足りないもの
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──足りないもの
俺の正体を知って目を輝かせる星野。
「びっくりしました。でも、あなたがシエラさんと聞くと納得です!」
「何がどう納得なんだ?」
「え! だ、だって、あなた途轍もなく強いじゃないですか。メイちゃんの配信でもシエラさん滅茶苦茶強かったですし。だから、えーっと、納得だなって……」
問い詰めたつもりはなかったのだが、ちょっとばかり不機嫌さが見えたのだろう。若干星野は困った様子でそう答える。
「そ、その、サインとかもらえませんか……?」
「あいにく、そういうサービスはしてないんだ。俺が配信に出たのは純粋に金のためで、知名度をあげたかったわけじゃない」
「そうなんですか……。なら、ダンジョンには何を求めて?」
「金」
星野の疑問に俺は一言で答える。
「シ、シンプルですね……。それならもしかして、狙いは最深部の財宝?」
「ああ。それが手に入ればな、とそう思っている。まあ、今のところはまるで見込みがないが……」
本当に俺は最深部に到達することができるのだろうかと、最近はよく考える。
俺も良くも悪くも現実が見えてきた。
ソロでは限界があるし、そもそも俺の実力や資金力ではパーティを組んだとしても最深部に至るには足りないのではないかと。
しかし、一度抱いた夢──というより欲望を諦めることもできず、俺はひたすらにダンジョンに潜り続けている。
まるで当たると信じて宝くじを買い続けるように。
「シエラさんなら見込みありますよ!」
そこで突然熱心に星野が言い始める。
「シエラさんの実力ならどんなメガコーポより先に最深部に到達できますって! 一体何が不安なんですか? 武器ですか?」
「……不安なことはいろいろとある。資金面であったり、信頼できる人材を獲得したりとな。今ここにいる女ふたりは別に俺のパーティメンバーってわけじゃなくて、ストーカーみたいなものだし」
星野にそう問われて俺はそう不安を語った。
「人材は提供できませんが、資金なら出せますよ!」
「おいおい。何を言い出すんだ……?」
確かに星野の装備は整っている。金はあるんだろう。
だが、だからと言って俺が最深部まで到達できるまでの資金を配信で見たというだけを理由に提供するはずがない。
「自分、本当にお金ならあるし、幼稚かもしれませんがダンジョンに夢を持っているんです。ダンジョンは地球上でもっとも神秘的な場所だと。そして、その最深部には何があるんだろうって……」
「最深部のことが知りたければそれこそメガコーポに出資でも……」
「メガコーポの連中は絶対に最深部の情報を独占して知らせない。だから、メガコーポ以外の人間に最深部には一番乗りしてほしいんです!」
星野はそう熱く語った。
「はあ。だからと言って、俺は最深部に到達できると断言はできない。まして、メガコーポより先に辿り着けなんて言われてもな。だから、俺に金を出しても無駄だ。俺自身は夢を諦めるつもりはないが、そのことで誰かに負担をかけたり、落胆させたくはない」
そんな星野に俺はそう言って首を横に振ったのだった。
俺がひとりで馬鹿な夢を見る分には人に迷惑をかけることはないが、誰かを巻き込むと責任が生じる。
俺はそんな面倒なものは背負いたくないし、自分の夢は自分だけのものにしておきたかった。
「そうですか……残念です……」
俺の言葉に星野は落胆した様子で肩を落とした。
「それより20階層をもっと満喫しなくていいのか?」
「ええ。もう少しだけ見て回ります」
それから星野は危険なブラックマーケット以外の場所を見て回り、それから満足したように20階層の街の出口に出た。
「それじゃあ、そろそろ地上に戻ります」
「ああ。約束通り、地上まで送ろう」
それから俺たちは20階層から地上を目指して進み、道中の脅威を排除及び迂回しながら戻っていく。
そして地上に辿り着くと、何やら大井系列の民間軍事会社である太平洋保安公司の連中が厳戒態勢で待ち受けていた。
軍用四輪駆動車に装甲兵員輸送車の類が6台ほど車列を作っている。
連中、また何かやらかしたのか?
「星野様!」
そこでコントラクターたちが星野の方に駆けよってきた。
「ご無事ですか?」
「私は大丈夫だ。問題ない」
「問題ないなどとは。お父上もご心配されております。すぐに戻りましょう」
おいおい。まさか、こいつ大井の関係者だったのか?
それにしちゃメガコーポに対して辛辣だったが……。
「待ってくれ」
そこで星野がコントラクターたちを押さえて俺の方を向く。
「報酬を」
「ああ。って、おいおい。この額は……!」
俺のウォレットに振り込まれた額は1億だ。1億である。
ただ20階層まで護衛して、地上まで届けただけで1億……?
「シエラさん。本名を教えてもらえませんか?」
「……佐世保朔太郎だ。この金は本当に受け取っていいのか?」
「もちろんです。受け取ってください。これはあくまで報酬ですからね。あなたの夢の負担にはなりませんよ」
「……ありがたく貰っておこう」
星野なりに俺に気を使ってくれたのだろう。
俺は星野の言葉に静かに頷いた。
「では、幸運を祈ります、佐世保さん!」
星野はそう言って手を振り、太平洋保安公司のコントラクターに護衛され、ダンジョンの入口から去ったのだった。
「1億。1億か……」
俺は今ちょっとした金持ちになっている。
だが、それでも俺の夢は揺らいでいない。
最深部にあるお宝を手にして、莫大な財産で平穏な人生を買う。
1億だけではまだ不安だ。
「旦那様。これで最深部にまた一歩近づきましたね」
「ああ。装備が整えられる。いろいろと買いたかったものにも手が届く」
これまで手が出せなかった無人地上車両の類にも手が出せる。
それで運べる物資の量も増え、ソロでも潜れる深度は増えるはずだ。
「なあ、佐世保。1億ってどれぐらいなんだ?」
「お前が前食ったステーキが5000円だから、ステーキ2万食分だ」
「おおっ! ステーキ食い放題だな!」
阿呆。そんなにステーキばかり食えないだろうが。
「旦那様は信頼できる人材がいないと仰っていましたが……ボクのことはまだ信頼できませんか?」
そこでサタナエルが無表情に上目遣いで俺の方を見る。
「まだな。寝ているときに食われなかったことはダンジョンの外では確認できたが、いざダンジョンの中で寝ているときに見張りを任せられるかと言われれば……」
俺が欲しいのはダンジョンで長期戦になった場合、休憩している時間に見張り番を勤めてくれるような人間だ。
サタナエルは今のところ、それを任せられるほどの信頼はない。
「残念です。ですが、いずれは信頼していただけるようになりたいです」
「はあ。そうだな。いずれはそうなるかもしれないし、ならないかもしれない」
俺は積極的に誰かと組もうとしてこなかった。
それは社会に対する不信が根底にあるものだった。
俺たちを戦場帰りとして排斥した社会に対する根強い不信。
だが、サタナエルはある意味ではそういうものとは無関係だ。
こいつはただのダンジョンの化け物なのだから。
ダンジョンの化け物と俺たちを疎外した社会。
どっちへの信頼が先に発生するのやら……。
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