不自然
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──不自然
それから五十嵐はその場で人狼の死体の解剖を始め、ちょっとばかりグロテスクな光景が広がった。
「何か分かったのか、先生?」
「うむ。脳が発達している。それもかなり高度に」
「脳が?」
俺はてっきり腕や足の筋肉と言うものが異常だと思ったのだが、五十嵐が注目したのは脳であった。
彼女は人狼の脳みそを取り出し、秤の上に乗せて重量を計っている。
「体重比にしても脳の割合が高い。これならば大型犬より遥かに賢いだろう」
「へえ。それが強さの秘訣とは思えないがね」
「いやいや。これこそまさに強さの秘密だ」
皇が解剖の様子を横から眺めて言うのに五十嵐がそう言う。
「この筋肉はこれまでの人狼のさほど変わりない。大きく変化があるのは、この脳だ」
五十嵐はそう言いながら人狼の脳を保存するための保存液の中に浸し、持ち替える準備を始めていた。
「さて、ここで考えてみよう。君たちは人間ではない」
「……何が言いたい?」
俺はいきなり人間であることを否定されて、少し戸惑う。
「君たちは高度に人体を機械化し、脳すらもインプラントを植えこんでいる。それは自然に存在する人類とは全く異なる。人間の知識と技術で強引に生み出されたものだ。自然には発生しえない存在だ」
「それは、確かに……」
俺たちは自然の範疇を越えている。
人間の生み出したものは所詮は自然のうちなのだと言う考えもある。
だが、俺たち人間は生物が本来実現しえない原子力技術や、人体の機械化ということを成し遂げている。
「そして、だ。ダンジョンのクリーチャーも自然とは言えない。物理法則こそ無視していないが、これらは自然に誕生した生物ではない」
ダンジョンのクリーチャーたちは生物学的な法則を一部無視している。
大きなものは生物は無から自然発生しないというものだ。
ルイ・パスツールが証明したように、微生物を含めて生物は自然発生しない。
だが、ダンジョンではクリーチャーは突如として生まれる。
生殖は必要なく、ダンジョンの中で生物はまさに自然発生するのだ。
なのに、だ。クリーチャーは生物としての特性を持ち合わせている。
生物学者が確認した限り、クリーチャーのDNAにコードされた肉体を有している。
代謝と恒常性すらも存在するとされていた。
不自然な自然の存在。
「人間の智慧と技術によって自然な生物の範疇を超えた君たちを打倒するには、生物としての能力を高めるだけではダメだ。まさに頭を使わなければ勝ち目はない」
「そのための脳の発達か……」
「そう、戦術的な行動や高度な動体視力が君たちに対抗するために必要だったんだ」
ただの獣では獣を超えた人間には勝てない。
ならば、ただの獣であることをやめるのだと五十嵐は言う。
「ふうむ。そういわれると一理あるように思える」
「まだ仮説にすぎないがね。証明はこれからだよ」
俺が頷くのに五十嵐はそういうのだった。
「では、撤収だ。長いは無用。すぐにこの脳のサンプルを分析しなければ」
「了解だ」
それから俺たちは引き上げの準備に入る。
荷物を抱え、30階層から撤退していく。
* * * *
帰路でトラブルに出くわすこともなく、俺たちは無事に地上に脱出。
「それでは仕事の報酬だ。ふたりで2500万円ずつだ。確認してくれ」
五十嵐からARデバイスを介して2500万円が送金されてきた。
改めてみても凄い金額だが、今回の任務では装備を失ったからな……。
「また何かあれば仕事を依頼するよ。よろしく頼む」
五十嵐はそう言い、迎えに来た太平洋保安公司の軍用四輪駆動車に乗り、そして走り去っていった。
「あたしたちはこれからどうする? 仕事の成功を祝って打ち上げでもやるかい?」
「それは今度にしよう。今日は流石に疲れた。それにお互いに無茶をやったし、身体のメンテも必要だろ?」
「それもそうだな。じゃあ、また今度打ち上げやろうな」
「ああ」
俺たち機械化した身体の人間は普通の人間より無茶ができるが、無茶をしすぎれば人間と同じように身体が壊れる。
特に機械化された身体は銃のように定期的なメンテナンスが必要だ。
機械化された部位は普通の肉体のように自然に修復されることはないのだから。
「これから病院に行く。今回は俺も派手に身体を使いすぎた」
俺はサタナエルたちにそう言うと、いつも利用している病院を目指した。
その病院は商業地区の外れにあるもので、俺が熊本ダンジョンに来てからずっと利用している場所でもあった。
「天棚機クリニック、ですか」
「ああ。ここで身体を見てもらう。しばらくかかるから静かにしてろよ?」
「もちろん」
サタナエルたちを連れて病院に入ると、受付に向かう。
受け付けは無人化されており、案内ボットがいるだけだ。
俺はそこで受診内容について記し、待合室で待つ。
「佐世保さん、診察室へどうぞ」
そう待つ必要もなく、俺は診察室に通された。
「また無理されたとか?」
ここの医師は忍野という若い女医だ。
下の名前までは知らないが、とても細い指をした腕利きの医者でありエンジニアだ。
俺は熊本ダンジョンに来てから信頼できそうな医者をいろいろと探した。
とんでもない藪医者もいたし、腕はいいがぼりすぎなやつもいた。
ここを見つけたのはそんな病院巡りが4、5軒続いたあとのことだ。
商業地区の外れにぽつんと建っていたこの病院に期待せずにふらりと入ってみて、機械化している腕の部位の不調について訴えたところ、ハードとソフトの両面でメンテナンスを実に適切に行ってくれた。
そして何より価格も手ごろだった。
それ以降、俺はこの忍野という医者を頼りにしている。
「ああ。出力を200%まで上げた。そうしないと生き残れない相手だったからな」
「なるほど、なるほど。では、まずは自己診断プログラムの方を見てみましょうか」
そう言って忍野は俺に背中を向けるように促すと、脊椎の部位にあるポートにコードを繋ぎ、自身のARデバイスで俺の機械化された部位に走っている自己診断プログラムを確認していく。
「ふむふむ。四肢の人工筋肉がかなり損耗していますね。そろそろ交換の時期かもしれません。放置すると断裂を引き起こします」
「そうなのか? その……」
「値段でしたら大井重工製の正規品で300万というところですよ。交換とその後のセットアップを兼ねて」
「ふう……。分かった。今度、お願いする」
「ええ。準備しておきます」
300万の出費か……。まあ必要経費だと思うかしかない……。
「それからですね」
「まだ何かあるのか?」
「はい。もし、予算の余裕があるならば大井重工の超高度軍用グレードの人工筋肉が手入る予定があるのですが、どうします?」
「超高度軍用グレード? 本当か?」
超高度軍用グレード──。
文字通り軍用の中でももっともグレードの高い品だ。
軍の特殊部隊ぐらいにしか配備されないもので、俺も軍にいたときは使っていたのだが、除隊してからはランクが2段階ぐらいグレードの下がるパラアスリート用の人工筋肉に置き換えていた。
もし、本当に超高度軍用グレードのものが手に入るならば……。
「いくらぐらいだ?」
「そうですね1000万、いや900万まで抑えましょう」
「ふむ……」
大きな出費だがこれを逃すともう手に入らないかもしれない。
それにこれからもダンジョンで活動し続けるなら、自分の肉体を強化するしかないだろう。そう考えれば必要な出費だ。
加えて超高度軍用グレードの人工筋肉は普通のものよりも遥かにタフだ。
早々壊れることはないので、結果としては維持費が浮く……はずだ。
「分かった。お願いする」
「どうも。では、手術の予定を決めておきましょう」
それから俺は人工筋肉の交換のスケジュールを立てると、診察室を出た。
超高度軍用グレードの人工筋肉……。
また軍にいたときと同じくらいに動けるようになると思うと胸が高まった。
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