第15話
「そういや、本棚を見ててずーっと気になってたんだが」
「なんスか?」
カサンドラ総合研究所なるシンクタンクについて、アンジュがパソコンで調べていると、フレイトがふと、呟いた。
なお、輪白は『インゴットを作ってくる』といって出て行ったのでここにはいない。
赤ん坊を二人とも連れて行ったのでなかなか静かなものだ。
そろそろ、赤ん坊の親の仕事が終わる時間なので、赤ん坊を届けた後、自分はダンジョンに潜るということなのだろう。
「いろんな専門書が置いてる中で、ラノベが二冊だけ置いてあるんだが、あれはなんだ?」
「ん?」
アンジュはパソコンから顔を上げて、本棚を見る。
ここはカタリストリートという『探索者事務所』であり、ソファセットなど、客を呼ぶには十分な家具が揃っているが、当然、本棚もある。
そこには、一冊だけ、文庫本が置かれている。
「あれ、いつ突っ込んだんスかね?」
アンジュは立ち上がって、本棚からラノベを抜いた。
表紙では、サングラスを付けたビーバーが五点接地をやっている。
「なんじゃそりゃ」
「原作者は『KURAMA』っスね」
「……ミリオネアのギルマスじゃねえか!?」
倉間永利。まさかラノベを書いていたとは。
「あー、なんか探索とは無関係で忙しくしてた時期があったっスね。二巻はどんな感じ……帯に『即重版決定』って書かれてるっスよ」
「紛れもなく売れてるみたいだな。そりゃ探索に関係なく忙しくなるわけだ」
「ていうかどんな内容なんスかね?」
本の裏表紙を見た。
大体、ここにはあらすじが書かれているのだ。
「あらすじになんて書いてるんだ?」
「『牛乳飲んだらコピー機詰まってアリストテレスがブオンブオン!』って書かれてるっス」
「頭でも打ったか?」
「頭を打ってもこれよりマシっスよ」
「そりゃそうか。で、内容はどんな感じだ?」
アンジュが一巻をパラパラとめくっている。
「……うーん」
「端的に言うとどんな感じだ?」
「ぐるぐるバットで結界を張れるビーバーがモンスターの襲撃から故郷を守る話っスね」
「もう一回、言ってくれ」
「ぐるぐるバットで結界を張れるビーバーがモンスターの襲撃から故郷を守る話っスね」
「……」
フレートはたっぷり五秒ほど考えて。
「牛乳とコピー機とアリストテレスが出てくるのかそれ」
「三つともモンスターを操る敵幹部のコードネームっスよ」
「……疲れてるんじゃないか? 倉間のやつ」
「かもしれないっスね。まぁ、『表社会のギルマス』っていうのは、評価される分、期待も責任も大きいっスよ」
そんなことを言いながら最後の方を読んでいるアンジュだが……。
「……後書きに、『今後の備えについて考えていたら出来た作品です』って書かれてるっスね」
「今後の備え……ねぇ」
「一巻の初版が出たのは半年前……なにか、推測してることがあるってことっスね。倉間の実力で、『あり合わせの力で解決できない』からこそ、備えが必要と考えるなら、大きな何かが待ってるはずっス」
「連絡したほうがいいんじゃねえか?」
「どうなんスかね。まぁ、備えが必要とわかってるなら自分でやってるはずっス。それをサボって痛い目にあったことが昔あるんスよ。だから問題はないと思うっス」
「ふーむ。さっぱりわからんな」
「私もわかんないっスね」
とりあえず、分からないことは多い。
「……ちなみに、ラノベの内容だが、意味わかんねえことになってるけど、大抵、その手のビーバーには前世とかあるんじゃねえのか? 前世が日本人とか」
「このビーバーの前世は『チキン南蛮』っスね」
「……」
ぐるぐるバットで結界。
モンスターの襲撃から故郷を守るビーバー。
牛乳とコピー機とアリストテレス。
前世がチキン南蛮。
「……何かの暗号か?」
「解かせる気がない暗号なんてただの破綻っスからね」
「『ただの破綻』なんて日本語、俺様は初めて聞いた」
「私も始めて口にしたっスね」
とにかく、ここまでくると、初手から情報量が多い割に何もはっきりしない。
「……仕方がないっスね。まっ、倉間の動向だけ、注意しておくとするっスよ。とりあえず私はカサンドラについて調べるっス」
「……その、カサンドラについての備え、とかじゃねえよな」
「だったら倉間の顔面にハイキックを入れるっスよ」
「俺様も賛成だぜ」
というわけで、アンジュはパソコンでカサンドラについての情報収集を再開した。




