地下街メイロ
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──地下街メイロ
俺たちはそれから特にトラブルもなく、地上に戻ってきた。
「あの~!」
そこで黒沢が俺に声をかける。
「何かお礼をさせてもらえませんか……? 命を助けてもらったのはこれで2度目ですし~……」
「ふむ」
このまま相手に貸しを作ったままというのも、相手が落ち着かないだろう。
ここは軽く何か返礼してもらうか。
「じゃあ、昼飯を奢ってくれ。それでいい」
「それでしたらぜひ~!」
美味しい店を紹介してくれるということで、俺は黒沢と水原についていった。
「ここですよ~!」
そう言って紹介されたのはダンジョン周辺の無法地帯では実に珍しい洒落た洋食屋だった。
恐らくダンジョン発生より前からあったのだろう。
少しばかり年季の入った建物だが、綺麗に保たれていて生活感がある。
「へえ。ここは何が美味いんだ?」
「メイちゃんが言うにはオムライスが絶品だとか~!」
「メイちゃんって誰だ……?」
「え! ご存じない~!?」
俺が首をかしげるのに黒沢はオーバーリアクション気味に驚く。
「地下街メイロ。ダンジョン系のライバーですよ。その、凛ちゃん凄いファンで……」
「そうなんです~! 大ファンなんですよ~!」
苦笑しながら水原が言うのに黒沢はうんうんと頷きながらそういう。
「ダンジョン系ライバーってダンジョンの中でも配信するのか……?」
「ええ~! おすすめの武器紹介とか、こういう穴場スポットとかを紹介してくれるんですよ~! あとはクリーチャーの倒し方の動画とかもあげてくれてたりして!」
「ほう。一度見てみたいな」
「ぜひぜひ~!」
いろいろとダンジョンに関わる人間を見てきたが、ライバーなんてやっている人間がいるとは思わなかった。
しかし、ダンジョンで配信とは……考えたこともなかった。
「入りましょう」
水原の方がそう言い、俺たちは洋食屋の中に。
ふむ。中も清潔感があるし、香ばしい匂いがする。
「じゃあ、おすすめ通りオムライスを」
俺たちは全員がオムライスを注文し、料理が届くまで待つ。
「九条と桜庭は元気にしてるか?」
「ええ。ふたりとも仲がいいですし、あたしたちいいパーティになれると思うんです」
「そうだな。チームワークは重要だろう」
そのチームワークを放ってソロで行動している俺が言えた義理じゃないが……。
「でも、今日はどうしてふたりを置いて潜ってたんだ?」
「それがですね。九条ちゃんと桜庭ちゃんはちょうど訓練の日なんです」
「クランがやってる訓練ってやつか」
クランでは初心者に対する訓練を行うところもある。
即戦力ばかり都合よく集まるわけじゃないので、そういうのは必要だ。
特に皇のクランであるリリスは初心者の育成に力を入れている。
「そう、それです。桜庭ちゃんは打倒皇さんで皇さんから教えを受けてて」
「あたしたちはその間、少し時間があったんでちょっとだけダンジョンに潜ろうと思ったら……ああなりました……」
「佐世保さんがいなかったら今頃……」
ぶるぶると身を震わせる水原と黒沢。
「これからは4人で潜るようにな」
まあ、初心者が4人集まったところで、あの赤黒いミノタウロスがどうにかなったかと言うと疑問だが。
「お待たせしました。オムライスとなります」
洒落た黒いエプロンのウェイターがふんわりとした食欲をそそる黄色の卵に包まれたオムライスを5つ、テーブルに並べていく。
「美味そう!」
マルキダエルはそう言うと早速オムライスにがっついた。
本当にただ飯の好きなやつめ……。
「旦那様」
サタナエルが俺の方にスプーンを向けて呼びかける。
「……どうした?」
「どうぞ。あーんなさってください」
サタナエルはにこにこと笑ってオムライスを俺に口に運ぶ。
俺は暫しそれを見て逡巡したのちに渋々とそれをぱくりと口にした。
ここで無視しても変な空気になるだけだしな……。
「おお。アツアツですね~!」
「ふたりはやっぱり付き合ってるんですか?」
そんな俺たちの様子を見て、黒沢と水原がそんなことを言う。
「ええ、ええ。ボクは旦那様のお嫁さんですから」
サタナエルは上機嫌だが、俺の方は渋い顔。
どんどん外堀が埋められているような気がするが、気のせいか……?
それから俺たちは食事を終えて、食後のコーヒーを味わったのちに洋食屋を出た。
洒落た洋食屋だったが、そこまで値段はせず、奢られてもそこまで後ろめたさはなかったのがありがたい。
「では、今回は本当にありがとうございました~!」
「ああ。ダンジョンに潜るときは気を付けろよ」
黒沢たちはそう言って俺たちと分かれ、俺はサタナエルたちとともに自宅を目指す。
「しかし、ダンジョン系のライバー、ね」
俺はARデバイスで地下街メイロという人間について検索してみた。
「これか?」
検索した先には“地下街メイロのダンジョン配信”というチャンネルがある。
配信しているサイトは名の知れた大手のものではなく、アングラのアダルトサイトに近いような場所だったが。
死体やら何やらがうっかり映り込むかもしれないダンジョンの配信を、まともな規約のある大手サイトでやらせてくれるはずもないか。
早速俺は“新しいショットガンでリザードマン倒してみた!”という動画を再生。
『グッドマイニング! 地下街メイロだよーっ!』
地下街メイロという女性ライバーは特に顔を隠すようなこともなく、カメラに向けてVサインをしていた。
タレ目の大人しそうな顔立ちに満面の笑みを浮かべているが、その装備は並みの探索者よりしっかりしている。
武装はイタリア製のショットガンとともにサイドアームにはグロック。
そして身体には丈夫なレプリカではない迷彩服と作業補助用である民生品の強化外骨格。
さらにその動きから機械化もしているように見える。
『ではでは今回はこのショットガンでリザードマンをやっつけるぞーっ!』
リザードマンが出没するのは30階層以降。
それだけは潜れる実力があると言うわけか。
『弾種はスラッグ弾で──』
そこからショットガンについての初心者向けの説明があり、実際の戦闘シーンまで俺はシークバーを飛ばす。
『いました、いました。リザードマンです。数は3体ですね』
声を潜めながらも地下街メイロはそうカメラに向けて言う。
リザードマン──。
文字通りのトカゲ人間であり、二足歩行する鱗を持ったクリーチャーだ。
とはいえ、そこまでパワーがあるわけでも、とても賢いというわけでもなく、ベテランの探索者なら大して手間取らず処理できる。
『行きます!』
地下街メイロが廊下を飛び出し、リザードマンに肉薄していく。
カメラが地下街メイロを映していたものから、地下街メイロの一人称のそれに変更され、驚くリザードマンたちの姿が移された。
そして至近距離でショットガンが火を噴き、リザードマンの頭が砕け散る。
脳漿がまき散らされ、リザードマンがぐらりと姿勢を崩して倒れた。
すぐさま次弾がガス圧によって自動的に装填されて、次のリザードマンに向けてスラッグ弾が放たれた。
その狙いは精確だ。
地下街メイロは確実にヘッドショットを決め、リザードマン2体を瞬く間に撃破。
「へえ。意外にやるもんだな……」
俺はその動画を見ながらそう呟いた。
「旦那様も配信をなさってみては? きっとその方より人気になりますよ」
「俺は自分の人生を見世物にする気はない。俺にとってダンジョン探索は生活がかかった代物だ。遊びじゃない」
俺はそう言うとそのまま自宅へと帰った。
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