ダンス・ウィズ・ウェアウルフ
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──ダンス・ウィズ・ウェアウルフ
迫る人狼に向けて放たれた皇の超電磁抜刀。
本来ならばこれを回避することなどできない。
サムライの間合いに入って、超電磁抜刀を躱すなど大雨の中で雨粒を避けながら歩くぐらいありえないものだ。
だが──。
「クソ。また……!?」
人狼は躱した。
完全に皇の間合いに入っていたにもかかわらず、超電磁抜刀を避けたのだ。
そしてその鋭い爪の並ぶ腕が皇に向けて振り下ろされそうになる。
皇は超電磁抜刀を放ったばかりで次のモーションに移るまで僅かな時間が必要だ。
このままでは皇が切り裂かれる。
しかし、それは俺がやらせはしない。
「ふん!」
俺は間に割り込むと手にしていた機関銃を盾に人狼の爪を受け止めた。
凄まじい金属音が響き、機関銃が切り裂かれるが、流石の人狼も軍用のそれを完全には破壊できなかった。
「皇!」
「助かった!」
俺が人狼を抑え込んでいる間に、立て直した皇が側面から人狼を狙って一閃。
人狼がここで初めて血を流した。真っ赤な血が僅かに飛び散り、その白い体毛に赤いしぶきが吹く。
「浅かったか……!」
しかし、それは人狼にとって致命傷にはならなかった。
とっさに盾にした腕が僅かに傷つけられただけで、人狼はまたしても皇の斬撃を回避していた。
「機関銃はお釈迦だ」
「予備は?」
「ない。俺も近接戦でいく」
「オーケー。頼むぞ、切り裂き魔」
俺は破壊された機関銃を放り捨て、腰のホルスターから超高周波振動ナイフを抜く。
そのナイフを逆手に軍用手袋越しにしっかりと握り、人狼に向けて構える。
「行くぞ」
「ああ」
俺は皇に合図をしてから強化脳インプラントの起動をスタンバイさせ、じりじりと人狼との距離を詰める。
人狼は俺が機関銃からナイフに持ち替えたことに明白に警戒の様子を示していた。
「あんたにビビってるぞ、あいつ」
「かもしれんな」
これまで銃を捨てて挑みかかった人間がいないためだろうか。
人狼の動きには戸惑いが生じていた。
「好機だ」
強化脳インプラントを起動まで3カウント。
3──────人狼の赤い瞳はじっと俺を捉えている。
2────俺の目もやつを逃がすことなく捉えている。
1──お互いが握るのは刃と言う名の殺意。
「はあっ!」
地面を蹴り、一気に前に出る。
人狼の動きは強化脳が起動した状態でも素早かったが、これまでと違ってどんな動きなのかは分かるようになった。
恐ろしく速いが動きそのものが物理法則無視した異常なものというわけではない。
むしろ次のアクションが予想できる動きだった。
ただこの速度に追いつくにはかなりの無茶をしなければならない。
機械化した身体の出力を200%まで引き上げ、悲鳴を上げる肺を強引に駆動させ、俺は人狼に肉薄する。
「────ッ!」
そこで人狼が咆哮した。
その雄たけびはこれまでは獲物を怯えさせたのだろうが、残念ながら俺は違う。
「もう負け犬の遠吠えか?」
俺はやつの喉を狙ってナイフを振るう。
人狼は素早く身を逸らし、傷ついている方の腕を盾にする。
今度はもっとざっくりと人狼の腕が引き裂かれた。
舞い散る鮮血が人狼の白い体毛を赤く染める。
「皇!」
さらに俺は皇に追撃を指示。
「あいよ!」
皇は素早く前に出て超電磁抜刀を繰り出す。
もう回避モーションを取ってしまった人狼はこれ以上回避するのは困難になり、盾にしていた右腕を皇に斬り飛ばされた。
人狼の表情が苦痛に歪み、怒りが満ち溢れているのが分かった。
「気を付けろ。今のやつはアドレナリンがどばどば出ているはずだ」
「ああ。その前に出血死してくれればいいんだが……」
俺の警告に皇はそう言って渋い顔をする。
「────────ッッッッ!」
そして、先ほどよりさらに大きな咆哮を上げる人狼。
「来るぞ。備えろ──っ!」
人狼が俺たちの方に向けて加速する。
強化脳起動状態でも捉えきれなくなりそうなほどの速度だ。
だが、まだ追いつけている。それに今のやつには片腕がない!
「こっちか!」
人狼は自分の腕を斬り落とした皇ではなく、俺の方に食らいついた。
鋭い爪で素早く攻撃を繰り広げるが、片腕がないため攻撃力は半減している。
これならば俺を相手にしながら皇の相手はできないはず。
「皇! まだいけるな!」
「ああ。大丈夫だ!」
皇も機械化した部位に鞭を打ち、その動きを加速化させる。
その動きから繰り出される超高速の斬撃を前に人狼が怒りを滲ませながらも身を引くが、今度は俺が追撃する。
「ここで仕留める!」
踏み込む。人狼の懐に向けて大きく踏み込む。
やつの垂らす涎の滴りが、流す血が、それらの動きがはっきりと分かるほど遅延した体感時間の中で俺はぐんとナイフをやつの喉に向けて振るう。
しかし、やつは残ったもう一方の腕を盾にしてそれを防ぐ。
「なるほど。だが、こっちにはまだ奥の手がある!」
俺はナイフで横なぎにやつの腕を裂きながら右足を大きく振り上げた。
今のやつは片腕がなく、もう片腕もナイフを受け止めていて動かせない。
そこに俺の蹴りがまともに入った。
口径105ミリ榴弾砲の砲撃によって生じる衝撃波にすら匹敵する打撃が入ったのだ。
そう、高度に機械化された身体は、それそのものが兵器である。
防御することもできず蹴りを受けた人狼の頭がひしゃげるのが見え、やつは短い悲鳴を上げたのちに地面をバウンドしながら転がっていった。
「流石にやっただろう……」
脳みそが焦げ付きそうなほど熱い。
強化脳の使い過ぎだな……。
「皇。やつは……」
「死んでる。間違いない」
皇も息が上がっているが、俺よりもまだましな状態だった。
その皇が人狼のその変異種の死亡を確認した。
「素晴らしい!」
ぱちぱちと大きく拍手が鳴る。五十嵐の拍手だ。
「あれほどのクリーチャーとは思わなかったよ。実に恐ろしい相手だったね。しかし、君たちはそれに勝利した。素晴らしい!」
「で、調査の方はどうなんだ、先生?」
「うん。空間そのものにはやはり異常はない。だとすると、だ」
五十嵐は皇が見下ろす人狼の死体の方に視線を移す。
「やはりクリーチャーに異常があると見るべきだろう。早速だが解剖を!」
「好きにしてくれ」
五十嵐は手術キットのような道具を持って人狼の死体へと駆けて行った。
「ご苦労様でした、旦那様」
「ああ。流石に疲れた。しかし──」
俺は恨めしげにサタナエルの方を見る。
「少しぐらい援護してくれてもよかったんじゃないか?」
サタナエルには俺を援護するぐらいの余力あったはずだ。
「ふふ。それだと旦那様の格好いいところが見れなくなってしまうじゃないですか。ボクはもっと旦那様の格好いいところが見たいんです」
「そうかい。俺が死んだら元も子もないと思うがね」
「大丈夫ですよ。安心してください」
サタナエルが囁くように言う。
「旦那様が本当に死にそうになったら、このボクが絶対に、必ず助けますから。何をしてでも……」
そう言って赤い瞳でじっと俺を見るサタナエルにはじっとした重い執着の色がありありと現れていて、少しばかり不気味だった。
「あー! 腹減った! 飯食いたい!」
そんな空気の中でマルキダエルが吠える。
「お前はちゃんと手伝えよ」
「あんな雑魚の相手なんてする気ない! 焼き殺すなら人間がいい!」
「お前なあ……」
マルキダエルのそんな態度に俺はため息を漏らし、サタナエルは苦笑したのだった。
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