残響の記憶
朦朧とした意識の中、あいつの声が聞こえた。
「おい!!大丈夫か!」
走る足音が近づいてくる。
振り返ると、ダル着にコンビニ袋を提げた男が息を切らして立っていた。
「まァた無茶してる!」
私は浅く息を吐いた。
「……遅い。」
「買い物してたんだよ!休日だろ!」
彼のプリン頭はボサボサだ。よほど急いで来たらしい。
「わかったから、とりあえずアレをどうにかしてくれ……」
「はぁ?どうにかって、俺別に除霊専門じゃねぇし……」
男は霊の方に目をやった。
「てか一般人連れてかれてんじゃん、結構やばいな」
男は数秒考えた後、袋から酒瓶を2つ取り出し、強めにぶつけ合わせ始めた。
カンッ。
カン、カン、カンッ——。
澄んだガラス音が公園中へ響く。
「おい、霊!!ちょっと落ち着け!!」
彼の行動は一見安直で馬鹿みたいに見えるが、ガラス音のような高周波な音は波に干渉しやすい。
こいつはこういうとき、意外と頭が切れる。
高く澄んだ音とともに、頭蓋骨を締め付けていた嫌な圧迫感がふっと抜けた。
耳奥の高鳴りが遠のき、グラついていた視界が焦点を取り戻していく。
イヤホンを付けなおし、立ち上がった。
「そのまま鳴らし続けて」
私は再び機器を開き、騒音除去モードを選択する。
「もう一回解析する」
私はアズサちゃんと祖父の合成波を読み取り始めた。
2人の波はうなりを形成している。
感覚を研ぎ澄ませて解析していると、イヤホンからノイズが流れた。
私の頭を震わせたそれは、2人の記憶を流し込む。
——彼女の記憶
思い出すのは私を抱きかかえようと差し出された祖父の手だ。
一人でどうしようもなく寂しいとき、祖父を見つけた瞬間に私は一目散に駆け寄った。
クリームパンのような分厚くて大きい手に抱え上げられる。
祖父の体温は私を安心させた。
小さなテーマパークで祖父と観覧車に乗った。
一番上に回るまで待ちきれないようにそわそわし、てっぺんで景色を味わって、下るときはさっきまで自分が居た頂上を見つめながら余韻に浸る。
夕焼けに満たされた乗りカゴで、祖父はそんな私の姿を穏やかな顔で見ていた。
小学校の頃、私はよく祖父の家で勉強をしていた。
祖父はいつも私用の飲み物を置いて待っててくれた。
たまに様子を見に来る祖父がなんだかおかしくて、私はわざと見つめ返して反応を見た。しばらく見つめ合ったあと、祖父はだいたい無言で部屋に帰っていく。
勉強に飽きて祖父のパソコンでゲームをしていると、祖父はゲームのコツを最低限の言葉数で教えてくれた。
高学年になって、久しぶりに祖父に会いに行った。
祖父はずいぶんと弱っていて、ほぼずっと寝たきりの状態になっていた。
……私が知らないうちに。
近況を話して、挨拶をして、部屋から出て行って、
振り返ると、そこには祖父が少しふらつきながら立っていた。
言葉もなく、私たちは抱擁をした。
私を包むぬるい体温が、そのうち来る終わりを見透かさせた。
棺桶を開けると、そこには静かになった祖父がいた。
同じ顔なのに、その姿はもう生きていないことをどうしようもなく感じとらせて、気付けば涙が溢れていた。
祖父の手を握った。
もう差し出されることのないそれを、そっと抱え上げる。
クリームパンのような分厚くて大きな手は、
冷たかった。
—— の記憶
彼女が私の手を握って泣いていた。
あの泣き声だけが、いつまでも私の中で残響している。




