに座り、絶品パフェを堪能するのだった。
そして、撃破したレヴィアサンが落とした【高次元空間固定コア】をポーカーが解析した瞬間、車載コンソールに驚くべき解析データが浮かび上がった。
『マスター! 朗報デス! 今回収シタ【高次元空間固定コア】ノデータを解読シマシタ!』
「ほう……何が分かったんだ、ポーカー?」
『コノコアヲ軽トラノ空間ジャンプ・エンジンニ組み込むコトデ、富士ダンジョンヲ逆走・スルーシテ、地球ノ島崎様ノご自宅前ヘ【一瞬デ直接帰還スルーワープ】スルコトガ可能ニナリマス!』
「な……なんですって!? 地球の島崎さんのおうちへ、一瞬で帰れるんですか!?」
葵が驚きで身を乗り出す。
島崎は口元に優しい笑みを浮かべ、コンソールの画面を見つめた。
「なるほどな……。富士ダンジョンの100階層をわざわざ徒歩で苦労して上り直す必要もなく、この軽トラの力でいつでも地球とこの異世界を自由に行き来できる『ショートカットポータル』が完成したというわけか」
「すごいです、島崎さん! それなら、地球の我が家でゆっくりしながら、いつでもこの綺麗な異世界へドライブに来られますね!」
「ああ。社畜時代には考えられなかった、最高の自由なスローライフの始まりだな」
島崎と葵、そしてポーカーの三人は、満開の笑顔で顔を見合わせるのだった。
こうして、富士ダンジョン最深部70階層を突破し、異世界の大地をも軽トラで制覇した二人の冒険は、いよいよ地球への感動の直接帰還と、新たなスローライフの開幕へ向けて『第一部のグランドフィナーレ』を迎えるのだった――!




