第16話:富士地下ダンジョン中層と、異次元の極上キャンプ
日本最大級の階層型ダンジョン――『富士地下大樹海ダンジョン』。
広大な地下空間に鬱蒼とした太古の樹海が広がるこのダンジョンは、第20階層を境に「中層」と呼ばれる危険地帯へと変貌する。
一歩足を踏み入れれば、自力で地上へ戻るのに丸一日はかかるため、どんな精鋭パーティーであってもダンジョン内での「野営」を余儀なくされる場所だ。
「はあ……はあ……くそっ、今日の探索はここまでだ。陣形を組んで夜を明かすぞ」
「湿気がひどくて火がつかない……。また冷たい干し肉と不味い硬パンかよ……」
「魔物の襲撃に怯えながら、湿った泥の上で寝るなんて最悪だ……」
20階層の安全エリア(セーフティゾーン)とされる巨石の広場。
そこには、疲れ果てたAランクやBランクの探索者たちが肩を寄せ合い、泥まみれの装備のまま硬い地面に座り込んでいた。
見張り台の火もろくに起たず、全員が殺伐とした顔で冷えた携帯食料をかじっている。
――そんな重苦しい空気の中に、軽快なエンジン音が響き渡った。
ブロロロン……。
「な、なんだ……? 車の音……!?」
「バカ言え、ここは地下20階層だぞ!? 車が走れるわけ――」
驚愕する探索者たちの前に現れたのは、ピカピカに磨き上げられた【白い軽トラック】だった。
岩場や太い樹の根が突き出た悪路を、何事もないかのように滑らかに走り抜けてきた軽トラは、広場の一角で静かに停車した。
カチャリ。
「ふう、お疲れ様葵。ここを今夜のキャンプ地としよう」
「はいっ、島崎さん! ドライブも快適でしたね〜!」
運転席と助手席から降り立ったのは、作業着姿の島崎と、軽装で爽やかな笑顔を浮かべる葵。
二人からは汗の臭いどころか、車内の芳香剤とフルーティーな香水がふわりと漂っている。
「『快適野営モジュール』起動」
島崎がキーレスエントリーのボタンをポチッと押す。
ガシャコン……!
軽トラの荷台両脇から、自動で頑丈なアームが伸び、半透明のシェルタータープが広がった。
『――防魔バリアタープ展開。気密性・防音性・防虫コード適用』
『――エリア内温度:23度に固定。LEDアンバー照明点灯』
一瞬にして、軽トラの横に【エアコン完備・魔物シャットアウトの極上リビング空間】が出現した。
さらに、ウイング状に開いた荷台からは、ピカピカのシステムキッチンと、冷気の白い霧を吹き出す大型冷凍冷蔵庫が顔を覗かせる。
「「「は……?????」」」
周囲の探索者たちが、乾パンを口にくわえたまま目玉を飛び出させた。
「あ、島崎さん! 私がお肉焼きますね!」
「助かる。じゃあ俺は刺身を切って、ビールを出すとしよう」
島崎が冷蔵庫から取り出したのは、キンキンに冷えた缶ビールと地酒の瓶、そして保冷材なしでバッチリ冷えた新鮮なマグロとハマチの柵だ。
まな板の上で手際よく包丁を走らせると、美しい刺身が皿に盛られていく。
一方、葵はフライパンを熱し、買い込んできた厚切りの『黒毛和牛ステーキ肉』を豪快に投入した。
ジュゥゥゥゥゥッ……!
ニンニクと醤油、そして上質な和牛の脂が弾ける香ばしい匂いが、煙とともにタープの外へとなびいていく。
「なっ……肉……!? ステーキの匂いだと……!?」
「嘘だろ!? あいつら、ダンジョンの中で和牛ステーキと刺身食おうとしてんのか!?」
「ていうか、あの缶ビール、汗かいて冷えてやがるぞ……!!」
血と汗と泥の臭いに満ちていた広場が、一瞬にして『高級居酒屋』の香りに支配された。
固い干し肉を噛みちぎっていた探索者たちが、喉を鳴らし、涎を垂らして島崎たちのタープを羨望の眼差しで見つめる。
「はい、島崎さん! ステーキ焼き上がりましたよ!」
「おお、美味そうだな。手際がいい」
「ふふ、島崎さんのために美味しく焼きました! ……じゃあ、お疲れ様でした!」
「ああ、お疲れ様」
プシュッ!
心地よい開栓音とともに、二人はキンキンに冷えた缶ビールを打ち合わせた。
「「カンパーイ!」」
ゴクゴクと喉を鳴らしてビールを煽る島崎。
「〜〜〜っ! 効く……! 冷えたビールが五臓六腑に染み渡るな」
「おいしい〜〜っ! やっぱり暑い場所のあとの冷えたビールは最高ですね!」
葵が頬を赤らめ、ぷはぁっと満足気なため息をつく。
焼きたての和牛ステーキを口に運べば、とろけるような肉汁が口いっぱいに広がり、冷えたビールで流し込む。続いて、冷たく締まったマグロの刺身をわさび醤油でいただく。
暗く湿った地獄のような中層ダンジョンの中で、ここだけが完全に『別世界の天国』と化していた。
「あ、島崎さん……ビール、ちょっと酔っちゃったかもです……」
ほろ酔い気分になった葵が、ほんのり桜色に染まった顔で、そっと島崎の肩に体重を預けてきた。
服越しに伝わる身体の温もりと、甘いお酒の吐息。
「葵、少し飲み過ぎじゃないか?」
「だって……島崎さんと二人きりのキャンプ、楽しすぎるんですもん……」
甘えるように上目遣いで見つめてくる葵の姿に、島崎の胸がドクンと跳ねる。
指をくわえてその光景を指を指して羨む周囲の探索者たちを後目に、軽トラの灯りに照らされた二人だけの甘く快適な夜は、静かに更けていくのだった――。




