第18話:70階層『外宇宙無重力圏』と、軽トラの星間巡航モード起動
富士地下大樹海ダンジョン第70階層。
そこは、人類が誰一人として足を踏み入れたことのない、ダンジョンの常識を根底から覆す異様な世界であった。
巨大な漆黒の扉を潜り抜けた瞬間、軽トラ『天空スイート号』のフロントガラス越しに広かったのは、岩肌でも樹海でも、あるいは雲海でもなかった。
無限の暗闇がどこまでも続く、果てしない『宇宙空間』である。
頭上にも足元にも地平線など存在せず、視界の限りを埋め尽くすのは、怪しく青白く輝く無数の星々や星雲、そして空間をゆったりと漂う大小さまざまな巨大隕石の群れであった。
「し、島崎さん……! ここ、本当にダンジョンのの中なんですか……!? 空も地面もなくて、お星さまがいっぱいです……!」
助手席の桐生葵が、シートベルトを握りしめながら目を丸くして窓の外を見つめた。
大気もなければ重力すら感じられない完全な無重力空間。普通であれば、生身の人間が一瞬で息絶え、血液が沸騰して凍りつく地獄の極限環境だ。
「ああ、富士ダンジョンの最深部は、地球の内部でありながら次元の歪みによって外宇宙と直結しているようだな。まさかダンジョン攻略で宇宙遊泳をすることになるとはな」
島崎成己は驚くどころか、むしろ少年のような好奇心に目を輝かせながら、ダッシュボード中央のコンソールパネルへと手を伸ばした。
『マスター! 周辺空間ノ気圧ゼロ、酸素ゼロ、宇宙放射線検出! 本車ノ環境保護モードヲ【完全外宇宙適応】ニ切り替えマス!』
愛くるしい球体アシスタントドローンのポーカーが、パタパタと小さな羽を動かしながら車内を飛び回り、元気な電子音で告げる。
「頼むぞ、ポーカー。軽トラを【星間巡航仕様】に変形だ」
『ラジャーデス、マスター! Cosmo_Cruiser_Drive 起動!』
ガションッ! ウィィィィィン……!!
純白の軽トラの車体各部から、重厚な変形メカニカル音が響き渡る。
車内全体は完全密閉型の『高次元生命維持フィールド』で覆われ、地上と変わらない1気圧と快適な酸素、さらには適度な1Gの疑似重力が車内に発生した。
さらに車体外部では、四つのタイヤのホイール中央から青白く煌めく『高密度重力制御スラスター』がせり出し、荷台部分からは宇宙空間の歪みを滑らかに滑走するための『空間歪曲メインウィング』が左右へと優雅に展開された。
どこからどう見ても可愛らしい農家の軽トラでありながら、その実態は恒星間航行すら可能とする超最新鋭の『宇宙戦艦仕様軽トラ』へと完全変形を遂げたのだ!
「すごい……! 車の中は全然苦しくないですし、温かいです! 島崎さんのシステム錬金術は本当に魔法みたいですね!」
「ふふ、これで宇宙空間でも地上と同じようにドライブが楽しめる。葵、せっかくだから宇宙空間でのティータイムと行こうか」
島崎がコンソールのドリンク保持用ボタンをタップすると、システムキッチンから淹れたての温かいブレンドコーヒーと、葵が大好きな焼きたてのチョコスコーンが滑り出してきた。
「わぁぁぁ、ありがとうございます! 宇宙を見ながら温かいコーヒーとスコーンだなんて、世界で一番贅沢なドライブですね!」
無重力空間に浮かぶ漆黒の宇宙と煌めく星々をフロントガラス越しに眺めながら、二人は車内でほっと一息つく。
漆黒の暗闇の中で、冷えたチョコスコーンをサクッと一口かじる葵の横顔は、心からの幸福感に満ち溢れていた。
――しかし、そんな二人の優雅な宇宙お茶会を遮るように、漆黒の宇宙空間の奥底から恐ろしい地鳴りのような『空間振動』が響き渡った。
ズズズズズズズズズズ……!!
『ピピピピッ! マスター、前方アステロイドベルト(隕石群)ノ奥ヨリ、超極大クラスノ異星生命体反応ヲ検知シマシタ!』
ポーカーのつぶらな青いLEDの瞳が警告の赤色に点滅し、車載コンソールに巨大な立体ホログラムの赤点群が表示される。
暗闇の彼方、直径数百メートルを超える巨大なアステロイド(隕石)を粉砕しながら姿を現したのは、全身を強靭な漆黒の岩石甲殻で覆われた超巨大な星間怪物――【アステロイド・ドラゴン(隕石竜)】の群れであった!
その全長は一頭あたり三百メートルオーバー。
口からは高濃度の重力光線を放ち、宇宙空間に漂う隕石や星の破片を喰らって増殖する、70階層の生態系の頂点に君臨する絶望のガーディアンである。
それが一頭だけでなく、なんと三十頭以上もの大群を成して、突如現れた軽トラを不法侵入者と見なして群がってきたのだ。
グォォォォォォォォンッ!!
音の存在しない真空の宇宙空間で、直接精神を揺さぶるような咆哮が響く。
アステロイド・ドラゴンの大群が一斉に巨大な口を開くと、その深遠から赤黒い極大の『重力崩壊ビーム』が解き放たれ、光の濁流となって軽トラへと迫る!
通常であれば、国レベルの最新鋭宇宙艦隊すら一瞬で蒸発・消滅させられるような絶望的な破壊力の奔流だ。
「島崎さん! 凄まじい攻撃が来ます!」
葵が身を乗り出し、腰の小太刀の柄へ手をかける。しかし、島崎はコーヒーカップをサイドホルダーに静かに置くと、落ち着いた手つきでステアリングのメインスイッチを押した。
「慌てる必要はないよ、葵。宇宙仕様のバリアの威力を試す絶好の機会だ」
『――防衛力場:Cosmo_Aegis_Shield 展開』
バババババババッ!!
軽トラの車体全周囲に、宇宙空間の光を屈折させる幾重もの青白い多面体バリアが展開された。
直後、三十頭以上のアステロイド・ドラゴンが解き放った極大の重力崩壊ビームが、軽トラを完全に呑み込んだ!
ドゴォォォォォォォンッ!!
宇宙空間で炸裂する激しい光とエネルギーの連鎖爆発。
アステロイド・ドラゴンたちは、自分たちの放った絶対的な攻撃によってちんけな白い車両が一瞬で原子レベルに粉砕されたと確信し、満足そうに鼻を鳴らした。
――しかし。
爆煙と光の残滓が宇宙空間へ散っていった直後。
そこには、塵一つついていないピカピカの軽トラが、何事もなかったかのようにふわりと浮いていた。
『ピピッ! 敵攻撃エネルギーノ完全吸収完了! 車載蓄電コア、エネルギー100%チャージ完了デス!』
ポーカーが嬉しそうに翼をパタパタと動かす。
「な……!? あの怪物たちのビームを完全に吸い取っちゃったんですか!?」
葵が目を丸くして驚愕する。
「ああ。吸収したエネルギーは、こちらの大砲の威力に変換される仕組みだ。……さて、こちらからも挨拶と行こうじゃないか」
島崎がステアリング右側の赤いレバーを引くと、コンソールパネルに眩いホログラムUIが浮かび上がった。
『――荷台変形ギミック:主砲ノヴァ・バスター・プラズマキャノン 展開』
ガションッ! ズズズズンッ!!
軽トラの荷台部分が真っ二つにスライドし、その中央から巨大な二連装の『超高圧重力プラズマ主砲』がせり出した。
先ほどアステロイド・ドラゴンたちから吸収した莫大な攻撃エネルギーが、二本の砲身の奥で青白いプラズマ光となって荒々しく渦を巻く。
「ポーカー、敵群の中心座標の超精密演算を頼む」
『アイアイサー! ポーカーノ超高密度AI演算起動! ターゲット32頭ノ中心点、軌道修正完了! 主砲照準、完全固定シマシタ!』
ポーカーが宙を舞いながら、完璧な射撃ルートを算出してメインコンソールへ転送する。
「葵、小太刀の魔力を少し分けてくれるか? 君の綺麗な刃の輝きを、この砲弾に乗せたい」
「はいっ! 島崎さんの主砲に、私の魔力を乗せます!」
葵が小太刀を抜刀し、その刀身から放たれる美しい桜色の聖なる魔力を軽トラのメインコアへ注ぎ込んだ。
プラズマ主砲の砲口で渦巻くエネルギーが、青白から息をのむほど美しい『桜色のプラズマ光彩』へと変化を遂げる。
「よし……超高圧重力プラズマ主砲『ノヴァ・バスター』、発射!!」
島崎がメイントリガーを強く押し込んだ!
ズドォォォォォォォォォォンッ!!!!
音の存在しない宇宙空間を、世界を裂くような眩い桜色の光の濁流が突き抜けた!
その圧倒的なエネルギー波は、迫り来る三十頭以上のアステロイド・ドラゴン群を一瞬にして呑み込み、周囲に浮かぶ直径数キロの巨大隕石群ごと、何一つ残さず光の彼方へと蒸発・粉砕していった!
ドカンッ! ボカンッ! チュドォォォォンッ!!
宇宙空間で次々と弾けるプラズマの華やかな閃光。
70階層の生態系の頂点に君臨していたはずの恐るべきアステロイド・ドラゴンたちは、叫び声を上げる隙すら与えられず、一瞬にして全滅・退場したのだった。
『――ターゲット完全消滅を確認! 撃破報酬:外宇宙最高級素材【超高純度スター・コア(星核)】32個ノ自動回収完了デス!』
ポーカーがポンポコと可愛らしい電子音を鳴らしながら歓喜の舞を踊る。
「ふぅ……威力がすごすぎて、少し眩しかったな」
島崎はサングラスを胸ポケットから取り出してかけると、満足そうに頷いた。
「島崎さん、すごいです……! あんなに大きな竜の群れが、一瞬でキレイさっぱり消えちゃいました!」
「葵の魔力を乗せたおかげだよ。素晴らしい威力だった」
「ふふ、島崎さんのお役に立てて嬉しいです!」
葵が頬を少し赤らめながら、嬉しそうに微笑んだ。
アステロイド・ドラゴンの大群が消滅したことで、漆黒の宇宙空間に再び静寂が訪れる。
そして、怪物たちが守っていた宇宙空間の最奥から、眩い黄金色の光が溢れ出し始めた。
ゴー―――ッ……!!
宇宙空間の空間そのものが歪み、そこへ現れたのは、巨大な恒星を模したかのような巨大な超古代の転移門――【異界の大ポータル(アストラ・ゲート)】であった。
『マスター! 前方ニ超高次元空間ゲートヲ検知! コレハ地球ダンジョン構造ノ本当ノ最終出口……異世界【アストラ大陸】へと繋がる次元の扉デス!』
ポーカーがホログラム画面を指差しながら興奮気味に告げる。
ポータルの向こう側には、地球のどんな大自然とも異なる、眩い二つの太陽が昇る壮大な異世界の大地と広大な海が広がっていた。
「なるほど……富士ダンジョンの最深部(70階層)の先は、本当に別の世界へ繋がっていたんだな」
島崎は軽トラのアクセルペダルを軽く踏み込み、エンジンの回転数を上げた。
「葵、心の準備はいいか? ここから先は、地球ではなく本当の『異世界』だ」
「はいっ! 島崎さんとこの軽トラと一緒なら、どんな世界へ行っても絶対に楽しいです!」
葵が力強く、そして飛び切りの笑顔で頷く。
純白の軽トラ『天空スイート号』は、異世界の光が満ち溢れる超巨大ポータルへと向かって、星々の輝きを突き抜けながら真っ直ぐに飛び込んでいくのだった――!




