第12話:極寒のSランクダンジョンと、暖房全開の軽トラ
隣県との境界に突如出現した、Sランク異常ダンジョン――『氷狼の霊峰』。
標高二千メートルを超える霊峰全体がダンジョン化しており、入口となる麓のキャンプ地すら、氷点下三十度を超える絶望的な猛ふぶきに閉ざされていた。
「くそっ……! 防寒魔法バリアの出力を上げろ! この寒さは異常だぞ!」
「隊長、大型魔導装甲車の暖房システムが凍結しました! これ以上進むのは危険です!」
麓に集結していたのは、政府から派遣された国家特務調査部隊や、全国からかき集められたAランクエリート探索者たちの大型調査団だった。
彼らは分厚い毛皮の防寒具に身を包み、ブルブルと歯の根を鳴らしながら、凍てつく雪原で立ち往生していた。
「Sランクダンジョンは伊達じゃないな……。踏み出す前からこれでは、頂上のボスどころか中腹に辿り着く前に全滅だぞ……」
Aランクパーティー『赤き焔』の隊長が、吐く息を真っ白にして絶望的な溜め息をついた――その時だ。
ザッ、ザッ、ザッ……。
激しい吹雪を押し分けるように、雪原の向こうから一台の車両が、静かに滑り込んできた。
――【白い軽トラック】である。
「な……なんだあの車は!?」
「バカか!? この大雪原に、ノーマルタイヤの軽トラで乗り込んでくるとか正気じゃねえぞ! 一秒でスタックして凍死するぞ!」
隊長たちが叫ぶ中、軽トラは雪に足を取られるどころか、まるで舗装されたサーキットを走るかのように滑らかに積雪五十センチの雪原を走り抜けていく。
『――ホイール・スタビリティ調整完了』
『――路面凍結コード書き換え:Surface_Friction = 100%(スタッドレスモード起動)』
島崎がハンドルを握りながら、魔導パネルの画面を操作する。
軽トラのタイヤからはほのかな青い光が放たれ、凍結した雪道を吸い付くようにグリップしていた。
そして――車内の様子は、外の極寒地獄とは完全に別世界だった。
「ふう……シートヒーターって、腰が温まって実にいいものだな」
「本当にぽかぽかですね〜! 島崎さん、ホットココア淹れ上がりましたよ!」
助手席の葵が、ダッシュボード横に新たに増設された『全自動カフェモジュール』から、湯気の立つマグカップを手渡してくれる。
車内の室温は、快適な【28度】。
ふたりは防寒具どころか、いつもの作業着と軽装のまま、ぬくぬくと温かいココアをすすっていた。
「うむ、甘さが五臓六腑に染み渡る。キッチンモジュールのチューニングはバッチリだな」
「はい! あ、島崎さん、外で男の人たちが何か叫んでますよ?」
「ん? ああ……立ち往生しているようだな」
島崎は軽トラを調査団の大型装甲車の横で停車させると、パワーウィンドウをウィーンと数センチだけ開けた。
車内からホットココアの甘い香りと、ぽかぽかの暖気がふわりと漏れ出す。
「おい、あんたら! 大丈夫か? 暖房が故障したなら、予備のカイロでもやろうか?」
窓から顔を出した島崎の爽やかな問いかけに、調査団の隊長は血の気が引いた顔で固まった。
「あ……あ……お前たち、なんで薄着でココア飲んでんだーーーっ!?」
「なんでって、エアコンの暖房とシートヒーターが効いているからだが……」
「吹雪だぞ!? 氷点下三十度だぞ!? 軽トラの隙間風で一瞬で凍死するはずだろ!?」
「ああ、気密性のコーティングコードを上書きしておいたからね。外気は完全に遮断されている」
島崎が何でもないことのように答えると、周囲のエリート探索者たちが白目を剥いた。
「バカな……! 俺たちが何千万円もかけた防寒魔導甲冑を着て震えてるのに、軽トラの中で半袖同然の格好で寛いでるだと……!?」
「島崎さん、吹雪が強くなってきたので、そろそろ行きましょうか」
「そうだな。じゃあ皆さん、お先に失礼します。寒さで風邪を引かないように気をつけてくださいね」
ウィーン、と窓が閉まり、軽トラはブロロロンと軽快な音を立てて発進した。
「あ、待て! そこから先はSランクのモンスター『フロスト・ウルフ』の群れが――」
隊長が引き留めようとした瞬間、吹雪の奥から体長三メートルを超える氷の狼たちが数十頭、牙を剥いて軽トラへと襲いかかってきた。
だが、島崎はホットココアを一口飲むと、淡々とダッシュボードのボタンを押した。
「『フロントグリル・バンパーバリア』出力50%。蹴散らせ」
バシィィィィンッ!!
軽トラのバンパーに一瞬だけ展開された透明な物理バリアが、襲いかかってきた氷の狼たちを bowling のピンのように一網打尽にはじき飛ばした。
軽トラは衝撃ひとつ受けることなく、そのまま悠々と雪山の上り坂を駆け上がっていく。
「「「な……なんじゃあの軽トラはーーーーっ!!??」」」
呆然と立ち尽くす精鋭調査団を置き去りにし、軽トラは極寒のSランクダンジョンを、まるで週末の雪山ドライブのように軽やかに突き進んでいくのだった――。




