第14話
第14話
表のオフィス街の一角に、探索者ギルド『カタリストリート』の事務所はある。
アンジュが莫大な資金で買い上げた数千人規模の私有地の『窓口』として機能する場所だ。
しかし現在のそのオフィスは、『探索者事務所』というよりも、完全に『託児所』の空気に包まれていた。
「いない、いなーい…………ばぁっ!!」
部屋の奥に置かれたベビーベッド。
そこで、カタリストリートのトップに君臨する少女、輪白が満面の笑みを浮かべていた。
小柄でありながらも発育の良い胸で赤ん坊を誘惑し、純白の髪をふわりと跳ねさせながら、彼女は両手に持った二つのガラガラを凄まじい速度で振っている。
シャララララララララッ!!
常人にはブレて見えるほどの神速の手首のスナップ。完全に暗殺者の二刀流の動きだが、生み出されるのは軽快な幼児向けサウンドである。
「あははー! たのちいねー! キャッキャッ!」
普段の氷のように無表情な姿からは想像もつかない、ハイテンションな作り笑い。
輪白の中には『赤ん坊には絶対に笑顔で接するべき』という強固なマイルールがあり、普段の輪白を知るモノからすれば腰を抜かすような笑顔で声になるのだ。
逆に子供の教育に悪いような感じがするのは気のせいではあるまい。
「あうー!」
「きゃっはあ!」
ベッドの中の二人の赤ん坊は、輪白の過剰なサービスに大喜びで手足をバタバタさせている。
「……嬢ちゃん、その切り替えマジでどうなってんだよ。見てるこっちが怖くなってくるぜ」
「赤ちゃんは、笑顔のほうが安心する。……ほーら、たかいたかーい!」
テーブルの上でマスコット形態になっているフレイトのツッコミに、輪白は満面の笑みのまま抑揚のない声で返し、再び赤ん坊の相手に戻った。
一方、そんなカオスな空間の傍らで、アンジュはデスクのPCモニターを睨みつけ、凄まじいタイピング音を響かせていた。一之瀬ウェポンズの再建計画と、新たな資金繰りの書類仕事だ。
「まぁ、あんな感じで思いっきり遊んでくれるお姉ちゃんがいるという環境は、子供を産みやすい環境にもつながるんスよ」
「そんなもんか?」
「カタリストリートはまだ結成から三年っスけど、規模は数千人。赤ちゃんの数は25人っスよ」
「すごいな」
「ちなみに姉様は25人全員の面倒を一度に見れるっス。離乳食の用意もおむつを替えるのも、寝かしつけるのも問題ないっスよ」
「タスクを一人2分で済ませても、一種類のタスクが終わるまで50分かかると考えると相当だぜ……」
「まぁ、赤ちゃんたちは、姉様と一緒だと大人しいっスからね」
「それは……そうだな」
そんな、あまりにもカオスで平和な日常の中。
コンコン、と。
事務所の扉が、場違いなほど上品なリズムでノックされた。
「ん? 誰っスか? 開いてるっスよー」
アンジュがPCから視線を外さずに声をかけると、静かに扉が開いた。
現れたのは、仕立ての良いスーツを完璧に着こなした、三十代半ばほどの細身の男だった。
銀縁メガネの奥の瞳には、冷ややかな知性と計算高さが宿っている。
「突然の訪問、失礼いたします。私は――」
言いかけた男の言葉が、ピタリと止まった。
彼の視線の先には、PCと格闘するスラムの子供と、満面の笑みで神速のガラガラ二刀流を披露している巨乳の白髪美少女(輪白)。
(……なんだ、ここは? 託児所か?)
一之瀬ウェポンズは現在、反動軽減グローブで回復の兆しを見せている。
まだV字回復とは言えないが、それでも順調な再スタートを切っている。
そして、株主総会に出れば、アンジュが関わっているということはわかるのと、彼女がカタリストリートの元締めであることは周知の事実。
こうして、アンジュに話を聞こうとして、来る人は多くなった。
……のだが。
一之瀬ウェポンズを裏で操る『謎の巨大資本・技術集団』の拠点を警戒して乗り込んできた男は、予想外すぎる光景に完全に思考を停止させた。
「あの、どうかしたっスか?」
アンジュに怪訝な顔で見られ、男はハッと我に返り、咳払いをして表情を取り繕った。
「失礼。私は『カサンドラ総合研究所』でシニアアナリストを務めております、柊と申します。本日は、ギルドの動向を分析するシンクタンクとしてご挨拶に伺いました」
「あー、シンクタンクね。お堅いエリート様が、ウチみたいな新興ギルドに何の用っスか?」
アンジュは名刺を受け取り、適当にデスクの端に置いた。
「単刀直入に申し上げましょう。我々は、一之瀬ウェポンズの劇的なV字回復のスキームに、強い学術的興味を抱いております」
柊はメガネのブリッジを中指で押し上げ、アンジュの目を真っ直ぐに見据えた。
現状は、まだ、V字回復と言える数字ではない。
ただ、シンクタンク……端的に言えば『知識屋』が組むシミュレーションによっては、今後の回復はほぼ確定的と判断しているといったところか。
「紙屑同然の会社を買い取り、最高峰の安全神話へと方針転換させる手腕は見事です……しかし、あの製造設備を稼働させるには、理論上、現在の市場に存在しない規格外の魔力電源と、未知の精密加工技術が必須のはず。一体、どのような『画期的な技術』をどこから導入されたのか、非常に興味がありましてね」
その声には、単なる好奇心を超えた、執拗なまでの探りの気配が混じっていた。
アンジュは相手の腹の底を探るように目を細め、やがて子供らしいフランクな態度で肩をすくめた。
「企業秘密っスよ。ウチはただ、深層のゴミ捨て場を探検してたら、たまたま『イイ拾い物』をしただけっス。大層な技術なんて、持ってないっスよ」
「……拾い物、ですか」
柊は薄く笑った。信じていないのは明白だった。
彼が視線を巡らせると、再び奥のベビーベッドが目に入った。
「あははー! うりうり~!」
輪白が、どこか狂気を感じさせるほどの満面の笑みで、赤ちゃんの頬を指でつついている。
柊はその光景を冷ややかに見下ろし、自分の中で一つの完璧な『結論』を導き出した。
(なるほど。この子供たちはただの『隠れ蓑』に過ぎないのか。こんなふざけた環境から、世界を覆すような革新的な技術が生まれるはずがない。……背後に必ず、別の強力な『黒幕』がいる)
相手は自分たちと同じか、それ以上に老獪な資本家か技術集団。
そう誤認した柊は、これ以上このダミーたちと話しても無駄だと判断した。
「……突然の訪問で失礼いたしました。貴重なお話をありがとうございます」
柊は慇懃無礼に一礼する。
「貴方方の『背後』も含め、今後の動向……非常に興味深く、注視させていただきます」
意味深な捨て台詞を残し、柊は踵を返して事務所から出ていった。
バタン、と扉が閉まる。
「うりうり~……あら?」
「ふぁ、むー」
「あ~。ん……」
赤ん坊二人だが、輪白と遊んで疲れたのか、寝てしまった。
その直後だった。
「……あー、疲れた」
輪白の顔から、満面の笑みがスッと消え失せた。
普段通りの、氷のような完全な無表情に戻り、両手のガラガラをベビーベッドの脇にポイッと放り投げる。
「嬢ちゃん、本当にオンオフの切り替え、本当に心臓に悪いぜ」
フレイトが呆れ果てたように言う中、アンジュはPCのモニターから視線を外し、デスクの端に置かれた柊の名刺を指で弾いた。
「……カサンドラ総合研究所、ね。ただのコンサルにしては、ウチの『技術の出処』を気にしすぎっスね。なんだか、存在しちゃマズイものでも探してるみたいな顔だったっスよ」
アンジュはニヤリと、経済ヤクザ特有の獰猛な笑みを浮かべた。
「ちょっと、あの組織の裏を洗ってみるっス……ウチのシマを嗅ぎ回るなら、それなりの覚悟をしてもらうっスからね」




